第21話

 俺は妖狐退治の依頼を引き受けることにした。

 ダイコンをお供にし、村長の案内でネッキの村へと向かう。


 そこで、俺は村人たちに指示を出した。


「これから俺が言うものを用意してくれるか?

 お供え物である穀物と油、全身を覆うくらいの大きい布と火傷の薬、そして火炎壺だ」


 穀物と油と、大きい布と火傷の薬はすぐに用意されたが、村人たちは火炎壺は聞いたこともなかったようなので、俺が作り方を教えた。


 作り方は簡単で、油の入った小壺に蓋をして、紐で縛るだけだ。

 このとき、導火線のように少しだけ紐を出しておいて、油を染み込ませておく。


 使い方も簡単で、導火線のところに火を付けて投げるだけ。

 油壺が割れた拍子に火が油に引火して大炎上、というわけだ。


 しかし欠点がひとつだけある。

 油は高級品なので、武器としてのコストパフォーマンスがかなり悪いんだ。


 普通の村であれば手が出ないシロモノだが、このネッキの村はエゴマが名産。

 おかげでエゴマ油が大量にある。


 もちろん村で使うためではなく、税金として納めるためのものだ。

 彼らの血税を使わせてまで、なぜこんなものを用意させたかというと、


「妖狐というのは火に弱いんだ。理想は火矢なんだが、弓矢は使えるようになるまでかなりの練習が必要だからな。

 その点、この火炎壺は投げるだけでいいから少しの練習で使えるようになる。

 わかったら、今から練習するぞ」


 油壺を手にしていた村人たちはギョッとする。


「ええっ!? これはワシらが使うんですか!?

 まさか、ワシらも妖狐と戦えと!?」


「最悪の場合に備えてのことだ。

 まずは俺が交渉してみるが、決裂したら戦いになるだろう。

 それでも俺がなんとかしてみるが、なんたって相手は神だ。

 やられる可能性はじゅうぶんにある。

 そうなったら次はお前たちの番だ。

 使うかどうかはその時の様子を見て、お前たちが判断するんだ。

 勝てそうだったら火炎壺を使い、とても敵わなそうだったら抵抗せずに降参しろ」


「わ……わかっただ……」


 壺は数に限りがあるので、俺は同じ重さの石を使って村人たちに投擲練習をさせる。

 しかし、一部の村人たちは練習を拒否した。


「お……おらたちは戦わねぇだ!」


「そうだ! ジャコ様はこの村の守り神様なんだ! それを退治するだなんて、とんでもねぇ!」


 ジャコというのは、どうやら妖狐のことらしい。

 村長は彼らを叱っていた。


「おめぇたちは、またそんなこと言ってるだか!

 あの妖狐がいるから、この村には瘴気があるんでねぇか!」


 俺はてっきり、村全体が妖狐に困っているのかと思ったのだが……。

 どうやら、そうではないようだ。


 反対派の村人たちは俺のことを敵意剥き出しの目で見ていた。


「いくらおめぇが盗賊を退治したからって、ジャコ様には敵わねぇだ!

 それに退治したりしたら、バチがあたるぞ!」


「大丈夫だ。俺も神相手にいきなり戦ったりはしない。

 だから、お前たちもいっしょについてきてくれるか?」


「わ、ワシらも……?」


「そうだ。俺はまず妖狐……ジャコと交渉しようと思っている。

 その時に、ジャコのことをよく知ってそうなお前たちがいると心強い」


 すると、村長は猛反対。


「グリード様、そんな者たちの言うことに耳を貸してはなりません!

 妖狐退治は、我々だけで行きましょう!」


「いや、反対派も連れていく。

 妖狐だからって悪いヤツばかりとは限らないからな」


 俺はもともと偏見などないタイプであったが、最近は特に見た目や噂で物事を判断しないように気をつけている。

 そう思うようになったのは言うまでもないだろう、ダイコンの存在だ。


 貧乏神だからって、決して悪いヤツばかりじゃない……。


 そのダイコンは、反対派の子供たちとさっそく仲良くなっていた。


「ジャコさんはふさふさした尻尾が9本もあるキツネさんなんですか?

 ふさふさした動物さんはいい動物さんです! びんぼう村の羊さんたちもふさふさなんですよ!

 えっ? 最近はストレスでハゲてきている?

 薄毛の動物さんはいい動物さんです! びんぼう村の羊さんも、毛を刈られた時は薄毛になるんですよ!」


 結局、俺は村の住人全員を引きつれて、ジャコの所に向かうことに決めた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ジャコはネッキの村を見下ろせる、丘の頂上にある洞窟の中に住んでいた。

 洞窟に近づくにつれ、淀みを含んだあたたかい風、いわゆる瘴気が強くなっているように感じた。


 洞窟を入ってすぐの祭壇に、ジャコはいた。

 かがり火に囲まれた、白い九尾のキツネが妖艶に笑っている。


「おやおや、村人揃って何の用じゃ?

 見たことのない男子おのこ女子おなごがおるのう」


 俺は油の入った壺を抱えて歩み出ると、ジャコの前に置いた。


「俺はグリードっていうんだ。お供え物の油を持ってやったぞ」


 するとジャコは、尻尾を扇のようにゆっくりと揺らしながら答えた。


「おや? お供え物ならとっくに……」


「おい、妖狐め! お前の悪事も今日で終わりだ! そこにいるグリード様がお前を退治しに来たんだ!」


 俺の背後から村長の声が割り込んでくる。

 途端、ジャコの白い毛並みが燃え上がるように逆立った。


「なんじゃとっ!? 守護神ギフトであるわらわを、人間風情が退治しようなどとは、片腹痛いわ!

 外套がいとうなんぞを羽織りおって、勇者きどりのつもりかあっ!?」


「待てジャコ! 俺は戦いに来たんじゃない! 話をしに……!」


「グリード様はおっしゃっていたぞ! 我が剣があれば、お前なんか一刀両断だと!」


「ぐぬぬぬっ、面白い、やってみるがよいっ!」


「違う、違うんだジャコ! 話を聞いてくれ!」


「グリード様は、お前なんかマフラーにして首に巻いてやるとおっしゃっていたぞ!」


「黙れっ、村長! ジャコ、俺はそんなことは言っていない!」


 俺はジャコを落ち着かせようとしたが、村長が横槍を入れてくるせいで逆効果に働く。

 とうとう俺は、剣を抜かざるを得なくなってしまった。


「くそっ……! ちょっと手荒になっちまうが、仕方がねぇ! 力ずくでも、大人しくしてもらうぞ!」


「なんじゃ、そのボロボロにさび付いた剣は!? そんなもので、このわらわと牙を交えようというのか!

 望みどおり、食い殺してくれるわ!」


「さぁ……貧しく生きよ……!」


「なっ、なんじゃ!? その禍々しい闘気オーラはっ!?

 まっ、まさか、おぬしっ……!?」


清貧か邪貧プア・ーオア・プアーっ!」


 ジャコは飛び退いて俺の太刀をヒラリとかわす。


 しかし剣閃はしっかりとヤツの身体をはしっていた。

 ジャコは白いオーラに包まれる。


 途端、


「なんとっ!?」


 と床に落ちていた石ころで前に滑りこけ、置いてあった油壺に飛び込んでしまう。

 衝撃で、まわりにあったロウソクの台が倒れてきて……。


「なんとぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 あっという間に、全身が火だるまになっていた。

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