第17話
俺の『びんぼう村』では非常食の備蓄が行なわれ、羊毛による衣服も村民に行き渡った。
さらなる寒さの対策はこれでなんとかなりそうだったので、次なる問題に取りかかる。
それは『納税』だ。
このびんぼう村があるカーソン領では二毛作、1年に2回収穫を行なう農業が推奨されていて、1期目の作物をすべて領主の納める取り決めになっている。
領主は領内で取り立てた作物の何パーセントかを国王に納め、あとは自分の収益と非常用の備蓄とする。
非常用の備蓄とは名ばかりで、領民に還元されることはない。
そして村のほうはというと、2期目の作物がすべて村の収益となる。
村長が一元管理して村人たちに分け与え、それを1年の糧とする。
旧ハテサイでは、その2期目に収穫される作物が冷害により全滅してしまったので、村人たちは困窮していたというわけだ。
ちなみにではあるが、ここいらの盗賊たちは2期目の作物を襲う。
理由としては、1期目の作物を襲うと税金に手を付けたことになり、本格的に取り締まられてしまうから。
2期目の作物であれば村だけの損害なので、領主も本格的には問題解決に乗り出そうとしない。
ひどい領地になると、領主が盗賊たちを雇って村を襲わせているという話もある。
1期の納税に加え、村人たちの収入である2期分の作物まで奪ってボロ儲けというわけだ。
そしてその『納税』の話がボチボチと、びんぼう村でも挙がるようになってきた
「グリード様、そろそろ検地のお役人様が、村にやって来る時期だ」
『検地のお役人』というのは村を査察し、来年の1期の収穫量を見定める者のこと。
ここで役人が決めた収穫量が、次年の納税額となるというわけだ。
そして、この時にモノを言うのが村長の手腕。
村に来た役人を手厚くもてなして、収穫量の査定を緩くしてもらう……。
というのが、今までの村のやり方であった。
「この村にはうまい料理もうまい酒もありますから、お役人様はきっと喜んでくださるだ。
それにダイコン様がお相手をしてくだされば、きっとお役人様もメロメロに……」
村人たちはすでに、役人をもてなす気マンマンのようだった。
しかし俺は、みなに言ってやった。
「帝国の犬をもてなしてたまるか。
というか、このびんぼう村は米の一粒たりとも帝国には納めないからな」
「ええっ!? 納税しないということだか!?」
「そんなの、いくらグリード様でも無理だ!」
「そうだそうだ! そんなことをしたら、村ごとみんな捕まってしまうだ!」
俺の堂々たる脱税宣言に、村人たちは批難ごうごう。
しかしいくら言われても、俺はこの考えを曲げるつもりはなかった。
「いいから、俺に任せとけ。俺が領主に話を付けてきてやる。
おいダイコン、明日、領主のところに乗り込むからついてこい」
「はい。かしこまりました。どこまでもお供させていただきます。」
ダイコンは村人たちと違って、文句ひとつ言わず承諾してくれる。
さすがは神様だけあって、こういう時は肝が据わっているようだ。
「うふふ、旦那様とお出かけできるなんて嬉しいです。
それもふたりっきりでなんて、まるでデ……。
あ、いえいえ。お弁当、お作りしておきますね」
と思ったが、どうやら遊びにいくのと勘違いしているようだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日。
俺は飼い慣らした野生の馬に乗の試し乗りもかねて、徒歩ではなく馬で出かけることにした。
「旦那様って、お馬さんも乗れるんですね」
「ああ、オヤジにガキの頃から仕込まれてきたんだ。お前は前のほうに乗れ」
ダイコンを鞍の前のほうに座らせる。
いわゆる『お姫様乗せ』というやつだ。
しかしダイコンは馬に乗るのは初めてだったのが、まだ走ってもいないのに振り落とされそうにビクビクしている。
「あっ、あの、旦那様! 旦那様のほうを向いて乗ってもよろしいでしょうか!?」
「いいけど、なんで?」
「旦那様につかまらせていただきたいのです!」
「そんなことをしなくても、普通に乗ってれば落ちたりしないって。
……まあいいや、好きにしろ」
言うが早いがダイコンは器用に後ろ向きになり、猿の子供のように俺の身体にしがみついてきた。
「はぁ……これで身も心も安心です……」
「お姫様が台無しだな」
「えっ、なんですか?」
「いや、なんでもない。それじゃ行くぞ。
身も心も安心なら、少々飛ばしても大丈夫だよな」
「えっ、それは……!? ひゃぁぁぁぁっ!?」
飛ばせたおかげで、領主がいるという町にはあっという間に到着した。
カーソン領は3つの村とひとつの町から成り立っている。
領主がいるのは領内でいちばんの面積と人口を誇る、カーソンの町。
この領地は帝国でもっとも辺境とされているが、町はそれなりに賑やか。
村にはない市場や、聖堂や酒場なんかもあって活気がある。
俺とダイコンはひさびさに喧噪というものに触れ、もの珍しさに少しばかり町をぶらぶらした。
露店を冷やかしていると、あるものを見つけた。
「ダイコン、この髪留めなんてどうだ?」
「うわぁ、とっても綺麗ですね、素敵です……!」
「気に入ったか? それじゃあ買ってやるよ」
「えっ、なぜですか?」
「なぜって、お前はずっと靴紐で髪を結ってるじゃないか。
そんな綺麗な髪に、靴紐はないだろ」
ダイコンはかなりの美少女なので、町でも大いに人目を惹いていた。
なかでも陽光を受けて光沢を放つ黒髪は、女たちの羨望の的。
今でも、ダイコンの背後を通りかかろうとした女たちは、みな足を止めている。
「見て、あの子の髪! すっごく綺麗!」
「あんなに長くて美しい黒髪、初めて見たわ!」
「艶やかで滑らかで、長いのに清らかさと高貴な感じがして……素敵ねぇ!」
「まるで東の国のお姫様みたい!」
「いいなぁ、どうやったらあんなふうに、綺麗な髪になれるんだろう!?」
しかしダイコンは自分の持っているものはすべて貧相で醜いと思っているようだった。
「あの、旦那様、わたしのよう者の髪に髪飾りなんて、もったないです。
わたしなんて、靴紐でじゅうぶん……。いいえ、靴紐がいいんです」
いつもの卑屈が発揮されたかと思ったが、今日はなんだか様子が違う。
「旦那様がずっと身に着けておられたブーツの、靴紐がいいんです。
この靴紐で髪を結うと、わたしも旦那様の一部になれたみたいで、とっても幸せな気分になれるんです」
それが遠慮するための口実やおべっかなどでないことは、ダイコンの心の底から滲み出たような微笑みですぐにわかった。
「そうか……それじゃ、かわりにこんなのはどうだ?」
俺はリュックの中から取りだしたものを、ダイコンの前髪の分け目に差してやった。
「あの、これは……?」
「死んだオフクロがくれた、手作りのタイピンだよ。
貧乏だった頃、オフクロは工芸で俺を育ててくれたんだ。
帝王になったときの正装でするつもりだったんだが、それもなくなっちまったから、やるよ」
するとダイコンは、息が止まったかのように驚いていた。
「ええっ!? ということはこれは、グリード様のお母様の形見……!?
そんな大切なものを、いただくわけには……!」
「いや、お前にもらってほしいんだよ。
嫌ならすぐに外してかまわんが、よく似合ってるぞ」
「嫌だなんて、とんでもありません!
そ、それに、似合って……ますか?」
「ああ、まるでお前にあつらえたみたいだ」
「あっ……ありがとうございます、旦那様……!
靴紐だけでも身に余るほどの光栄なのに、こんな素晴らしいものまで……!」
「おい、泣くなって。
これから戦いに行くんだから、しゃんとしろ」
「すっ、すみません、旦那様、でも、嬉しくって……!
でっ、でも、泣き止みました! 今日はもう、なにがあっても泣きません!」
「今日だけかよ。まあいいや。
よし……それじゃあそろそろ、乗り込むとするか!」
「はいっ!」
俺とダイコンは、颯爽と領主の屋敷へと向かった。
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