第10話

 羊たちと一緒に暮らすようになって、俺とダイコンの生活も少しは賑やかになってきた。

 住人が増えたのだからと、俺はあるものを作る。


 それは、この家の敷地から麓に降りるまでの獣道の間に建てたアーチであった。

 アーチには、ある看板をぶら下げた。


「あの、旦那様、この看板は何なのですか?」


「ダイコン、せっかくだからここいらを『村』にしてみようと思ってな」


「村、ですか……?」


「ああ。俺たちはどこに行っても受け入れてもらえないんだ。

 だったらいっそのこと、俺たちの村を作っちまおうと思ってな」


「なるほど、そういうことでしたか。でも、この村の名前は、ちょっと……」


「そんなに変かぁ? いい名前だと思うんだけどなぁ」


 村の名前は、そう、


 『びんぼう村』っ……!


 守護神を町や村の名前として冠するのは、別に珍しいことじゃない。

 それにこの名前だったら、貧乏神がいるのはひと目でわかる。


 今の俺たちにはこれ以上ないくらい、ピッタリの村といえるだろう。

 ダイコンはあまり気が進まないようであったが、なんにせよ俺は村を立ち上げた。


 だからといって日常になにか変化があるわけではない。

 それでも、少しでも元気の源になればと思ったんだ。


 最近、ここいらは異常気象なのか、寒い日が続いている。

 夜なんかは枯れ草にくるまって、ふたりでくっついて寝ないといけないくらいに。


 畑の野菜はダイコンの技能スキルのおかげで育っているが、本来であればとっくに全滅していたかもしれない。

 そのダイコンですら最近は「くちゅん!」とクシャミをするようになった。


 これは、急いで寒さ対策しないとヤバいかもしれない。

 そう思っていた矢先、野生の羊以上の珍客が、村に飛び込んできた。


 『びんぼう村』のアーチの下に、ふたりの子供が倒れていたんだ。

 きっと『ハテサイ村』の子供だろうと思い、俺たちは家に連れ帰って介抱した。


 子供たちはお腹が空いていたらしく、魚と野菜をミルクで煮込んだものを出してやる。

 するとふたりとも、うみゃうみゃ言いながら夢中になってガッついていた。


「ゆっくり召し上がってくださいね。おかわりはまだまだたくさんありますから」


 とダイコンが微笑むと、ふたりはダイコンの美貌に見とれ、箸を落としていた。


 子供たちはひと心地ついたあと、自分たちのことを話してくれる。

 ハテサイの村に住む双子の姉弟で『アミ』『アム』というらしい。


 ハテサイの村は冷害で作物がなくなり、本来は盗賊に差し出す用に取っておいた穀物を食べていたそうだ。

 しかそそれも村の権力者たちが独占し、村人たちは飢え死に寸前。


 両親を失って生きていくのもやっとだった姉弟は、食べ物を求めるあまり、やむなく禁断の『穢れ山』に入った。

 そこで『びんぼう村』を見つけ、助けを求めようとしたところ……力尽きてしまったそうだ。


 アミとアムは、俺に懇願する。


「お……お願いします、おらたちを、この村に置いてください!」


「ハテサイ村は村人たちが食べ物を巡って争っていて、戻ったところでおらたちみたいな親のない子供は、飢えるしかないんです!」


「お願いします、お願いしますっ!」


 なぜか、ダイコンまでいっしょに土下座していた。


「ダイコンがいいなら、俺は別にかまわん。ただし、ここにいる間はちゃんと働いてもらうからな」


「も……もちろんです! なんでもします!」


「お前たちは、何の技能スキルを持ってるんだ?」


 するとアミとアムは「機織りです」と口を揃えた。


 技能スキルというのは、この世界に生まれし人間のほとんどが持っているもので、人は幼少の頃からその技能スキルを使い、生業にして生きていく。


 しかしごくわずかだが、俺のように技能スキルを持たずに生まれてくる者がいる。

 その者には守護神ギフトが与えられる。


 守護神ギフトというのはもう言うまでもなく、俺のダイコンや、エンヴィーの太陽神オムニスなどだ。

 この守護神ギフトは簡単に言うと、技能スキルをたくさん持った存在のこと。


 ひとつひとつの技能スキルも、持って生まれたものより威力が強い。

 そのため、人の上に立つ者とされているんだ。


 守護神ギフトを与えられた者は権力者たちに支えられ、教育を受けることができる。

 このアミとアムのように、機織りの技能スキルしか持たない者は、一生を機織りで終えるしかない。


 それが、この世界なんだ。

 俺は持って生まれたもので一生が決まるなんて、おかしいと思っている。


 こんな世界を変えてやりたくて、俺は帝王に……。

 と、今はそんなことはどうでもいいな。


 俺は思考を断ち切り、アミとアムに告げる。


「よし、それじゃあさっそくその機織りをやってもらおうか」


「はい! もちろんです! 機織り機と糸さえあれば!」


「どっちもこの村にはないから、今から作る。ちょっと待ってろ」


「えっ、機織り機と糸を作るって、どうやって……?」


 と、呆気にとられる姉弟とダイコンをよそに、俺は作業を開始する。


 『機織り機』なんていうと複雑な機械に思えるが、足踏みして使うような大規模なものじゃなければ、構造は単純だ。

 単に、四角に組んだ木に糸を通す用の切り欠きを入れたものと、糸を巻くための棒、そして糸を編んだあとに揃えるための棒があればいいんだからな。


 俺はあまった木材を使って、すぐに2組の織機を作り上げた。

 あとは糸だが、こちらも問題はない。


 糸を紡ぐためにはスピンドルといって、脚の長い独楽コマみたいな道具さえあればいい。

 そして、紡ぐための繊維としては……。


 俺はハサミを片手に、縁側から飛び出す。

 羊ファミリーのいる柵に向かうと、


「ちょっとばかし、毛を分けもらえるか?」


 するとお父さん羊が「めぇ~」と鳴いた。

 これを承諾の返事と受け取った俺は、さっそく毛刈りを開始する。


 羊たちの身体に沿ってハサミをチョキチョキするだけで、大量の羊毛が得られた。

 これで準備完了。


 羊毛をスピンドルに引っかけてクルクル回すと、一本の糸となって紡がれていく。

 その様子を、手品のように「はえ~」と見つめている姉弟とダイコン。


「糸って、こうやってできるものなんだ……」

「ずっと織物をやってるのに、知らなかっただ……」

「やっぱり旦那様は、天才です……」


 糸さえできあがれば、あとは姉弟のターン。

 本格的な機織り機ではないので苦労していたが、さすがは技能スキルを持っているだけあって、あざやかな手つきで糸をどんどん編み上げていく。


 一枚の生地が出来上がった瞬間、


「わ……わたしに貸してください!」


 針と糸を持って待ち構えていたダイコンが、バトンのようにその生地を受け取り、猛然と針仕事にいそしむ。


 思いもよらぬキッカケで始まった、村人総動員の作業。

 そして、できあがったものは……。


「ヌクヌク羊さん帽子です~っ!」


 ダイコンが作ったのは、羊を模した帽子が4人分。

 さっそくみんなで被ってみると、まるで俺たちまで羊ファミリーになったようで、思わず笑いあってしまう。


 それだけで身体ばかりか、心までヌクヌクになった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る