第3話

 俺は貧乏神とともに帝都を出て、あてもなくさまよった。

 帝王の跡継ぎ候補としてではなく、ひとりの人間として、新しい人生のスタート地点を探していたのだが……。


 世間の風は想像以上に冷たかった。

 貧乏神を連れているとわかるや、どの町や村でも嫌な顔をされる。


 金を払えば食べ物くらいは譲ってもらえたが、宿だけはどうしても得られなかった。

 野宿をしながら旅をしていくうちに、帝都から最も離れた場所にある、辺境の村へとたどり着く。


 そこは『ハテサイの村』。

 温暖な気候を利用しての農耕が盛んな土地であった。


 ここまで来ればもしかしたらと思っていたのだが、その期待はあっさりと打ち砕かれる。

 村人は俺たちを見たとたん、口汚く罵ってきた。


「アイツは、貧乏神じゃねぇか!?」


「なんだって最低最悪の邪神がこんなところに!?」


「きっと『穢れ山』から降りてきて、悪さをしようとしているんだ!」


「返れ! 山に帰れーっ!」


 とうとう村人たちは俺たちに石を投げつけてくる。

 つぶての雨から逃れるようにして逃げ込んだのは、村の近くにある『穢れ山』と呼ばれる山だった。


 この『穢れ山』は、うっそうと茂った森が怨霊のような形を作り上げている、おどろおどろしい見た目をしている。

 そのためか邪神が棲んでいる場所といわれ、近隣の者たちは怖れ、誰も近寄らないという。


 今の俺たちにはうってつけの場所だった。


 山を歩いていると雨が降ってきたので、雨宿りのために洞窟に入る。

 俺は地べたに腰掛けながら、貧乏神に言った。


「俺たちを受け入れてくれる町や村は無さそうだから、この山で暮らすとするか」


 貧乏神は口数が少なく、俺がなにを言っても小さな声で「はい」と頷くばかり。

 そしてボロを着ているが礼儀作法はしっかりしていて、こんな所でも正座をして座っていた。


「とりあえず、雨が止んだら住まい作りでも始めるとするか」


 すると貧乏神は、「はい」と相づちを打ったあと、口をモニョモニョさせていた。


「どうした貧乏神、なにか言いたいことがあるのか?」


「あの……本当に、ごめんなさい……わたしのせいで……」


 貧乏神は正座したまま、地面に額をこすりつけるように深々と頭を下げる。


「なんだ、そんなこと気にしてたのか、貧乏神なら今の俺の状況は、望むところじゃないのか?」


 すると貧乏神は、とんでもないとばかりにバッと顔を起こす。


「そっ、そんな! グリード様をこんな目に遭わせてしまって、わたしは申し訳ない気持ちでいっぱいなんです!

 わたしさえいなければ、グリード様は……!」


「おいおい、貧乏神ってのは、取り憑いたヤツを不幸にするのが目的なんじゃないのか?」


「はい、そうなんですけど……。わたしは自分の意思では、どなたも不幸にしたことがありません。

 ですので、守護神ギフトの中でもいちばんの落ちこぼれなんです……」


「貧乏神のくせしてやさしいんだな、お前」


「そっ、そんなことはありません! わたしは、とってもずるいなんです!

 だって本当のことを隠して、グリード様のおそばにいるのですから……!」


「本当のことってなんだよ?」


「はい……。実を申しますと、わたしは元々は、エンヴィー様にお仕えする守護神ギフトだったのです……」


「なんだと?」


「エンヴィー様は『守護神降臨の儀式』の前日に、先に儀式を行なっていたのです。

 そこではわたしは、エンヴィー様の守護神ギフトとして降臨しました。

 エンヴィー様はわたしを罵られたあと、わたしの技能スキルのひとつである、『なすりつけ』をお使いになったのです」


「『なすりつけ』……聞いたことがあるな。

 たしか自分に取り憑いた貧乏神を、他人に憑依させることだよな」


「はい。それではわたしはエンヴィー様から、グリード様に憑依するように命じられたのです。

 そのせいで、本来はグリード様に降臨するはずであった太陽神オムニ様が、エンヴィー様の元へと降臨されたのです」


「なんだ、そういうカラクリだったのか。

 どうりで、エンヴィーのヤツがお前を『追放』しろってうるさかったんだな。

 お前がいると、なすりつけたことをバラされる恐れがあるからな」


「はい……! 今からでも遅くありません! どうかわたしに、『なすりつけ』をお命じください!

 わたしがエンヴィー様に再び取り憑けば、太陽神オムニ様はグリード様の守護神ギフトに戻ります!」


「なぁ、貧乏神よ、なんで今になってそんなことを言い出したんだ?」


「そ、それは……! 嬉しかったからです! そして、恥ずかしかったからです!」


「なんだそりゃ」


「わたしは今まで、誰からも受け入れられたことがありませんでした。

 降臨したらすぐに、『追放』か、誰かを不幸にするために『なすりつけ』されてきたんです。

 そんなわたしのことを初めて受け入れてくださったのが、グリード様なんです!」


 過呼吸のようにハァハァと息をしながら、貧乏神は続ける。

 どうやら、喋り慣れていないのに無理して喋っているようだ。


「誰からも必要とされなかったわたしを、『俺のものだ』とおっしゃってくださった時は、とっても嬉しかったんです!」

 ですからつい、わたしはグリード様に甘えてしまいました!

 人間の方といっしょに過ごすという、わたしにとっての初めての体験を、したいがために……!」


「そういうことだったのか。でも、よかったじゃないか」


「はい! そしてグリード様はわたしのせいで町や村から追い出されても、わたしのことを一切責められませんでした!

 わたしを本当に、旅の伴侶のように扱ってくださいました!

 わたし、いけないと思ったんです!

 グリード様のような素晴らしいお心の持ち主を、わたしみたいな貧乏神のせいで、ダメにしてはいけないって!

 ですからお願いです! どうかわたしを、『なすりつけ』てください!」


「せっかくの熱弁ご苦労。でも、その願いは聞けないな」


「ど……どうしてですかっ!?」


「言っただろ、『お前はもう俺のものだ』って。

 元々はエンヴィーのものかもしれないけど、ここまでいっしょに過ごしたら、もう俺のもんだ。

 だから頼まれたって返してやらねーよ」


「え……えええっ!? わたしといっしょにいると、みんなから嫌われちゃうんですよ!?

 貧乏になっちゃうんですよ!? これからとっても苦労するんですよ!?」


「それがどうした。そんなことは承知のうえだ。

 貧乏になるってのも含めて、俺はお前をもらったんだ。

 それに……実をいうとな、お前には感謝してるんだよ」


「感謝、ですか……?」


「そうだ。俺はオヤジに拾われてからというもの、ずっとオヤジの操り人形になってた。

 帝国から離れることで、そのことに気付くことができたんだ。

 俺の目を覚まさせてくれて、ありがとうな」


「あ……ありがとう……!?」


 その一言に、ヒクッ! としゃくりあげる貧乏神。

 まるで生まれて初めて音を聞いた赤ちゃんのように、衝撃にうち震えたかと思うと、


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!」


 両手を顔で覆ってわんわん泣き出した。


「おいおい、泣くなよ」


 頭を撫でてやると、貧乏神は俺の胸に飛び込んできて、さらに号泣する。


「わたし、わたし……! ありがとうなんて言われたの、初めてですっ!

 こんなわたしにありがとうなんておっしゃってくださって、ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!!」


 彼女の涙に呼応するかのように、洞窟の外は滝のような雨に覆われていた。

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