第26話

 『ネッキの村』が『びんぼう村』に生まれた変わったことにより、俺の村の面積は一気に倍加した。

 ジャコがいてくれるおかげで、瘴気も怖くない。


 そして旧ネッキの村の特産物は『エゴマ』。

 『エゴマ油』の原料で知られているが、村人たちは栽培したエゴマをすべて領主に納めている。


 もう納税の必要はなくなったので、エゴマはすべてびんぼう村で使わせてもらうことにした。


 村人たちはエゴマが油の原料であることは知っていたが、搾油の方法は知らないようだったので、俺が実践してみせる。


 搾油はそれほど難しいことじゃない。

 エゴマの実を軽く煎ったあと、目の細かい布の袋に詰め、臼に入れて叩くんだ。


 すると臼のなかにトロリとした液体が溜まっていく。

 あとは搾りカスが残った袋を取り出せば、エゴマ油のできあがり。


「こ……このトロトロしたのが、本当に油なんですか?」


 ダイコンをはじめとする村人たちはみな、油を見るのも初めてのようだった。

 無理もない。油といえばかなりの高級品だからな。


 よそでは金持ちしか使えないものも、この村では貧乏人が使える。

 その時はちょうど日も暮れかかっていたので、俺はさっそくエゴマ油を使った明かりを作ってみた。


 これも難しいものではない。

 エゴマ油を入れた皿に、縄で作った灯芯を浸し、火を付けるだけ。


 ポッと灯った小さな灯に、「おお……!」と驚嘆の声を漏らす村人たち。

 誰もがまるで、初めて火を見た原始人のような表情をしている。


 複数の明かりに囲まれると、夜でもなかなかの明るさになった。


「す、すごいだ……!」


「もう夜だってのに、こんなに明るいだなんて……!」


「夜が明るいだなんて、信じられねぇだ!」


「でも領主様みたいな金持ちだと、夜でも明るいらしいぞ!」


「ってことはこの明かりを、領主様も使っているということだか!?」


「まさか領主様と同じ暮らしができるだなんて、信じられねぇだ……!」


 ふたりの神はウットリしていた。


「この明かりの火、ちっちゃくてぽわっと明るくて、なんだか素敵です……」


「わらわはメラメラ燃えるかがり火のなかで暮らしておったが、こんなちいさな火も良いものじゃな」


 俺は村人たちをふたつに分け、エゴマ油と明かりを量産させた。

 明かりは倒れても燃えにくいように囲いを作り、家々に配置する。


 すると、どの家も明るくなった。

 穢れ山の頂上から遠眼鏡で家々の様子を伺ってみると、オレンジ色の明かりの中で、笑顔が咲いているのが見える。


 隣に寄り添っていたダイコンが言った。


「夜でも明るくなって、みなさんの顔も明るくなった気がします」


 ダイコンは言葉の内容とは裏腹に、声は引きつっていた。

 見ると、俺の腕に掴まりたくて手を伸ばしているが、触れるか触れないかのところで逡巡し、引っ込めるのを繰り返している。


 やれやれ、相変わらずだなコイツは。

 俺はダイコンの肩を抱き寄せ、ふたりで一緒に麓の村を眺める。


 ダイコンは俺の肩に、遠慮がちに頭を寄せていた。


「こうして山の上から見ていると、ホタルみたいで綺麗です……」


「そうだな」


「はぁ……。旦那様は、本当にすごいお方です」


「そうか?」


「はい。だって、こんなに大勢の村の人たちを、こんなに笑顔にできるんですから……。

 村の人たちをこんなに幸せにできるのは、旦那様しかおられません。

 そんな旦那様のおそばにいられるわたしは、世界一の幸せ者です」


「おおげさだな」


「ああ……このまま時が、止まってしまえばいいのに……」


 しかし時は動き出す。


「おいグリード、ダイコン! そんな所でなにをしておる!?

 わらわはお腹がぺっこぺこじゃ! 早く、夕餉ゆうげの仕度するんじゃ!」


 背後から声をかけられ、ダイコンは叩き起こされたように飛び上がった。


「す……すみません、ただいまっ!」


「待てダイコン。今日の晩飯は、俺が作ろう」


「えっ、旦那様が?」


「ああ。せっかく油が手に入ったから、いつもと違うメニューを作ってみたくなってな」


「ええっ!? お料理に油を使うんですか!?」


 驚きのあまり、またしてもピョンと飛び跳ねるダイコン。

 高級品の油を料理に使うのと、油は食べられるのかと、ダブルの『信じられない』表情をしている。


「ああ、油は最高の調味料だぞ。さっそくやってみせよう」


 俺は樽に詰まった油を、深い鉄鍋にトクトクと移す。

 金持ちが見ても、卒倒しそうなくらいにたっぷりと。


 「はえー」と見ているダイコンとジャコをよそに、油の入った鍋を火にかける。

 そのあいだふたりは、俺に頼まれた食材準備の真っ最中。


 しばらくして油から煙が出てきたのを見計らって、食材のなかから大根とタマネギを投入。

 すると、


 ……じゅわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!


 弾けるような音ともに、油が泡だった。


「きゃっ!?」「なんとっ!?」


 これには神様コンビもビックリ仰天。

 ふたり揃って、後ろでんぐり返しでコロリンと転がるほどに驚いていた。


「た……タマネギが爆発しましたっ!?」


「な……なんという面妖なっ!?」


 ふたりはストーブに近づく猫のように鍋を覗き込もうとする。


「おいおい、弾けた油が顔に当たると熱いぞ」


 しかし時すでに遅く、ふたりはまたしても後ろに転がっていた。


「きゃあっ!? パチンって弾けましたっ!?」


「油がわらわに牙を剥いたぞっ!?」


「油は熱すると高温になりやすいんだ、だからあんまり近づくんじゃい。

 と、そろそろいいかな」


 俺は素揚げした大根とタマネギを皿に載せ、軽く塩を振ってからふたりに差し出す。


「ほら、食べてみろ。熱いから気をつけてな」


 油の熱さを身を持って知った神様コンビはおっかなびっくり。

 ダイコンは顔を真っ赤にしてふぅふぅ息を吹きかけて冷まし、ジャコは蛇を触る猫みたいにタマネギをパシパシ叩いている。


 しかし、口にした途端、


「「おっ……おいしぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ!!」」


 こっちまで美味が伝わってきそうなハーモニーを奏でた。

 もはや油への誤解はすっかり解け、ハフハフホフホフと幸せいっぱいに頬を膨らませている。


「い、いつも食べている大根とはぜんぜん違うお味です!

 外はカリッとしてるの、中はホクホクで……止まりません、止まりませぇぇぇぇん!」


「し、信じられんっ! 食べ慣れたはずのタマネギが、これほどまでの美味になるとは……!

 サクサクしているのにしっとりで、とろけるような甘さがあって……!

 こっ、こんな食べ物は、初めてじゃあっ!?」


 神様コンビは食べ盛りの子供のように、口のまわりをベトベトにして頬張っている。

 俺は今日ばかりは作り役に徹し、ふたりが満足するまでひたすら食材を揚げまくってやった。

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