第7話
時はほんの少しだけ戻る。
グリードとダイコンの温泉での酒宴はふたりっきりで、森の動物以外は誰も知らないことだと思われていた。
しかし、見られていたのだ。
ある、男に……。
その男もちょうど、大浴場で酒宴の真っ最中。
自らを勇ましく模した彫像、その手からは七色の湯水があふれ、あたりを虹色に満たす。
湯には色とりどりの花が浮かんでおり、さながら桃源郷のような美しさ。
その主である男は、世界中からあつめた美女に囲まれ、黄金の盃を手にしてバカ笑いしていた。
「わっはっはっはっはっ! 俺様はすべてを手に入れた!
グリードが喉から手が出るほど欲しがっていたこの国のすべてを!
俺は完全にグリードを超えたのだ!」
まわりにいた美女たちは、男を奪い合うようにしてすがりつく。
「エンヴィー様ぁ、グリードのことなんて、もういいじゃないですかぁ」
「そんなことより、もっと私を見てください、そして抱いてくださいぃ」
「わっはっはっはっ! 俺は世界中の美女から求められる存在になった!
その点、グリードはどうだ! ヤツにいる女といえば、あの気持ちの悪い貧乏神だけだ!
おいっ、オムニス! グリードが今どこをさまよっているのか、見せろ!」
浴場には入らず、洗い場に立っていた太陽神オムニスは、「御意」と答える。
すると、浴場の天井にあった巨大な水晶板に、映像が映し出された。
そこは白煙けむる山奥。
そう、温泉で酒宴の真っ最中の、グリードとダイコンであった。
「わっはっはっはっ! 見るのだ、皆の者! グリードは、外にある池なんぞに浸かっておるぞ!
落ちぶれすぎて、とうとう頭がおかしくなったようだ!
それになんだ、あの料理は!? 魚に雑草!? 貧民以下の食事ではないか! わはははははは!」
まわりの女たちもオホホホと上品に笑っていたが、エンヴィーの表情はすでに凍りついていた。
「なっ……なんだ!? グリードといっしょにいる、あの女は……!? とんでもなく美しいではないか……!?」
その黒髪の少女は見た目は素朴なのに、女神のように清らかで美しかった。
水晶板ごしでも、その輝きが伝わってくるほどの美少女オーラ。
さながら、磨けばどれほどの輝きを放つか想像もつかないほどの、ダイヤの原石……!
エンヴィーはすかさず周りを見回し、はべらせている美女たちと見比べる。
それまでは世界最高の美女だと思っていたが、急に石ころのように見えてきた。
悔し紛れに叫ぶ。
「ぐっ……! あ、あの少女は、きっと金に目がくらんでグリードのそばにいるに違いない!
俺様がいま手にしている真実の愛とは大違いよ!
ニセモノの愛であそこまで喜べるとは、グリードも哀れなヤツよ!
おい、オムニス! あの少女がグリードをどのように思っているか、映し出すのだ!」
太陽神が「御意」と答えると、水晶板の向こうにいたダイコンの頭に、吹き出しのようなものが現れる。
そこにはドキドキと脈打つ、はち切れんばかりのハートがあった。
太陽神は無感情な声で告げる。
「ハートマークは、『真実の愛』……。
あの少女は、心の底からグリードを好いているようですな」
「ぐっ……! そんなことは言われずともわかっている! だからなんだというのだ!
俺様には本当の愛など、掃いて捨てるほど持ち合わせているのだ!
見よ、この女どもの、俺様に心酔しきった表情を!」
露わな肌を隠そうともしない美女たちは、すべてを捧げるような瞳でエンヴィーを見つめたいた。
しかし、その頭上の吹き出しには……。
『札束』『黄金』『権力』『宝石』……!
ハートマークなど小石の欠片ほどにも、浮かび上がってはいなかった……!
途端、エンヴィーにとっては女たちが、とてつもなく不気味な生き物に見えてくる。
言葉ではあれほど愛を語り、身体はすがっておきながら、心は一切、自分を見ていないのだ。
彼女たちが見ているのは、帝王の座……!
ちなみにではあるが、吹き出しは女たちには見えていない。
彼女たちは本心が見透かされているとも知らず、エンヴィーに媚びるように唇を寄せた
「いまエンヴィー様は、私たちの心をごらんになっていらっしゃるのでしょう?」
「どうですか、私たちの愛は? あんな小娘など、比べものにならないでしょう?」
「その中でも、私がいちばんエンヴィー様を愛しておりますわ」
「いいえ、私はエンヴィー様のためなら命も惜しくありません、ですから私をハーレムの本妻に……」
「なによ、アンタなんか何かあったら真っ先に逃げ出すでしょう? その点、私はエンヴィー様のためなら……!」
とうとう争いはじめる美女たち。
エンヴィーにとっては、もはや身も心も醜いモンスターにしか見えなかった。
「……うっ……うわああああああああああああああああっ!!」
「エンヴィー様っ!? どうされました!?」
「ああ、おかわいそうなエンヴィー様! この女に気を悪くされたんですよね!?」
「いいえ、あなたこそがエンヴィー様の勘気に障られたのよ! はやくこの女を、ここから追い出して……!」
「うるさいうるさいうるさいっ! お前たち全員、俺様の前から消えろっ!
二度と俺様の前に、姿を見せるなっ!」
「ど、どうされたのですか、落ち着いてください!」
「触るなっ!」
エンヴィーは手の中で黄金の剣を具現化させると、女たちをまとめて薙ぎ払う。
切り裂かれた女たちは、鮮血を撒き散らしながら湯の中に沈んだ。
「キャアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
残された女たちは、悲鳴ととも逃げだす。
桃源郷のようだった大浴場は一転、地獄絵図と化していた。
水晶板には、永遠の愛を誓い合ったように抱き合う、グリードとダイコンの姿が。
エンヴィーは血のしたたる黄金剣をさらに一閃し、ふたりを引き裂くように水晶板をまっぷたつにする。
帝王の息子は肩で息をしながら、ぜいぜいと憤怒を漏らしていた。
「ぐっ……! ぐぐっ……! ぐぐぐぐっ……!
こっ……この俺様にないものを手に入れるとは……! 許さん! 絶対に許さんぞ……!」
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