第2話

 俺の守護神ギフトは、貧乏神……!

 占いでは、『最高神』だったのに……!?


 貧乏神なんて、最低神中の最低神……!

 それどころか、取り憑いた者を、まわりも含めて不幸にするっていう、マイナス神じゃねぇか……!


 突如としての邪神降臨に、聖堂内はハチの巣を突いたような騒ぎになっていた。

 その中で俺は、これは夢だと必死に言い聞かせる。


 しかし何度隣を見ても、俺のそばに寄り添っているのは貧乏神の少女だった。

 長い前髪のせいで表情はわからないが、なぜか申し訳なさそうにモジモジしている。


 この場で正気だったのは、いや、誰よりも異常だったのは、俺のオヤジだった。


「おおっ、エンヴィーよ! 太陽神を従えるとは、やはりお前は私が見込んだだけの子であった!

 まさにお前こそが、この私の跡継ぎに相応しい!」


 オヤジはもうエンヴィーにべったりで、俺のほうを見ようともしない。

 観客たちもすっかり手のひらを返していた。


「キャーッ! エンヴィーさまぁーーーっ! 私たちの帝王さまーっ!」


「エンヴィー様のためなら、我々は命をも捧げましょう! みんな、我らが支配者に敬礼!」


 さっきまでつまはじきだったエンヴィーは、一躍ヒーローになっていた。

 ステージ下に群がる兄弟たちに、今までの仕返しとばかりにペッと唾を吐きかけている。


 しかも兄弟たちは、その唾すらも有り難がる始末。

 上機嫌のエンヴィーは俺に向き直り、挑発的に笑った。


「あーっはっはっはっはっはっ! いいザマだなグリードよ!」


「おいおい、急にどうしたんだよ?

 急にそんなしゃべり方して……もしかして、俺の真似か?」


「ち……違うっ! 僕……! いや、俺は……! いやっ、俺様は……!

 貴様のことが、昔から大嫌いだったんだ!

 正義ぶったツラをして、俺様に手を差し伸べてくる貴様がな!

 だがもう、貴様は俺様を超え……!

 いや違った、俺様は貴様を超えたのだ!

 これからは俺様は、貴様の下働きとして……。

 あ、いやいや、これからは貴様は、俺様の下働きとして生きていくのだ!」


「慣れないしゃべり方をするからそうなるんだよ。

 次期帝王候補になったからって肩肘はらず、いつも通りにしたらどうだ」


「う……うるさいっ、貴様の指図など誰が受けるか!

 これからは、俺様が指図するのだ!」


 エンヴィーはビシッと指さす。

 俺ではなく、俺の守護神ギフトを。


「俺様の下働きになりたければ、まず、その目障りなものを消すのだ!

 俺様の帝国に、貧乏神など許されるはずもない!

 さぁ、グリードよ! 自らの手で、守護神ギフトを『追放』するのだ!」


 守護神ギフトというのは、自分の意思でも『追放』することができる。

 いわば三くだり半を突きつけるというわけだ。


 基本的に守護神ギフトというのは技能スキルより圧倒的に強力なので、自ら手放す人間など誰もいない。

 しかし、貧乏神ともなると、誰もが真っ先に『追放』するであろう。


 俺は射貫かれるように指さされている貧乏神を見る。

 彼女は俺にしか聞き取れないほどのか細い声で、死にかけの蚊のように鳴いていた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。

 わたしのような者が、取り憑いてしまって……。

 早く、『追放』してください……。

 『お前なんかいらない』っておっしゃってください……。

 そうすれば、わたしは消え去り、もう二度と、あなたの前には現れませんから……」


 その哀しそうで、半ばあきらめたような声に、俺は察していた。

 彼女はいつもこうやって呼び出され、いらない子だと罵られ、『追放』されてきたんだ、と。


 守護神ギフトというのは人間とともにあるはずなのに、誰からも受け入れてもらったことがないのだ、と……!


 俺のまわりでは、『追放』コールが起こりはじめる。


「追放! 追放! 追放! さっさと追放しろーっ!」


「そうだ、そんなのが1秒でもこの世にいたら、それだけ世界全体が不幸になっちまうぞーっ!」


 俺は、まるで脊髄反射のように叫び返していた。


「……うるせえっ!!!!」


 すると、あたりはしんと静まり返る。


 この時の俺は、どうかしていた。

 いや、この時の俺こそが、いちばん俺らしかったかもしれない。


「こいつは……俺の守護神だっ!」


 俺は、遠慮がちに寄り添っていた小さな肩を、掴んで抱き寄せる。

 貧乏神は「きゃっ」と小さな悲鳴とともに、俺の胸に飛び込んできた。


「死んだオフクロが言ったんだ! 手に入れたものは、なんでも大切にしろ、ってな……!

 だから俺は、死んだってコイツを離さねぇ!

 コイツはもう、俺のものだっ……!!」


 すると、俺と貧乏神の頭の上から、赤い糸状のオーラが飛び出した。

 その糸はむつみ合うように絡み合い、俺たちの頭上でハートマークを作り上げる。


「あ、あれは、『契り』……!?」


 と誰かが叫んだ。


 『契り』というのは、簡単にいえば守護神との『結婚』を意味する。

 ようは、守護の関係よりもさらに上の、より強い結びつきになったというわけだ。


 俺は別に『契り』を結びたいがために、『俺のもの』宣言をしたわけじゃない。

 ただ単に、売り言葉に買い言葉というやつだった。


 そもそも『契り』というのは人間と守護神の双方の同意が必要となる。

 俺が宣言したところで、守護神が断れば成立しないからだ。


 しかしあっさり『契り』が成立してしまったということは、もしかしてこの守護神、俺のことを……!?


 貧乏神を見ると、抱き寄せられても嫌がりもせずに、俺の胸にちんまりとおさまっている。

 それどころか、もう離れたくないとばかりに俺の服をきゅっと握りしめていた。


 黒い前髪からわずかに覗く顔は、桜色に染まっている。

 どうやら俺の行動がきっかけで、完全に懐かれてしまったようだ。


 それまで俺とエンヴィーのやりとりを見守っていたオヤジであったが、『契り』の瞬間、忘我の極地に達する。

 ついには半狂乱になって叫んでいた。


「グリードよ、片親だった貴様を拾い、ここまで育ててやった恩を忘れたかぁ!

 貧乏神などという邪神を引き当てるだけでも親不孝だというのに……そのうえ契るとは、気まで狂ったようだな!

 もはや貴様など、我が子ではないっ!

 いいや、我が『ミリオンゴッド帝国』に存在することすら許さんっ!

 どこへなりとも行くがいい! そしてその穢らわしき神とともに、野をさまようがいい!

 この帝王と、ここにいる次期帝王への不義を、後悔しながら死んでいくのだっ!!」


 俺はこうして、16年間を過ごした帝国を追い出された。

 リュックサックひとつと、貧乏神とともに。

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