第8話
次の日の朝。
小屋の中に冷たい風が吹き込んできて、目が覚めた。
昨日までは春のように暖かかったのに、今日はものすごく寒い。
身体を起こしてみると、縁側の向こうではダイコンがいて、しゃがみこんで何かをしていた。
どうやら、土いじりの真っ最中のようだ。
彼女は俺に気付くと、ぱたぱたと小走りで寄ってきて、ぺこぺこと頭を下げた。
「お、おはようございます、だん……グリード様!
昨日の夜は温泉が気持ちよくて眠ってしまったみたいで、本当にすみませんでした!」
「あれだけのことをしといて、全然覚えていないようだな」
「あれだけのこと? わたしなにか、とんでもないことを……?」
「いや、別にいいんだ。それよりも俺のことはグリード様じゃなくて、旦那様って呼べ」
するとダイコンは、黒髪がぶわっと広がるくらいにビックリしていた。
「えっ、えええっ!? そ、そんな大それたこと、できませんっ!」
「いいから言うとおりにしろ」
「は、はい、かしこまりました。だん……いや、グリ……いやいや、旦那様がそこまでおっしゃるのでしたら……」
なんか俺が無理して言わせてるみたいな流れになっちまったが、まあいいか。
奥歯にものの挟まった呼ばれ方をされるのに比べたらよっぽどマシだ。
「ところで、なにやってたんだ?」
「はい、大根を育てておりました!」
「なに?」
外に出てみると、たしかに畑のようなものがあって、大根の葉っぱのようなものが顔を出している。
引っこ抜いてみると、長さ30センチくらいの大根が出てきた。
昨日まではそもそも畑すらなかったのに、なぜこんな立派な大根が?
「これ……いったいどうやったんだ?」
「はい、旦那様が『浜大根』という大根を採ってこられましたよね?
わたしは大根を育てる
『浜大根』というのは野生の大根のことだ。
農業で作るのに比べると、細くて小さくて味も劣るが、ちゃんと大根の味がする。
まさかそれを農業クラスの大根に育てられる
「すごいじゃないか、ダイコン! まさかお前にこんな力があっただなんて!」
「あ……ありがとうございます! 朝ごはんはさっそく、この大根でお料理させていただきます!」
俺とダイコンは手分けして、さっそく大根調理にかかる。
魚と大根の煮付け、野生のトウガラシを使った大根の甘辛焼き、大根サラダ。
煮付けは魚の味が染みてトロトロ、甘辛焼きはホクホク、サラダはシャキシャキだった。
「ダイコンの作った大根、すげーうまいなぁ!」
「ありがとうございます! いままではちっちゃくてあんまりおいしくない大根しか作れませんでした!
こんなにおおきくて美味しい大根が作れたのは、初めてのことです!」
「そうなのか? この山の土地が大根栽培に適してるのかな?」
「はい、それもあると思うのですが、大根育成の
わたしは旦那様とお会いして、初めて愛情というものを知りました。
ですから、その……」
自分で言っておきながら恥ずかしくなったのか、しおしおと小さくなるダイコン。
「作れるのは大根だけなのか?」
「は、はい……たぶんそうだと思います。大根以外はやったことないですけど……」
「そうか、じゃあ試しにやってみるか」
俺は朝食を終えたあと山を探し、野生のニンジンとゴボウとタマネギを採ってきた。
みっつの畑の前に立ち、ダイコンは両手を広げる。
そしてむにゃむにゃと、呪文のようなものを唱え始めた。
「げんきにな~れ、げんきにな~れ。おおきくな~れ、おおきくな~れ。おいしくな~れ、おいしくな~れ……」
しかし、畑にはなんの変化も起きなかった。
「や……やっぱり無理みたいです。そのお野菜への愛情が、足りないみたいです……」
「その野菜への愛情ってのは、どうやったら増やせるもんなんだ?」
「わたし自身がそのお野菜のことを好きになる必要があるんです」
「なに? ということはお前はニンジンとゴボウとタマネギが嫌いなのか?」
すると、ダイコンはイタズラがバレた仔犬のようにしゅんとなる。
「す、すみません……。ニンジンとタマネギは、実は苦手でして……。
ゴボウというのは、食べたことがありません……」
「子供か」
「あ、でも旦那様がお好きなようでしたら、方法はあります!
わたしと手を繋いで、
俺はニンジンもタマネギもゴボウも別段好きというわけではない。
しかし苦手ではないので、ダイコンよりはマシかもしれない。
俺は言われるがままにダイコンと手を繋いで、例の呪文を唱えた。
「「げんきにな~れ、げんきにな~れ。おおきくな~れ、おおきくな~れ。おいしくな~れ、おいしくな~れ……」」
その間、俺はなるべく野菜たちのことを想うように努めた。
すると、
にゅにゅにゅにゅ……!
と音がしそうなくらいに、畑から青々とした葉っぱが伸びてくる。
どれも正真正銘の、ニンジンとタマネギとゴボウだった。
「や……やったぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!」
俺とダイコンは嬉しさのあまり、思わず抱き合って喜んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、麓の村にある畑では……。
「う……うわああああっ!? なんじゃこりゃっ!?」
「どの作物も、すっかり枯れてしまってるでねぇか!?」
「急に寒くなっちまったせいだ!」
「なんでじゃ!? この村がこんなに寒くなったのは初めてのことじゃぞ!?」
「そんなことはどうでもいい! それよりも、どうするんじゃ!?
せっかく今年もなんとかやっていけると思っていたのに、このままじゃ飢え死にじゃ!」
「お……おしまいじゃ! この村は、おしまいじゃぁぁぁ……!」
『穢れ山』の畑は大豊作を迎え、グリードとダイコンが抱き合って喜んでいたのに対し……。
『ハテサイの村』の村人たちは、冷害によって作物が全滅し、絶望にうなだれていた。
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