第4話
しばらくして、雨は止んだ。
貧乏神は気恥ずかしそうに俺の胸から離れていくと、居住まいを正し、
「ふ……不束者ですが、どうかよろしくお願いいたします」
まるで嫁入りの挨拶のように、三つ指ついて深々と頭を下げた。
「ああ、これからよろしくな、貧乏神」
「あの、だん……。いえ、グリード様。
どうかわたしのことは『ダイコン』とお呼びください」
「そうか、たしかお前、『ダイコンテン』って名前だったよな。だからダイコンか。
よろしくな、ダイコン」
すると、ダイコンの前髪から覗く口元が、ほんのりと笑んだ。
俺はこの時はじめて、彼女の笑顔というものを見た気がした。
「よし、ダイコン! それじゃあ雨も止んだし、ここで暮らす準備でもするか!」
「はい、グリード様!」
俺はリュックから手斧とナイフを取りだして、ベルトの下から提げる。
革の手袋をはめながら洞窟の外に出て、森の木々を伐採した。
枝を落とした木を適当に組み合わせて、洞窟の前にさしかけ小屋を作り上げる。
そのへんから石を拾ってきて、簡易的なカマドもこしらえた。
ダイコンは手伝おうとしているのか、俺のまわりを行ったり来たりしている。
しかしそうこうしている間に出来上がってしまった。
「す、すごい、です……。あっという間に、屋根とカマドを作っちゃうだなんて……。
帝王になられるはずのお方が、どうしてこんなことまでできるんですか?」
「帝王になるからこそだ。ガキの頃から帝王学としていろいろ仕込まれてきたんだ。
もっとも俺が自分から学んだってのもあるが」
俺は人や物に対してだけでなく、知識についても貪欲だった。
知らない物があったらすぐに図書館で調べて、自分で作ったりもしていた。
「よし、じゃあ食べられるものがないか探してくるから、ちょっと留守番しててくれるか。
それと、待ってる間に枝を集めてカマドに火を起こしておいてくれ。マッチならリュックに入ってるから」
「はい、かしこまりました。いってらっしゃいませ、だん……グリード様」
なんだか奥歯にものの挟まったようなダイコンに見送られ、俺は森へと分け入る。
山を登っている途中に川が流れている音を聞いたので、その方角を目指す。
すると、大きな渓流を見つけた。
水は綺麗で、魚も泳いでいる。
「なんだ、『穢れ山』なんていうから毒の川でも流れてるのかと思ったが、いい川じゃないか」
というか人が立ち入らないせいか、この山はどこも手付かずの自然に溢れていた。
リスやウサギ、野生のシカやイノシシ、それどころか馬や羊の姿まで見られる。
川には魚がたくさんいて、軽く追い込み漁をやっただけで食べきれないほどの魚が獲れた。
植物のツタと葉っぱで作った袋に詰め込んで、洞窟へと戻る。
すると、
「あっ、おかえりなさいませ!」
エプロン姿のダイコンが迎えてくれた。
ダイコンはカマドに火を付けるどころか、リュックの中にあった鍋で調理までしてくれていた。
刻まれた山菜やキノコなどが、鍋の中でグツグツと煮たっている。
「この山菜やキノコは、お前が採ってきたのか?」
「はい、貧乏暮らしが長かったもので、よく道端の草などを食べておりました。
森の中を少し探してみたらたくさんありましたので、集めてみたんです」
「キノコは大丈夫なのかよ」
「はい、過去に何度か死にかけたことはありますけど、おかげで食べてはいけないキノコなら詳しくなりました。
ここにあるのは、ぜんぶ食べても大丈夫なキノコです」
「神もキノコで死にかけるのか……」
腹も減れば眠くもなるし、ケガや病気なんかもするそうだ。
なんにしても、ダイコンの貧乏暮らしの知恵があってくれて助かった。
俺は魚を捌いて、鍋に加える。
味付けはリュックの中にあった調味料を使って、ダイコンがやってくれた。
「お魚と山菜とキノコのお鍋、完成ですっ!」
さっそくふたりで鍋を囲む。
帝都を出てからというものロクなものを食べていなかったので、久しぶりのまともな料理だ。
それは、帝都のごちそうとは比べものにならないほどの美味だった。
「う……うまぁ~っ!」
「お……おいしい~っ!」
人間と神が、思わず唸ってしまうほどに。
味付けは塩とハーブだけなのに、魚のうまみがしっかり出て、キノコや山菜に染み込んでいる。
魚の身は柔らかくて、口に入れるとホロリと崩れる。
キノコはトロリと口の中でとろけ、山菜はしっとりシャキシャキ。
「とれたてのものがこんなに旨いとは知らなかったなぁ!」
「はい! こんなにおいしいものを食べたのは、初めてです!」
俺とダイコンは夢中になって鍋をガッついた。
元手はゼロの究極の貧乏飯だったが、これなら毎日でもいいと思った。
夜になって、俺は焚火のそばで寝転がっていた。
空には吸い込まれそうなほどの星空が広がっている。
俺はその美しさに目を奪われていたけど、ふと、となりのダイコンの視線に気付いた。
彼女は自分の膝と俺の顔を、交互にチラチラと見ている。
「……もしかして、膝枕したいのか?」
するとダイコンは、「バレた!?」といわんばかりに肩をビクンと震わせる。
「いっ、いえ、そんな!
お嫁さんの三大夢である膝枕をさせていただきたいだなて、そんな大それたことは、決して……!」
「別にいいけど、こんな地べたで膝枕なんかしたら、お前の足が痛いんじゃないか?」
「あっ、いえ、わたしは膝枕はしたことはないのですが、石を抱かされたことなら何度もありますので……」
「石抱きの刑に処されるって、どんな神だよ。まあいいや、こいよ」
手招きすると、ダイコンはいそいそと俺の所に近寄ってきて、ちょこんと正座した。
その膝に頭を乗せる。
「膝枕なんて、ガキの頃にオフクロにしてもらって以来だよ、やっぱり気持ちい……」
俺はダイコンの顔を見上げて、心臓が止まりそうになってしまった。
なぜならば垂れた前髪の奥に覗く、ダイコンの顔があまりにも、アレだったから……!
「うっ……!? うわあああああああああっ!?」
暗闇のなかに光る瞳と目があった途端、思わず悲鳴とともに飛び退いてしまう。
俺のリアクションに、ダイコンはショックを受けているようだった。
「す、すみません……。わたし、やっぱり醜いですよね……」
「ちっ……違う違う違う! 逆! その逆っ!」
「えっ」となるダイコンに、俺は近づく。
手を伸ばし、彼女の前髪をかきあげた。
「あ、あの、グリード様……?」
「いいから、じっとしてろ」
「は、はい」と身を固くするダイコン。
俺は、自分が履いていたブーツの靴紐をほどく。
それを使ってダイコンの前髪を束ね、後ろに縛り上げた。
そして、改めて息を呑む。
「お、お前……こんなに可愛い顔してたのかよ……!?」
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