第六章 繋ぐもの

第弐拾伍話 神として地に降り立つ

 あたしたちは手を取り合って、こちらの世界に飛び込んだ。


 こちらへ来てあたしたちが初めにしたことは、翼を生やすことだった。あたしの創った世界をあまねく見て回るために、長距離を素早く移動する必要があったからだ。

 この世界は小さな島の中央にある大きな𡸴山を中心に成り立っているから、自動車や自転車は意味がない。空間移動の知識があればそうしたのだが、生憎そのような知識は持ち合わせなかった。離れた場所に居る相手とも意思の疎通ができるマガリコという生き物を創造していたが、向こうの世界から渡ってきたあたしたちには、当然いない。連絡手段がない以上、いつもふたり一緒に行動するほかなかった。

 彼には鳥の翼に関する知識があり、あたしには翼に対する強い憧れがあった。自由に、どこへでも飛んでゆける翼。だから、うんと素敵な翼を生やした。


 ついでに見た目も変えた。この世界の人間に見つかった時のためだ。現地の人間たちと交わって暮らしていくつもりは、端から無かった。あたしたちはあくまでも、この世界の創世者として外から見守り、影で支えていく。だからあたしたちの姿は、通常は人々の目には見えない、という設定を作った。

 ただ、今後彼らの前に姿を表す必要に迫られるかもしれない。もしかしたら、あたし達の姿が見える者が現れるかもしれない。そのために………というのは、ただの建前。

 本当は、今ある物の形をどれだけ変えることができるか、その実験の意味合いが強かった。彼らを実験台にすることは、したくない。なので、自分たちを改造したのだ。

 翼を生やすことには成功した。では、髪の色は変えられるか? 瞳の色は? 体の形、大きさは? 何より、体の仕組みは?


 検討を繰り返した結果、背丈は人の2倍ほど、なるべく神々しい見た目を創ることに決めた。あまりに異形では人々に恐れられるばかりだろう。ほどよく人に似て、しかし決定的に違うものでなければならない。

 聖書には「神は自分の姿に似せて人を造られた」とあるけれど、こちらは「自分の姿を人から離して造り替えた」のだ。なんだか皮肉な話だ。


 向こうへ置いてきた現実世界とは違って、こちらの世界はまだあやふやで、不完全だ。だから現実世界では無理なことでも、こちらではいくらか柔軟に創ることができる。

 世界の修正作業の合間に、幾度もの改稿を経て、あたしたちはついに神の身体を獲得した。


 

 彼の豊富な知識を借りて、あたしが書く。時に暴走しがちなあたしの文章を、冷静な彼がその豊富な知識でもって巧みに修正する。


 この世界を救うため、神となったあたしたちはたくさんの物語を生み出した。

 多くのエピソードが上手く現実化したが、時には句点を打った途端に消えてしまう文章もあった。その度に細かく修正を加え、書き直した。

 一抱えも持ってきた紙は、すぐに底をついた。書き終えた紙の裏側も隈なく使った。こちらで調達した粗雑な紙も使い、それでも足りない時にはその辺の葉っぱにさえ書き付けた。

 余談ではあるが、驚くことにこちらの紙は非常に質が悪く、葉っぱの方が書きやすいほどであった。あえて文明レベルを低く抑えているのだから、もしかしたら驚くには値しないのかもしれないけれど。紙の質を上げるかどうか、その発明を許すかどうか、これは今後の検討課題である。

 それはさておき、書きつける素材が何であろうと、文章と署名さえ書き入れれば、それは現実になる。もちろん、それが破綻のない内容であれば、という条件付きだけれど。



 絶え間なく崩壊し続ける世界を立て直す過程で、あたしたちは一つに混じり合うことを選んだ。知識と筆力を融合させるため、文字通り、一つになったのだ。2つの人格を持つ一人の神。加速する世界の崩壊に対抗するには、そうするほかなかった。そして一方、それはとてつもない悦びでもあった。心と身体を求め合う必要もない。思考と感情のシンクロ。身体の共有。愛し合うあたしたちの、完全体。

 結果として、心身ともに満たされたあたしたちの創作スピードは格段に飛躍し、とりあえずの安定を得た物語世界は再び未来へと進み始めた。


 だがもちろん、それで一安心というわけにはいかなかった。



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