第36話  糸井継美(いといつむぎ)

観光バスの運転手をしながら今は中学生になる娘を育てて来た

家を空けることが多いこの仕事だから母に家を任せる事も多々

母にも娘にも家を空けてる時の事を想うと申し訳なさに思う事はあるが仕事だからと言い訳してた


ある時、母が倒れたと連絡を受けた

心配は有るが仕事中だったのを理由に娘に任せてしまった

小学生の娘に‥‥‥


心労だった…こんな世界では良くある話だったけど娘からしたらかなりのショックだったみたい


私だって娘の為にって…


そんな私にもバチが当たったのかしら、職業病ともいえる腰痛が悪化し休みの日には起き上がれない程の痛みを覚える日も在り退職を決意せざるを得なくなった



ネットと職業安定所に通いながら次の職を探して三か月たった頃のある日


《運転手募集》


を見つけ住所も近く運転手ならと、問い合わせした


そして今日は面接日

指定された場所には裕福であろう私目線だがとても大きな御宅だった


態度だけは気を付けようとか色々、諸々緊張が高まりながらインターホンを押す


案内された場所はリビングだろうか…うちのアパートが入りそうな場所で、案内してくれた方は優しい笑顔で『安心して』など言ってとても凄く良い香りのする紅茶を置いてった

たけど、こんな状況緊張するなと言う方が無理なんじゃないかな…


緊張…出されたお茶を飲んで良いのかすら分からず、喉が渇いてるのにも関わらず座り心地の良いソファーに背筋を伸ばして体を預ける事無く時間だけが過ぎていく


たった数分…だけど数時間…緊張しすぎて良くわからない感覚で変な汗が止まらない…とそんな時


ガチャリと扉が開いた


「おまたせ~」


…すっごい緩い声が聞こえたが、私は立ち上がり『今日は宜しくお願いします』と頭を下げる…が


「まずは座ってね!そんな緊張しなくてもいいのよ~」


そう緩い言葉に進められるがままに『失礼します』と腰掛け、改めて相手を見るが‥‥‥


すっっっっっごい可愛らしい人と男の子が居た‥‥‥‥‥


真っ白…

言葉が出ない…

訳が解らない…

今日私は此処へ何しに来たの…


「じゃぁお話聞かせてもらえるかなぁ」

‥‥‥‥‥

「ちょっと母さん。いきなりすぎない?もう少し緊張をほぐすとか無いの?」

はっ?


「えっと…あの…」

どのくらい意識を失ってた?


「こんにちは、まずはお茶をどうぞ。冷たくなってたら入れ直しますよ?」


薦められるままにカップを取り喉を潤すが、味すら解らず一気に飲み干してしまった…


「緊張は解れましたか?おかわりはもう少し待って居て下さいね。だからまずは落ち着いてください」


「えと…はい」


「落ち着かれるまで待ちますのでゆっくり深呼吸でもしましょうか?」


その言葉に今日、此処へ来た理由を思い出し、数回の深呼吸をし

「有難う御座います、もう大丈夫です」


「そうですか?じゃぁ母さん宜しく」


「はぃ!お仕事は至って簡単。冬夜君の運転手だよ」


「ざっくり過ぎるよ母さん」


運転手と言われても何をどうすれば良いのか…

この男の子…多分、冬夜君でしょう


「履歴書拝見しても?」


「あっはい!宜しくお願いします」

男の子に言われるまま書類を渡すが、なんだろう…すごく安心感がある…


「ふむ、観光バスですか?家を空けながら気を遣うお仕事だったんじゃないですか?」


…正にその通り!正論!

「えぇ、そうですね。ですが腰を悪くするまでは一生の仕事と思ってました」


娘と母と…家族を支えるのは私だと思ってた


「腰の方は大丈夫なんですか?」


「長時間でなけれは大丈夫だと思います」


「うん、糸井さん?で、良いんじゃないかな?母さんは?」


「冬夜君がいいなら」


「そっか、じゃ糸井さん!」


「はい!」


「採用とします。これで糸井さんも高柳家の仲間ですね」


見蕩れてしまいそうな笑顔でそう言われ

「はい!有難う御座います」

思わず立ち上がり思いっ切り頭を下げてしまいました。本当に有難う御座います。ですが…私は何をすれば?


「そーいえば母さん、車って何買ったの?」

「あっそーだね。咲夜と私で選んだ車が二台在ってね、だから両方買っちゃった」


‥‥二台?


「へ~そうなんだ、それってどんな車?」

「あっ…カタログ持ってくるね」


テテテ―


「この車、良いと思わない~」

「ねぇ母さんこれって…リムジンだよね‥‥‥‥‥」

「うん♪なんか防弾ガラスらしいよ~」

「…で?咲夜が選んだのは?」

「ん?色違いで白」


‥‥‥‥‥



「えっと?母さん?色違いで同じ車を二台買った?」

「うん♪」


‥‥‥


「…因みに金額聞いて良い?」

「ん~4000万だったかしら…」


‥‥‥


「はぁっ!?バカじゃねーの!何してんの!?そんな無駄使いしなくてもいいじゃん!!家が買えるわ!せめて車種変えろよ!?」


…二台で八千万

私はおかしくない!冬夜君?の主張は最もだと思う。色違いで4000万もする車を買う人が世間に居るとは思わなかった…


「そっっ!?ぅわぁぁ~そ、だ、ヒッ、じゃって…」


‥‥‥


「あっゴメンゴメン母さん少しびっくりしちゃってね」


よしよしと宥めながら抱きしめ頭をなで


「怒ってない?」

「うん。怒って無いよ、俺の事考えて選んでくれたんだよね。ありがとう」


‥‥‥


「うん。少し驚いただけだから…ごめんね母さん。大丈夫だから…」


‥‥‥


気が付けば緊張はとうに無くなってた


「車っていつ来るの?」

「ん~一か月くらい?」


‥‥‥


「糸井さんは?」

「ん~準備期間で…」


なんの準備?


「そっか…母さん、糸井さんの給金の話は?」

「あっそうね。ん~~月60でどうかしら?」


なっ!?


「具体的な糸井さんの仕事は?」

「冬夜君の送り迎え!」


‥‥‥


「なんならうちの会社に入れちゃった方が?」

「あーそっちの方がいいかもね。それなら100位かしら…」


私のこれまでの苦労は一体‥‥‥

母に、娘に苦労を掛けたこの十数年…

目の前で繰り広げる会話に付いて行けず、ただただ困惑するしかない


「糸井さん」


「…はい」


「糸井さん。riliKsはご存じで?」


「えっと…はい、良く行きます」


「それはいつもご利用有難うございます。それで、糸井さんには我が社の専属のドライバー契約を結びたいと思ってるのですが、どうでしょう?」


「えっと…その…急な…えっと‥‥‥」


「あぁ困惑は理解できますので安心してください。そうですね…ん~糸井さんを雇用するのに此方は問題無いのをまず理解してください。それから、えっとん~…そうだな…俺がriliKsの社長で、母さんが会長って言えば理解出来るかな?」


なんですと!?


「まず我が家で契約をします。業務内容は俺の送迎ですが。そして我が社と契約します。その業務内容もほぼ俺の送迎になると思います。つまり我が家と我が社からの手当てが発生するわけです。如何ですか?」


え?っと…

つまりはこの男の子の送迎をしてるだけで二か所からお金を貰える?

…何それ?良いの?


「困惑されてます?取り敢えず我が社となると俺の秘書の人と連絡取れるようにして貰わないとですけど、比較的時間は自由かと思いますよ?」


困惑どころか言ってる意味が解らないのですが?


「え…っとあの…やる事は変わらないのに二か所からのお手当が出る?と、ゆう事ですか?」


「そうです」


「え…っと…その…私には理解が出来なく…宜しいのでしょうか?」


「ええ問題無いですよ。家族の笑顔の為に頑張って下さい!」


「あっはい!宜しくお願いします」

未だ理解しきれていないけれど、取り敢えず頭を下げておく

「それで準備期間とゆうのは…?」


「ん~そうですね…まずは心と体のリフレッシュですかね。町外れにある彩の川病院はご存じで?」


「はい」


「では、その病院の平川彩先生を訪ねて下さい。そして腰の治療に専念して、あっ、なんならお母さんも一緒にどうぞ。平川先生にはこちらから話をしておきますので、そして体を治療しながら心の疲れも癒して下さい。そうですね…準備金を用意しますのでそれで車が届くまでゆっくり過ごすと良いです」


なっ…至れり尽くせりでとても有難い‥‥けど

「えっと…母もですか?」


「ええ、そうです。家族で笑顔を迎えるには必要な事かと思いますよ?あぁ家族で旅行に行くのも良いかもしれませんね」


「な…んで…」

気付けばわたしは泣いていました。今までの私は家族の為、家族と暮らす為だけに働いていた、苦労も掛けたし苦労もしたが、それが当たり前だと受け入れて…なのにこの人は…


「なんで?言ったでしょう高柳家の仲間だと…その家族も含めて、その笑顔を守る為に努力するのが俺の役割だと思ってるからですよ」


『安心して』この部屋に案内されて最初に言われた言葉…

そうゆう事ですか…この人に仕えれば…

「あり…がとう…御座います‥‥‥」

声を出して涙した何なんて何時以来だろう…でもとてもスッキリした気分。私が落ち着くまで静かに待って居てくれたお二人の表情はとても穏やかでとっても優しい笑顔でした‥‥‥






後日振り込まれた金額を見て腰を抜かしました、やはりあの御宅は少々可笑しい様です‥‥‥























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