第20話
昼食を終えた俺たちは、びんぼう村へと戻る。
昼抜きのはずなのに元気いっぱいのダイコンは、いつにないハイテンションで村人たちに帰還報告をした。
「みなさま、ただいま戻りました!」
「おお、ダイコン様、それで、首尾のほうは?」
「はい、夢のように楽しかったです! 旦那様がこの髪留めをくださって、公園でお弁当を食べさせっこしたんですよ!」
まるで新婚旅行から戻ったかのようなダイコンに、村人たちはキョトンとするばかり。
「ダイコン、お前はちょっとあっちに行っててくれるか」
「はい、旦那様!」と、まるでチビダイコンのようにとてててと羊たちの元へと駆けていくダイコン。
俺は村人たちに報告した。
「うまくいったぞ。領主にかけあって、当分の間は税金を払わなくてよくなった。
当然、検地人もこない」
しかし、村人たちは信じてくれない。
みんな「え……?」と呆気に取られている。
これじゃ、俺がダイコン以上に素っ頓狂な報告をしたみたいじゃないか
「まぁ、信じろというほうが無理な話か。
とにかく検地人が来なければ、俺の言ったことが本当だって信じてもらえるだろ」
俺は疲れていたのでそこで話を打ち切って、ダイコンの元へと向かう。
ダイコンは羊たちにものろけ話をしていた。
「じゃじゃーんっ、見て下さい、この髪留め! 誰がくださったのかわかりますか? なんとなんと、旦那様がくださったんですよぉ!」
すっかりはしゃぎっぱなしのダイコン。
そんな彼女と俺の身体が、不意に黒いオーラに包まれた。
ダイコンは瞬きも忘れた様子で、俺を見る。
「あ……旦那様……また、レベルアップしちゃいました……」
「そうか、領主親子を貧乏にしたからか。これでレベル3になったわけだな」
「は、はい……。でもこのわたしが、レベル3になれるだなんて、ありえません……。
実は旦那様とお馬さんに乗ったときからずっと思っていたのですが、今日という一日はやっぱり夢だったみたいですね……。
夢のなかでこんなに幸せだと、目が覚めたときに虚しくなりますので、そろそろ起きます……」
ダイコンは嬉しさと哀しが入り交じった表情で、ほっぺたをつねる。
「レベル3になったらどうなるんだ?」
俺が尋ねると、とうとうダイコンは両の頬をつねりはじめた。
ムニーと引き伸ばされた変顔のまま答える。
「ふぁい、ろうふつひゃんにもひからはおひょふひょうにはりはふ」
「なんだって?」
「ふぁい、ろうふつひゃんにもひからはおひょふひょうにはりはふ」
「つねるのをやめろよ」
すると、ダイコンは赤みの残る頬で答えた。
「あっ、すみません。レベルが3になりますと、動物さんにも力が及ぶようになります」
「ってことは……動物も貧乏にできるってことか?」
「はい、そうなります」
途端、あれほどダイコンに懐いていた羊たちが、途端に雲海を散らすように逃げていった。
ダイコンはあわせてて羊たちに弁解する。
「ああっ、お待ちください、みなさん! わたしはみなさんを貧乏にはしませんので!
お逃げにならないでくださいぃ~!」
動物たちに嫌われたのがよっぽどショックだったのか、慌てふためきながら羊たちを追い回すダイコン。
その姿がなんだか可愛くて、俺だけじゃなくて村人全員が笑顔になっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数日が経過。
俺が宣言していたとおり検地人が来なかったので、村人は不思議がっていた。
「まさかグリード様のおっしゃっていたように、本当にお役人様がお越しにならないなんて……」
「本当、この村の税金は免除されただか?」
「そんなバカなことがあるわけねぇ! 今まどどんなにワシらが貧しくても、きっちり搾りとっていっただぞ!?」
「でも、現にお役人様は来てねぇでねぇか! 本当ならとっくの昔に来ている頃だぞ!?」
「グリード様は、いったいどんな魔法を使ったんだ……?
ここの領主様は厳しいことで有名で、ワシら村人も虫ケラ同然にしか思っていないはずなのに……」
俺をまるで役人以上の恐るべき存在として、畏怖の視線で見つめる村人たち。
そのまま検地人は来なかったのだが、ある日、別の来客が訪れる。
それは、この領内にあるという『ネッキの村』の村長だった。
ようは、お隣さんだな。
ネッキの村の村長は、噂を聞いて俺を訪ねてきたという。
「ああ、あなた様がグリード様ですか。
剣術の達人で、ひとりで『ウバイーヌ』を撃退されたそうですね」
「俺は剣術の達人じゃないし、撃退できたのは俺ひとりの力じゃないけどな。
それで、何の用なんだ?」
「はい。我が村を脅かす妖狐を、グリード様に退治していただきたいのです」
ネッキの村は瘴気の多い土地らしいのだが、それは山に棲む妖狐のせいらしい。
妖狐は瘴気を振りまかないかわりに、村に穀物と油をお供え物として要求しているそうだ。
簡単に言うと、盗賊とは違うタイプの輩ということだな。
今までは、妖狐に言われたとおりのお供え物をしていたおかげで丸くおさまっていた。
しかし、今年は冷害で作物が減ったせいでお供え物も減り、妖狐が怒っているという。
例年と同じお供え物をしなければ、妖狐は村に瘴気を撒くと脅しているそうだ。
「このままでは、ネッキの村はおしまいです……!
どうかグリード様、我々に力をお貸しくだされ……!」
俺は村長の話を吟味しながら、ダイコンに話を振る。
「妖狐ということは、たぶん九尾の狐だな」
「はい。そしておそらく、『はぐれ
『はぐれ
ダイコンによると、追放された
追放されてしまった
なかにはやさぐれて、人間に悪さをするようになる
それが今、ネッキの村を悩ませている妖狐の正体だろう。
「そういえばダイコンも、はぐれ
「はい、生まれてから旦那様にお会いするまでは、ずっとそうでした」
「お前はよく悪さをしなかったな。人間にはさんざんいじめられてきたんだろう?」
「はい。見つかると石を投げられ、さんざん棒で追い回されました。
でも、人間の方々に悪さをするだなんて、そんなことは考えたこともありませんでした」
「そうか……。で、妖狐に対し、どうしたらいいと思う?
お前の素直な気持ちを聞かせてくれ」
「は、はい……。わたしは今でこそ旦那様のおかげで、こうして毎日が幸せです。
でもそれまでは毎日、悲しみにくれておりました。
その妖狐さんも、きっと昔のわたしとおなじ想いでおられるのだと思います。
ですから……わたしと同じように、助けてさしあげて、いただきたいです……」
「よし、わかった。
ダイコン……お前はやっぱりやさしいな」
俺は村長の依頼を引き受け、妖狐と対決することに決めた。
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