あとがき
もし、許されるものならば、一千年前の素朴な骨太の日本人と出会いたい。その出会いを考えると、愚生の胸は踊り、沸沸と血潮がたぎってくる。それがこの小説を書く動機であった。いつしか、愚生の胸の中で登場人物が勝手に育っており、その者たちが外界に飛び出してしまいそうな気配を感じて、慌てて原稿を書き下ろしたものがこれである。勿論、ここで描いたものはフィクションであり、実存するものではない。登場人物、地名は架空のものであるが、偶然にして同名のものがあった場合には、目くじらをたてずにご容赦いただきたい。
この小説の舞台を東北地方にしたのは、愚生の発祥の地が東北にあるからだった。父方の祖先が棲みついていたのが宮城県であったことから、東北地方は愚生の心の故郷であると思っていた。東北新幹線で仙台から盛岡に向かうとき、水沢を過ぎた辺りで、気になる場所がある。進行方向右側の風景を見るたびに、いつも胸に熱いものが込み上げてくる。そこは、丘陵地の狭間に田畑があるだけの何の変哲もないところなのだ。年老いたらここに棲みたい、理由も無く、そう思ってしまう地形をしている。車窓から見える景色の中を歩いたことは一度もないのに、なぜかその地が愚生には無性に懐かしく思えてならなかった。
また、東北地方を選んだ理由の一つに、自称宇多源氏の子孫である友人が、岩手県に住んでいたことにもあった。宇多源氏の子孫は、一関市郊外で老健施設を経営する医師であったが、病を患い帰らぬ人となってしまった。医師でありながら、古物商、農業経営、衣料品の卸業などの肩書きを持ち、実に面白い生き方を実践していた。その多趣味で博識な友人には、いろいろなことを教えて頂いた。あるときには、日本刀の切れ味についても、随分と議論したものだった。この小説が刊行されるとき、その友人には是非読んでほしいと思っていたが、彼は2001年<平成十三年>四月に冥界へと旅立ってしまった。
この小説は十年ほど前に執筆したものを編集しました。原文をそぎ落とし、なるべく過激な表現や場面を削除しましたが、それでも読みづらいところがあればご容赦いただきたい。今、当時執筆したこの続編を編集しているが、十年過ぎればそれはすでに昔のこと、大部分が忘却の彼方へと旅立ってしまい途方に暮れているが、薄れゆく記憶をたどりながら、完成させたいと思っている。
令和三年年二月吉日
風狂菴にて
紅夜叉《べにやしゃ》 菴 良介 <いおりりょうすけ> @sourinan
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