第22話

「ぎゃああっ!? 熱い熱いっ、あつぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 全身が火だるまになって、七転八倒するジャコ。

 村長派の村人たち「やった!」と快哉を叫び、ジャコ派の村人たちは「いやあっ!?」と悲痛な声をあげていた。


 俺はすぐに駆け出し、羽織っていたマントを脱ぐ。

 このマントは防火用で、水をたっぷりと染みこませていてあるんだ。


 マントでジャコを叩き、鎮火を図る。


「いま助けてやるぞ、ジャコ! 転がれ、転がるんだ!」


 さらに俺のアドバイスでジャコが転がってくれたおかげで、火は思っていたより早く消える。

 しかし、ジャコは全身大やけどを負ってしまった。


 俺は村人に向かって叫んだ。


「おい、なにをボーッとしている!? 火傷の薬だ!」


 すると、村長派の村人たちがゆらりと動く。

 彼らが手にしていたのは、火傷の薬などではなく……。


 火炎壺っ……!?


 その筆頭である村長は、厳しい声で言った。


「グリード様……なぜ、妖狐を助けたんですか……!?

 放っておけば、焼け死んでいたはずなのに……!」


「それはジャコが、心の清い守護神ギフトだとわかったからだ!」


 『清貧か邪貧プア・ーオア・プアー』は、触れたものを文字どおり、清貧か邪貧にする。


 清貧というのは貧しくも清らかに生きることで、邪貧というのは欲望のために邪に生きながらも貧しくなるというもの。

 どっちにしても貧乏になってしまうのは変わりないので、ようは被術者の心の持ちようというわけだ。


 以前、この技能スキルを受けたゴッソリは黒いオーラに包まれていたので、『邪貧』であった。

 しかしジャコは白いオーラに包まれていた。


 ということは、『清貧』……!


 この妖狐は『ジャコ派』の村人たちが擁護していたとおり、この村の守り神なんじゃないかと思ったんだ。

 しかし『村長派』の村人たちは、火の付いた油壺を片手に、じりじりと迫ってくる。


「心の清い妖狐など、いるわけがない……!

 さぁ、我々がトドメを刺しますから、そこをどいてくだされ、グリード様……!

 でなければ、グリード様もろとも……!」


 しかし俺は、横たわるジャコの前から離れなかった。


 いつの間にかダイコンも俺の隣に来ていて、両手を広げて通せんぼしている。

 よく見たら、ダイコンの足元にはさらにミニダイコンもいて、ちっちゃな両手を広げて一緒になって通せんぼしていた。


 俺は、村長を睨み据えながら問う。


「やめとけ。この俺とやりあおうなんて」


 村長は歩みを止めず、狂気に駆られた瞳で答える。


「その言葉は、そっくりそのままお返ししますぞ。

 いくらあなた様が剣豪であったとしても、これだけの火炎壺を一斉に投げつけられては、ひとたまりもないでしょうなぁ」


「そうかな。でも一応、注意はしといたぞ。やめとけ、ってな」


「あなた様のほうこそ、つまらない意地を張るのはおやめなされ。

 そこまでして、何の関係もない『はぐれ守護神ギフト』を守ることもないでしょう」


「いいや、関係なくなんかねぇよ、ちっともな」


 俺は、錆びた剣を構えなおす。


「コイツはもう、俺のもんだ……!

 だからテメェらには、指一本だって触れさせねぇ……!」


「それでは、一緒になって灰になりなされ!

 そうすればこの村にとって、一石二鳥っ……!

 皆の物、やるんじゃっ!」


「おおーっ!!」


「やっ……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 一斉に火炎壺を振りかぶる村長派の村人たち蛮声、そしてジャコ派の村人たちの悲鳴、

 しかしすべてはもう、終わっていた。


 俺は薙ぎ払った剣をクルリと一回転させ、華麗に鞘にしまう。

 こういう時はカッコよく納刀するものだが、刀身が錆びているせいで途中で何度も引っかかってしまい、ガツガツやらないとしまえなかった。


 そんなことよりも、目の前では惨劇ふたたび。


 黒いオーラに包まれた村人たちは手を滑らせ、持っていた火炎壺をガシャンと落とす。

 足元から立ち上った炎に、一斉に飛び上がっていた。


「ぎゃあああっ!? あついあついあついっ!? あついいいいいいいいーーーーーーっ!?!?」


 焼けた鉄に素足でいるかのように、灼熱のダンスを踊り始める。

 ダイコンをはじめとするジャコ派の村人たちは、その様をポカーンと眺めていた。


「く、くそっ、逃げろっ! 逃げるんじゃーーーーーっ!!」


 村長の号令一下、尻に火のついたウサギのように洞窟から逃げていく村長派の村人たち。

 今回ばかりは比喩ではなく、実際に尻に火が燃え移っていた。


 静かになったところで、俺は村長派の村人たちが置いていった塗り薬を取る。

 それを、残ったジャコ派の村人たちとともにジャコに塗ってやった。


「大丈夫か、ジャコ?」


 ジャコはすっかりボロボロの毛並みになっていて、虫の息だった。


「う、ううっ……わ、わらわはもう、ダメ、じゃ……」


 「そ、そんな! ジャコさん、お気をたしかに!」と励ますダイコン。


「妖狐ってのは、尾ひとつにひとつの命があって聞いたことがある。

 9尾のお前は9つの命を持ってるんじゃないのか?」


「そ……それは、ただの言い伝えじゃ……。

 それよりもそなた、グリードとかいったな……。

 わらわが今生を終える前に……ひとつ、頼みがあるのじゃ……」


「なんだ、なんでも言ってみろ。好物の油が飲みたいのか?」


 しかしジャコが願ったのは、思いも寄らぬものであった。


「嫁入り……。いちどでいいから、嫁入りがしたい……。

 わらわは人間に『追放』され、妖狐なってしまったせいで、嫁入りができなかったのじゃ……。

 妖狐になったとはいえ、わらわはキツネ……。

 嫁入りには、ずっと憧れておったんじゃ……」


 その言葉に、ダイコンは大きく共感していた。


「わ……わかります! お嫁さんになるのは、すべての女の子の憧れですっ!」


 ダイコンはシュバッと俺の手を握りしめた。


「旦那様! ジャコさんのお願いを、是非叶えてさしあげたいです!

 キツネさんのお嫁さん入り、お手伝いさせていただきたいです!」


 こうして俺は、ジャコの嫁入りに付き合うことになった。

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