第弐拾六話 争いは無くならないの?
世界は一旦の安定をみた。
だがそうなると、世界は一気に進み始める。世代が変わる毎に人々は成長し、新たな知識を得て、あたしたちの世界はどんどん発展し始めた。
懐かしい故郷の言葉は独自に変化し、与えてもいない文字を勝手に発明し、見たこともない器具や道具類を作り出した。彼らは新たな文明を築き始めたのだ。
人々は物質的に豊かにはなったが、穏やかだった世界は徐々に
あたしたちは泣く泣く天変地異を起こし、また、不運な事故や事件を起こして、火種になりそうな新たな発明や文化を幾度も破壊した。
人間というのは、やはり愚かなものなのだろうか。発展を望み、多くを手に入れ、同時に多くを手放しながら、進化を続けなければ気が済まぬものなのだろうか。同じヒト同士で争わねば生きていけないのだろうか。
それはもしや、愚かな人間であるあたしが生み出した子供達なのだから、仕方ないことなのであろうか。あたしはただ、貧しくとも人々が穏やかに幸せに暮らせる世界を創りたかったのに。
あたしたちはそれでも、この世界を愛した。どんどん増えていく愚かな
彼らを守るために、彼らを傷つけた。彼らの積み上げたものを打ち崩した。それはもちろん、自分自身を傷つけるより辛いことだった。
かつて、現実世界で通っていた女学校の授業で、基督教について学ぶ機会があった。あたしは「神が本当にいるのなら、世の中から災害や争いが絶えないのは何故なのか」と質問した。授業をしてくださった神父さまは、微笑んで答えた。
「神は人に試練を与え、それを乗り越えて人々が成長するのをお待ちなのです」
……たしか、そんな内容だったと思う。あたしは神の存在を信じなくなった。だって、本当にそんなことを考えて災害を起こしているのなら神は愚かで残酷だし、宗教が勝手にそんな解釈を付与しているだけなら、神なんていないということだ。
でも今になって、あたしは考えてしまう。もしかしたら、元いた世界を創った神は本当にいたのかもしれない。創造のペンを最初に手にした時、頭の中の声もそう言っていた。「この世界は7日をかけて創られた」と。
その神も、こんな気持ちだったのだろうか。
「ねえ、あなた。あたし、なんだかもう、疲れてしまった」
ある日、あたしは自分自身に呟いた。
愛する子供達が互いに傷つけあう様に、どれだけたくさん優しい物語を書いても争いが止まらない状況に、疲れてしまったのだ。
<そうだね。きっと彼らの中に、生きるために争うことが組み込まれているんだ。僕らと同様に>
あたしの中から彼の声が聞こえる。いや、正しくは「あたしたちの中」だ。二人は体をひとつにしているのだから。
「でもあたしたち、彼らを心の優れた人間にしようと、あんなに努力したじゃない。何度もなんども、物語を書いたわ。物語に書いた人物は、そしてその周りの人々は改心する。でも、別のところで、また新たな争いが起きる。きりがないのよ」
<では、諦めるのかい?>
彼の声が、笑いを含んでいる。その声が言外に言っている。<どうせキミは、諦めやしないんだろう?>と。
胸が、きゅうっと熱くなる。この人は、誰よりもあたしを理解してくれる。あたしを愛してくれる。あなたと一緒ならあたし、なんだってできる。
<ありがとう。ボクもそう思っているよ>
─── 口に出さない思いまでもみんな読まれてしまうのが、この体の欠点でもある。
<ところで、一つ提案があるんだけどな>
「提案?」
問い返した瞬間、彼の言う「提案」の全貌を理解した。こんな風に手っ取り早いのが、この体の良いところだ。
あたしたちは、この世界の人々から『悪』を消そうと決めた。
これまで散々努力しても無駄だったのに、どうやって?
発想を変えれば、答えは簡単。人を変えるのではなく、『悪』を食べてしまう存在を生み出せば良いのだ。
あたしたちは、早速ペンを執った……
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