第15話
気が付くと、俺とダイコンのまわりには、放牧中だった羊たちが取り囲んでいた。
まるで泣いているダイコンを慰めるようん、「めぇ~めぇ~」と擦り寄ってきている。
子羊の1匹がダイコンの着物の裾から潜り込んできて、ダイコンは背筋に氷を入れられたみたいに飛び上がっていた。
「きゃっ!? い、いつまでも泣くなとおっしゃっているのですよね。
ご心配かけてすみません。羊さん、わたし、レベルアップしたんですよ」
羊相手にも慇懃に接するダイコン。
「そういえば、レベルアップしたらどうなるんだ?」
俺が尋ねると、ダイコンは赤みの残る瞳を俺に向け、身体ごと俺に向き直る。
彼女はちょっとの話でも、きちんと相手のほうを向いて話すんだ。
「はい。レベルが2になりますと、ミニダイコンちゃんがパワーアップします。
憑依した方に、『
「愛の女神みたいな微笑みたたえながら、すごいこと言うのな」
「えっ!? あ、愛の女神様だなんて、そんな……!? わたしは貧乏神ですよ!?」
ダイコンは、妙なところで照れていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
穢れ山の麓にあるハテサイの村。
村の住人たちが盗賊として捕まってしまったので、無人になっていた。
帰ってくるのはしばらく先だろうと思い、せっかくだから土地を使わせてもらうことにする。
びんぼう村を、山と麓を含めた立地に拡大した。
とりあえず、山の上を正規の村民である、俺とダイコンとアミとアムが住む場所にして、麓は下働き扱いの者たちを住まわせることにした。
山の上からだと麓の村は一望できるので、下働きの働きっぷりを見るのにちょうど良かったからだ。
これで『びんぼう村』は、まぎれもなく正真正銘の村になった。
俺にとっての初めての領地だ。
次期帝王の住む城に比べたらショボイものだが、裸一貫で手に入れたものとしては悪くないだろう。
しかしふんぞり返ってばかりもいられない。
俺は村人たちを集めて、ある宣言をした。
「ここ最近、このあたりの地は例年にないほどの寒さに見舞われている。
この寒さがこれから続くことも考えて、ちょっと生活様式を変える必要がありそうだ。
その手始めとして、みなで保存食を作ることにする」
すると、村人たちはどよめきだす。
「保存食……? それは、禁止されていることでねぇですか!」
「そうだ! この国では領主様以外は、保存食は禁止されているだ!」
「保存食は作物を残しておくのとはわけが違う!
こんな麓の村でおおっぴらにやったら、見つかったとき大変だ!」
帝国では、庶民の過剰な貯金と食料の備蓄は法律によって禁止されている。
多少の穀物をこっそり蓄える分には見逃してもらえるようだが、保存食は明確な備蓄とみなされて処罰の対象になるんだ。
でも、俺はもうそんなことは気にせず、大手を振って保存食を作ることに決めた。
その理由としては、村人たちにはすでに伝えていることだが、俺はもう帝国法を守るつもりがないからだ。
そして、何よりも……。
「ひとつお前らに聞くが、領主などの権力者のみが備蓄が許されているのは、なぜだか知っているか?」
「そりゃ、困ったときのためじゃろう?
飢饉とかで食べ物が無くなったとき、民衆を救うためにあると聞いただ」
「冷害が続いているこの村は、じゅうぶんに飢饉といえるだろう。
しかし領主サマはお前たちに、何かしてくれたか?」
「たっ、確かに領主様は、ワシらが訴えてもなにもしてくれなかっただ!
この冷害は一時的なものだから、辛抱しろ、って……!
おかげでオラたちは、ずっとひもじい思いをし続けてきただ!」
「そうだろう。だから自分たちでなんとかするしかないんだ。
いまはダイコンの
ここまで言ってようやく、村人たちは覚悟を決めたようだ。
「わ、わかっただ……! おらぁやるだ!」
「おらもやるだ! だけども保存食なんて、どうやって作ったらいいか……。」
「それについては心配するな。俺が教えてやる」
俺は村人全員に、『保存食講習会』を開いた。
といってもそんな難しいことじゃない。
肉や魚を煙でいぶすのと、大根を短冊切りにして干すだけだ。
村人たちは保存食を作るのは初めてなのか、おっかなびっくりだった。
「ゲホッゲホッ! 肉や魚を焼くんじゃなくてただ煙に当てるだけだなんて、こんなので本当に保存食になるだか!?」
「大根は、ただ切って干しただけだぞ! こんなんじゃ、すぐに腐っちまうんじゃ……!?」
そして数日後。
「うわぁ、大根を干しておいたら、こんなにカラッカラに干からびちまったぞ!?」
「魚も肉も色が変わって、へんなふうになっちまっただ!」
「グリード様、失敗じゃ! こんなもの食えねぇだよ!」
「いや、それでいいんだ。肉や魚は『燻製』といって、その状態だと2~3ヶ月はもつ。
大根は『切り干し大根』といって、その状態だと1年は持つんだ」
「えっ、ええっ!? 腐りやすい肉や魚が、そんなに持つだなんて……!?」
「いくらなんでもウソだ! 1年も持つ野菜なんて、聞いたことがねぇ!」
「仮に持ったとしても、こんな硬いもの、食いたくねぇだ!」
「そう喚くなって。本当に日持ちするし、味だって悪くないんだぞ。
保存食として作ったものだが、試しに食べてみるか」
俺はグロテスクなものを見るような村人たちの目の前で、干物と切り干し大根を調理する。
干物はもう味が付いているから焼くだけでよく、切り干し大根は煮物にした。
すると、漂ってくるいい匂いに、村人たちの反応が変わる。
「に、肉と魚が、じゅうじゅう音をたてて……なんだか、うまそうじゃのう……!」
「こっちの大根も、なにやらうまそうな色合いになってきただ……!」
「よしできた、ちょっとつまんでみろよ」
できたてを勧めると、村人たちはやっぱりおっかなびっくりに、料理に手を付ける。
そして、
「うっ……うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
心の底からの歓喜を、村じゅうに轟かせていた。
「とっ、とんでもないうまさじゃあ!? なんであんな干からびたものが、こんなにうまいんじゃ!?」
「肉と魚はいままでにない深い味わいがあるし、大根は味がしみているのにかみ応えがあって……。
いつも食べていたものとは、大違いじゃあ!?」
「うまいだろう? 保存食というのは水分を抜く工程で、旨味成分が生まれるんだ。
煮物にするとダシをよく吸うから、さらに旨くなる」
「ああっ、なんということじゃ! こんなに旨い食べ方が、この世にあっただなんて……!」
「これをたっぷり作っておけば、どんなに寒くなったって平気だ!
こんな旨いものだったら、毎日だって食いてぇだ!」
「もうひもじい思いをしなくてもすむ! これからも生きられる! 生きられるんじゃあ!」
「ああっ、これもすべてグリード様のおかげじゃ! グリード様がいなかったら、ワシらはとっくに飢え死にしておったわ!」
「グリード様は神様じゃ! 神様じゃーっ!!」
まるで俺を崇めるように、ははーっ! とひれ伏す村人たち。
俺の隣にいたダイコンも嬉々として膝を折ろうとしていたので、俺は止めた。
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