第23話

 ジャコの最後の願いである『嫁入り』に、いちばん協力的なのはダイコンであった。


「ジャコさん、それではさっそく準備にまいりましょう!

 お婿さんどちらの村人さんをお望みですか!?」


 するとジャコは、息も絶え絶えに答える。


「い、いや……わらわは村人とではなく、グリードとの嫁入りを望んでおるのじゃ……」


「えっ」


 途端、ダイコンと、その肩にいたミニダイコンから、一切の表情が消えた。


「だ、旦那様とですか……?」


「そ、そうじゃ……。

 誰からも忌み嫌われてきたわらわのことを『俺のもの』などと言ってくれた男子おのこは、初めてなのじゃ……」


「え、えーっと……」


 するとダイコンはチラチラと、俺とジャコの顔色を交互に伺いはじめる。

 俺に断ってほしそうな、しかしそれだとジャコが可哀想、と葛藤しきりの表情で。


「ダイコン、俺は別にかまわないよ。それでジャコが少しでも救われるならな」


 ダイコンはこれまで見たことのないような複雑な表情をしていた。

 額に汗を浮かべ、口を波線にしてウーウー唸っている。


 しかし、やがて吹っ切るように前髪を振り乱すと、


「う……ううっ、か、かしこまりました!

 それでは、旦那様とジャコさんの、婚礼のお手伝いをさせていただきますっ!」


 というわけで、急遽、婚礼の準備がとり行なわれる。


 衣装はジャコ派の村人たちの老夫婦のなかで、かつて自分たちが着たという、黒い袴と白無垢を貸してくれた。

 あとは村祭り用の神輿を、人が乗れるように輿に改造する。


 その輿に、キツネの嫁入り用の化粧をほどこされたジャコと俺が乗る。

 村人たちに担いでもらって、洞窟を出て丘の頂上あたりを一周。


 すると、空は晴れているというのに小雨が降り始める。

 まさに『キツネの嫁入り』だった。


 洞窟に戻り、あとは婚礼の儀式を行なう。

 お供え物用の作物を使った簡単な料理をみなで食べ、俺とジャコは盃を交わす。


 その頃にはダイコンも吹っ切れていて、誰よりもかいがいしく働いてくれた。


 そしてついに、運命の瞬間がやって来る。


「そったら最後に、『誓いの接吻』を交わすだ。

 そしたらグリード様とジャコ様は、夫婦として認められるだ」


 仲人役の村人がそう告げた途端、ダイコンが「えっ!?」と総毛立つ。


「えっ、ももも、もしかして、セップンって……。あのセップンと違いますよね!?

 鬼に向かって豆を投げるほうのセップンですよね!?」


「そりゃ節分だで。男と女が愛を誓い合うセップンといったら、ひとつしかありませんだ」


 現実と突きつけられたダイコンは、溶けるのではないかと思うほどに汗びっしょりになってうろたえはじめる。


「そそっ、そんな! おふたりは今日お会いしたばかりなのですよ!? それなのに、せっ……だなんて!?」


「ダイコン様、早い遅いは関係ないだよ。大事なのは、ふたりが愛あってるかどうかだ」


 まさか村人に正論をかまされるとは思わず、「ぐうっ!?」と黙り込んでしまうダイコン。

 息を荒くしながら、ジャコにすがる。


「じゃ、ジャコさんは、旦那様のことをどう思われているのですか?

 な、なんでしたら、真似事だけでも……」


「いや、わらわはすっかりグリードを好いてしまったのじゃ。

 だから濃厚な接吻を所望しておる」


 「のっ、濃厚なっ!?」ガーンと、半泣きになるダイコン。

 いい加減可哀想になったので、俺は言ってやった。


「おい、ダイコンをからかうのはそのへんでいいんじゃないか?

 もう、お前は元気になったんだろう?」


 すると「バレたか」と舌をちろりと出すジャコ。

 その舌から、閃光がうまれた。


 カッ……!


 まばゆい光に包まれ、キツネ型のシルエットになるジャコ。

 それが歪むように形を変え、人間の小さな女の子の姿になった。


 光が消え去ると、そこには……。

 三角の耳とふさふさのしっぽを生やした、半獣半人の愛らしい少女が……!


「グリードと契ったおかげで、わらわはすっかり元気になったぞ!

 グリードはダイコンとも契っておったのだろう?

 そのお陰で、わらわも強い力を得ることができたわ!

 わらわは追放されてからは力が弱まり、ずっと妖狐の姿じゃったがこの通り、まことの姿を取り戻せたのじゃ!

 念願の『キツネの嫁入り』も果たせたし、わらわは大満足なのじゃ!」


 ぶかぶかの白無垢のまま、イタズラな子狐のように飛び跳ねるジャコ。

 顔には大きな火傷の跡が残っていたが、そんなことはぜんぜん気にしていない。


 村人たちは妖狐がこんなに幼い子供の神様だったとは知らず、唖然としている。

 しかし、ダイコンだけは違っていた。


「だ……ダメですっ!」


 それは、いつもやさしいダイコンにしては珍しい、ぴしゃりとした一言だった。

 「なにがダメなのじゃ?」とジャコ。


「ま……まだ、契りは完全に終わっていません! せっ……接吻を!

 旦那様と、接吻してくださいっ!」


「なにを言っているのじゃそなたは!?

 あれほど反対しておったではないか!?」


「そ、そうですけど……。

 接吻を交わさなければ、『キツネの嫁入り』……ジャコさんにとっての契りは不完全なままなんですよね!?

 ジャコさんは契りが終わったみたいに明るく振る舞っておられますけど、わたしにはわかります!

 だって……火傷が完全に治ってないじゃないですか!?」


 するとジャコは、また舌を出した。


「バレたか、でも別によいではないか。わらわは『キツネの嫁入り』の真似事がしたかっただけで……」


「ウソですっ! ジャコさんは、旦那様のことが本当にお好きなんですよね!?

 でも、わたしに気づかってらっしゃるんですよね!?

 たしかにわたしは、旦那様とジャコさんがせっ……するとわかったら、変な気持ちになってしまいました!

 この気持ちは、なんといったらいいのかわかりませんけど……とにかく嫌な気持ちだったんです!

 でっ、でもでも……それでジャコさんのお顔に火傷の跡が残るだなんて、わたし、絶対に嫌なんですっ!」


 ダイコンは泣いていた。


「ジャコさんはわたしなんかよりずっと可愛いのに、わたしなんかのせいで傷跡が残っちゃダメなんです!

 絶対に絶対に、ダメなんですダメなんですダメなんですぅぅぅぅぅーーーーーーっ!!」


 とうとう、駄々っ子のように地団駄を踏み始める。


「だからだからだから、お願いしますお願いしますお願いしますっ! せっ……き、キスしてくださいっ!

 旦那様とキスをして、契りを交わしてください!

 キスしてキスしてキスしてっ! キスしてくださぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!!

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!!」


 泣き崩れるダイコン。

 村人たちはもう、言葉もない。


 ジャコは小さな肩をすくめながら、溜息をついていた。


「やれやれ……せっかくわらわが、ガラにもなく気を使ってやったというのに……。

 グリード、そなたはどうじゃ?」


 俺の答えは、いつでも同じだ。


「お前は、俺のもんだ。だから、お前の好きにするといい」


 すると、ジャコは大きな瞳をまん丸にしていた。

 俺と出会ったばかりの頃の、ダイコンのように。


 しかし、すぐにいつもの斜に構えたような表情に戻ると、


「そうか、そうであったな」


 そよ風のようにさりげない感触が、俺の唇の上を通り過ぎていった。

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