第25話

 俺はいま、ふたりの守護神ギフトと暮らしている。

 貧乏の神様のダイコンと、キツネの神様のジャコだ。


 しかも、どちらとも『契り』を交わしてしまった。

 ふたりの守護神ギフトと契った人間なんて、世界を探してもそうそういるものじゃない。


 ダイコンもジャコも本来は神様なので、正しくはふたりじゃなくて二柱と呼ぶべきなのかもしれないが……。

 彼女たちを見ていると、とてもそんな気にははれない。


 なにせ、最近ずっとこんな漫才を見せられてるんだからな。


「おいダイコンよ、わらわはついにレベルアップして、『変化の術』が使えるようになったぞ!」


「ほんとうですか、ジャコさん!? おめでとうございます!

 それで、『変化の術』とは……?」


「ほら、これじゃ」


「葉っぱ、ですか……?」


「ああ、これは葉っぱに見えるが、実はチーズを『変化の術』で変えたものなんじゃ」


「こ、これがチーズなんですか!? す、すごいです! どこからどう見ても葉っぱにしか見えません!」


「疑うなら、食べてみるがいい」


「よろしいのですか? では、いただきます! あーんっ。……ううっ、にが~い」


「わっはっはっはっはっ! 騙されおったな! わらわはまだ『変化の術』など使えぬわ! それはただの葉っぱじゃ!」


「ひ、ひどいです! いたずらはいけません!」


「ダイコンよ、そなたは毎日のようにわらわに騙されておるのう!

 無垢な娘だと思っておったが、これではただのアホではないか!」


「ううっ、いたずらされたうえに、アホって言われましたぁ、旦那様ぁぁぁ」


「ふたりともじゃれあうのはそのへんにして、ネッキの村に行くぞ」


 するとふたりは、タヌキに騙された姉妹キツネのようにキョトンとする。


「あの村にすえたお灸はもうじゅうぶんだろうから、そろそろ助け船を出してやろうと思ってな。

 瘴気を止めていたジャコがいなくなったせいで、今頃は苦しんでいるだろうから」


 ダイコンはこのことを知らなかったのか、「そうなのですか!?」と驚いていた。

 ジャコはもちろん知っていて、「そなたは気付いておったのか……」と渋い顔。


「わらわは行かぬぞ! あの村の者たちは、わらわを殺そうとしていたのじゃからな!

 今までずっと、瘴気から守ってやったというのに、あの恩知らずどもめ!」


「しょうがないだろう。キツネの神様は邪神として有名なんだから。

 だからこそ、俺たちは行かなくちゃいけないんだ」


「なぜじゃ!? あんな愚か者どもなど、放っておけばよかろう!?」


「いいや。このままネッキの村のヤツらが全滅したら、真っ先にお前の仕業だと疑われるだろう。

 やっぱりキツネの神様は邪神だったって、さらに良くない噂が広まるぞ。

 俺はその誤解を少しでも改善していきたいんだ。

 世間で知られている邪神というのは、本当はそうじゃないんだって」


 俺がこんな考えを持つようになったのは、もう言うまでもないだろう。

 ふたりと暮らすようになってからだ。


 俺の熱意が伝わったのか、それまで頑なだったジャコの気持ちも少しは揺らいだようだった。

 ダイコンも加勢してくれる。


「行きましょう、ジャコさん! ネッキの村のみなさんが心配です!

 それにわたし、ジャコさんが邪神だなんて言われ続けるのは嫌です!

 ジャコさんはいたずらっ子ですけど、とっても素敵な守護神ギフトさんなんですから!」


「ううむ……わかった。ネッキの村へとまいろう。

 でもグリード、ひとつだけ約束するのじゃ!

 村の者たちが反省をしていなければ、どんなに苦しんでいても助けぬと!」


 俺は当然のように答える。


「当然だ」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 俺はダイコンとジャコを引きつれ、ネッキの村へと向かった。

 到着するなり、家々からゾンビのようになった村人たちが這い出てくる。


 俺たちを取り囲むように集まると、


「じゃ、ジャコ様っ! ワシらが悪かったですじゃ……! どうか、どうかお許しをっ……!」


 その五体投地のような姿勢のまま、いきなり謝罪した。


「まさかジャコ様が、この村に瘴気が入らないように止めていただなんて……!」


「そうともしらず、ワシらはとんでもないことをしてしまっただ!」


「お願いだ、ジャコ様! どうかワシらを許してくだせぇ!」


 ジャコの足元にすがりつくネッキの村人たち。

 ジャコはその間ずっとうつむいていて、顔に深い影がさしていた。


 俺は、静かに尋ねる。


「……どうする、ジャコ?」


 するとジャコはうつむいたまま、「許さん……!」と短く答えた。


 次の瞬間、肌にぶわっと白い毛が逆立つ。

 灼熱のマグマのように身体が膨れ上がり、恐ろしい妖狐の姿へと変化した。


「わらわに楯突いた者は、誰であれ生かしておかぬ!

 お前たち全員、喰ろうてくれるわ!」


 鋭い牙が生えた大口が迫ると、村人たちはパニックに陥る。


「ひいいっ!? お許しくだせぇ、ジャコ様っ!」


「おらたちが、おらたちが悪かっただぁ!」


「うおおおんっ! おらたちはなんてバカなことをしちまっただ!

 もう二度と、ジャコ様には逆らわねぇだぁ!」


 とうとう泣き叫びはじめる村人たち。

 炎に焼かれるように身をよじらせ、地面に頭を打ち付けるようにして何度も何度も平伏している。


 瞬転、妖狐はかわいらしい少女へと戻った。

 そして妖狐に負けないくらいの大口で笑う。


「わっはっはっはっはっ! 騙されおったな! わらわは人間など口にせぬわ!

 これでおあいこじゃ! グリードよ、この者たちを助けてやってはくれぬか!」


 俺が「ああ」頷き返すと、村人たちは抱き合って喜んでいた。


「よかった、よかっただぁ! ありがとうざいますだ、ジャコ様っ!」


「ああっ、ワシらはあんなに酷いことをしたのに、お許しくださるとは……!」


「なんという慈悲深いお方じゃ……! ワシらはキツネの神様のことを誤解しておりました!」


「ワシらは一生、ジャコ様についていきますだ!

 代々、ジャコ様の素晴らしさを語り継がせていただきますじゃ!」


 俺は『ネッキの村』の村人たちを、ひとり残らず『びんぼう村』の下働きにする。

 全員でびんぼう村に住むのはちょっと手狭だったので、せっかくだからネッキの村も『びんぼう村』の領地にした。


 そしてジャコは人をビックリさせることで経験が積まれるようで、ネッキの村人たちを妖狐姿で脅かしたことにより、レベル2になる。

 今度こそ本当に『変化の術』が使えるようになった。


 それは、任意の物体に化けられるというものだったのだが、おかげでジャコのイタズラはさらに加速する。

 そのいちばんのターゲットは、やっぱりダイコンであった。

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