第9話
俺とダイコンは家のまわりを整地して、畑を作り上げた。
大根をメインに、ニンジン、タマネギ、ゴボウを植える。
ダイコンの
すると、野菜の安定供給が可能となる。
今までは山菜を求めて山に入っていたが、その必要がなくなった。
おかげで食べ物探しに費やす時間が減って、そのぶん他のことをすることができるようになる。
俺はせっかくだからと家を増築し、ダイコンのプライベートルームも作ってやった。
しかしダイコンはその部屋は着替えの時くらいしか使わず、寝るときまで俺のそばにいた。
「俺のことだったら気にしなくていいぞ。お前だって、ひとりになりたいくらい時くらいあるだろう」
俺がそう言うと、ダイコンは捨てられた仔犬みたいな表情をした。
「いいえ。旦那様のぬくもりを知ってしまったのに、ひとりになるなんて嫌です」
「そうか、お前はずっとひとりぼっちだったんだな」
「はい。わたし、とっても怖いんです。
みんなから嫌われるのが当たり前だったわたしが、こんなに幸せになってもいいのかって。
これは夢で、目を離したときに旦那様がいなくなってしまわれるのではないか、って」
「大丈夫だ、俺はどこにも行ったりしない。
何度も言ってるだろう? お前は俺のものだって。
たとえお前が他のヤツに奪われたって、必ず取り戻してみせるからな」
するとダイコンは「はうっ!?」と硬直したあと、全身の毛を逆立てる勢いで一気にまくしたてた。
「わ……わたしは貧乏神なんですよ!?
そんなふうに、わたしを大切にしないでください!
ますます怖くなってしまいます! もっと、粗末に扱ってください!
外で寝かせるとか、食事は大根の葉っぱのみとか、気に入らないことがあったら殴る蹴るして、ウサ晴らしをしてください!」
「しねーよ、そんなこと。
それにしてもお前、キョドると早口になるんだな」
「はぁ、はぁ、はぁ……! だ、旦那様が、おかしなことをおっしゃるからです……!」
「おかしなことを言ってるのは、お前のほうだと思うんだけどなぁ」
「いーえ、旦那様です! 貧乏神をこんなに大切にするだなんて、どうかしています!」
ぷくっと頬を膨らませるダイコン。
コイツ、妙なところで意地になるんだな。
でも俺にとってはなんだかおかしくて、愛おしかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日の朝。
今日もまた冷たい風に起こされて縁側に出てみると、意外なる珍客がいた。
この山に生息していると、野生の羊たちだった。
ダイコンから与えられた野菜の葉っぱを、美味しそうにモシャモシャ食んでいる。
ダイコンは俺に気付くと、身体を折り曲げ、長い前髪が地面に付くくらい頭を下げた。
「おはようございます、旦那様っ!」
度を越した最敬礼だが、実を言うとこれでもマシになったほうなんだ。
以前は場所がどこであれ土下座してたので、やめさせた。
いや、今はそんなことよりも……。
「野生の羊を手懐けるとはたいしたもんだな。野生の羊なんて近づくのも難しいってのに」
するとダイコンは、偉ぶりもせず微笑んだ。
「わたし、こう見えて動物さんには好かれるんですよ。わたしのレベルですと動物さんは貧乏にできませんので、それがわかるみたいです」
「そうなのか。でも動物が貧乏になる姿って、想像もつかないな」
羊たちは大きいのから小さいのまで5匹ほどいて、どうやら家族のようだった。
毛並みは薄汚れているがモコモコで、最近このあたりは寒いせいで毛がさらに伸びはじめている。
羊ファミリーは俺たちが危害を加えないとわかるや、すっかり軒先に居着いてしまった。
畑の野菜を勝手に食べようとしていたので、俺は柵を作って羊たちを隔離する。
すると必然的に、俺たちが飼っているような形になってしまった。
せっかく世話をしてやるのだからと、俺は対価を頂くことにする。
乳搾りをしてみると、鍋いっぱいのミルクが得られた。
「それはもしかして、羊さんのお乳ですか?」
「ああ、羊乳といって、クセが強いが栄養満点なんだ。飲んでみろ」
「それでは、ひと口だけいただきます。……おっ、おいしいーっ!?」
「うん、いけるな。さすが搾りたてだ」
これなら、新しい栄養源としても使えそうだ。
俺は正式に、この羊たちを飼うことに決めた
「よーしよし、こんないいミルクを持ってきてくれてありがとうな。
これからも、よろしく頼むぞ」
俺が羊たちを順番に撫でてやっていると、いつの間にかダイコンが膝を折ってしゃがみこみ、『撫でられ待ち』していた。
「畑に続いて大手柄だぞ、ダイコン。
お前のおかげで貴重なタンパク源が確保できた」
「ありがとうございます! えへへへ、んめぇ~」
いっぱいナデナデしてやると、ダイコンは羊の鳴き真似をしながら俺にスリスリしてきた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
羊乳のおかげで、俺たちの食生活はさらにバリエーション豊かになった。
ミルクというのは飲むだけでなく、いろんな食べ物になるんだ。
まずは、鍋に移したミルクを煮詰めて、塩を加えれば……。
「わあ、液体だったミルクが、黄身がかってホクホクした感じのものになりましたね」
「これはチーズといって、ミルクの代表的な加工食品のひとつだ」
「えっ、これがあのチーズなんですか!? チーズって、お金持ちしか食べられない貴重なものですよね!?
それがこんなに簡単にできるものなんですか!?」
「ああ。帝国では保存できる食べ物は庶民が口にしちゃいけない決まりがあるから、貴重品扱いされているだけだ。
その気になればこうやって簡単に作れるんだ。
本当はしばらく寝かせて熟成させるものなんだか、できたても悪くないぞ、食べてみろ」
「い、いただきますっ! おっ、おいひぃぃぃぃーーーーっ!?!?」
何を食べても「おいしい」と言うダイコンだったが、このチーズは特に気に入ったようだ。
食べた瞬間に手で口を押え、ジャラシを振られた猫みたいに目をまんまるにしていた。
しかしそんな彼女が、いちばん気に入ったのは……。
「旦那様、今度はなにをお作りになられてるんですか?」
「ミルクをこうやって容器に詰めて、焼き石を置いて保温するんだ。
温度調節は難しいし、時間はかかるが、うまくいけば……」
「わぁ! なんですかこれは!? 白くて滑らかで、ぷるんぷるんしています!?」
「これはヨーグルトという食べ物なんだ。
そのまま食べても酸味が利いててうまいが、こうやってソースをかければさらにイケるぞ」
俺はヨーグルトを皿に盛り、その上に山ブドウをすり潰して作ったソースをかけた。
ダイコンはそれをおそるおそる口に運ぶ。
しかしひと口食べた瞬間、瞳がまんまるを通り越して、ハートマークに変形した。
「おっ……おっ……! おおっ……! おいっ……ひいいっ!」
まるで達してしまったかのような恍惚とした表情で、ビクビク痙攣をはじめる。
「だっ……だんな、さまっ……! なっ、なんというものを、このわたしに食べさせてくださったのですか……!」
ダイコンは震えながら、とうとう随喜の涙まで溢れさせていた。
そのあと、彼女の大好物が『ヨーグルト』になったのは言うまでもないだろう。
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