第19話
ここ、カーソンの町の土地はすべて領主であるバオヤの持ち物であった。
しかし俺は息子であるバムスと交渉して、土地をまとめて50
もはや買い叩くというレベルではないが、詐欺や恐喝などではない。
これはれっきとした取引の上で行なわれたものなんだ。
バムスがピカピカの50
喜びを分かち合うかのようにはしゃいでいたが、バオヤに一喝されていた。
「ばっ……ばっかもんっ! なっ、なんということをしてくれたんだっ!?
この町の土地はぜんぶで30万坪はある! しかも高いところでは1坪5万
バムス、お前がここまでバカ息子だとは思わなかったぞ!」
「ぱ、パパ、そんな……!
ぼ、ボクは、『良かれと思って』……!」
そう。
これはダイコンの新しい
この
ようは、人間の貧乏神化……!
バオヤはまさに、バカ息子という名の貧乏神に取り憑かれてしまったんだ。
そしてバオヤは『貧乏神に被害を与えられたら、したいことナンバー1』のことをさっそく実行していた。
「このっ、バカ息子がぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!」
それは、鉄拳による制裁。
渾身の右ストレートを頬に受けたバムスは、あれほど大切にしていた50
「ど、どうしちゃったのパパっ!? いままで一度だって、ボクを殴ったことなんてなかったのに!」
「黙れっ! もっと早く、こうやって身体で教え込んでおけばよかったわ! お前は完全に失敗作だ!」
「し、失敗作だなんて、そんな野菜みたいに……!?」
「うるさいっ! お前などもう息子でも家族でもないわ! 出て行け、出ていけぇぇぇぇぇぇーーーーっ!!」
「うわああっ!? パパがボクを殺そうとしてくる!? ママっ、ママぁぁぁぁーーーーーっ!?」
とうとう剣まで持ちだしてきたバオヤに、バムスは血相を変えて書斎から逃げ出す。
これでようやく静かになると思ったら、バオヤが抜いた剣が、今度は俺に向けられた。
「貴様、グリードとかいったな!? ふざけるなよっ……!?
こんな取引は無効だっ! 訴えてやるっ! 訴えてすべて無効にしてやるっ!」
バオヤは鬼のような形相で、俺の鼻先に切っ先を突きつけてくる。
俺の背後にいたダイコンが、「き、斬るならわたしを……!」と飛びだそうとしたので手で制する。
ダイコンの反応も、バオヤの反応も、俺にとってはとっくに予想済みだ。
「やってみろよ。恥をかきたいんだったらな」
「恥だと!? 恥をかくのは貴様のほうだ!
このワシに逆らったことを、骨の髄まで後悔させてやるわ!」
「そうかい。でも、なんて訴えるつもりなんだ?
土地を50
「そ、そうだ! ワシの息子はお前に騙されたんだからな!」
「まだわかってないようだな。この土地は国王、元をただせば帝王から授かったものだろう?」
するとバオヤは、心臓発作を起こしたように胸を押えた。
「ぐうっ!?」
「訴えれば取引は無効にできるかもしれんが、お前も同時に領主ではいられなくなるだろうなぁ
だって帝王サマから授かった有り難い土地が、50
「ぐううっ……!?」
「そうなりたくなければ、大人しくしていることだな。
お前が下手なことをしなければ、お前は当面のあいだは領主でいられるんだから」
「ぐうううっ……!?」
腸がねじ切れたような、怒りと苦悶が入り交じった表情を浮かべるバオヤ。
完全に勝負はついたな。
「繰り返しになるが、『びんぼう村』は税金をおさめる気はない。
だから検地人をよこすなよ、わかったな?」
「ば、バカめっ! 税金をおさめねば、国から憲兵がやって来るのだぞ!」
「まったく、まだわかってないのかよ。
お前のほうで好きなように計算して、お前のところで好きなように税金を納めといてくれって言ってんの」
「なっ、なんだとぉ!?」
「そうすれば、四方がすべて丸くおさまるだろう?
お前にとっても、納税騒ぎのついでに土地を売ってしまったことがバレずにすむんだからな。
それにお前はずいぶん貯め込んでるようだから、ちっとは還元しろよ」
「うぐぐぐぐぐっ……!」
「ちょっと長くかかっちまったが、話はこれで終わりだ。……なにか質問は?」
しかしもう人間らしき反応はない。
バムスは獣のような唸り声をあげながら、俺を睨み据えるばかりであった。
「よし、なら帰らせてもらうよ。邪魔したな」
ミッション完了。
俺とダイコンは、領主の屋敷をあとにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
屋敷を出たところで、町の鐘と、俺の腹が同時に鳴った。
「もう昼か」
「はい。お弁当にしましょう」
このままびんぼう村に帰ってもよかったんだが、せっかくだから町で昼食を取ることにした。
噴水のある公園のベンチに腰掛け、ダイコンが膝の上で弁当を広げる。
「どうした、早く食わせてくれよ」
しかしダイコンは、あらぬ方角をじっと見つめている。
少し離れたところにある別のベンチには、カップルらしき男女が座っていて、弁当を食べさせっこしていた。
「アレがやりたいのか」
するとダイコンは、髪の毛が鞭のようにしなる勢いで俺のほうを向き、
「ととっ、とんでもありません!
わたしのような者がお嫁さんの三大夢である、旦那様にあーんするだなんて、そんな大それたことは、決して……!」
ダイコンのいう『お嫁さんの三大夢』ってのは、膝枕、お酌、あーんして食べさせる、なのか。
しかし膝枕とお酌はいいとして、あーんして食べさせてもらうのはちょっと抵抗があるなぁ……。
まあいいか。今日もダイコンのおかげでうまくいったんだからな。
俺はちょっと照れを感じながらも、あーんと大口を開ける。
すると、ダイコンが夢見るように問う。
「よ……よろしいの、ですか……? そのお口に、わたくしが、お弁当を入れてさしあげても……?」
「腹が減ってるから、早くしてくれ」
「はっ、はい! ただいま!」
ダイコンはいそいそとフォークを使ってサラダを刺す。
ダイコンのひと口サイズなのでだいぶ量が少ないが、手を添えて俺の口元に差し出す。
「は……はい、旦那様、あーんしてください」
「あ……あーん」
俺もつられてギクシャクしながら、サラダをぱくっと咥える。
もしゃもしゃ咀嚼しているところを、じーっと凝視するダイコン。
飲み下したあと、にっこり微笑む。
「旦那さま、お味はいかがですか?」
「あ……ああ、うまいよ」
次は俺の番かと思っていたのだが、ダイコンは嬉々として魚の切り身をほぐしたものを差し出してくる。
「たくさん召し上がってくださいね。はい旦那様、あーん」
「あーん」
「うふふ、お味はいかがですか?」
「ああ、うまいよ」
次こそは俺だろうと思ったのだが、ダイコンはフォークを俺に渡してくれない。
「お前は食べなくていいのか?」
「はい、わたしは旦那様が召し上がっているところを見ているだけで、心もおなかも満たされます。
ですからわたしのぶんまで召し上がってくださいね。はい、あーん」
「あ……あーん」
ダイコンは俺に弁当を食べさせているあいだ、ほんとうに夢が叶っているかのような、幸せいっぱいの顔をしていた。
そんな表情をされては止めるに止められず、結局、俺は弁当をひとりでぜんぶ平らげてしまった。
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