第7章 交差する世界
第27話 泉の国
泉のほとりで、エマトールとハスミュラは朝食を摂っていた。二人とも、神妙なようで興奮を滲ませた顔つきで、会話も少ない。メジロはハスミュラの耳の後ろの髪を細く三つ編みにして遊んでいる。
そして泉の水は、昨日よりもやはり少しだけ減っているようだ。
ざりざりと地面を踏みしめる音が聞こえ、二人は急いで泉を覗き込んだ。同時に、泉の中から息を弾ませた徹と由良がこちらを覗いていた。好奇心に目が輝いている。
挨拶もそこそこに、ハスミュラは手にしていた布を泉の上にかざした。それは数行の刺繍が浮き出した麻の布だった。
「由良の言ったとおり、刺繍で文字が書いてあった。一見すると、生成りの無地に生成りの糸。染料が褪色しやすいように、わざと仕上げをしないままにしてあったの。染め直してみたら、布と糸で材質が違うから微妙に染まり具合が違う。それで刺繍の文字が浮き出てきた」
昨日の昼に洞窟を再訪したハスミュラは、洞窟の入り口付近で大量の布に囲まれて座っているエマトールに出迎えられたのだった。由良の推測を聞き、エマトールと共に布を調べると、たしかに無地の布には刺繍があった。明るいところで見ればところどころにうっすらと糸の色が見え、爪で引っ掻けば、複雑な形の縫取りがあるのがわかった。
話を引き取ったのはエマトールだ。
「大半は、シキミの儀式について書かれてた。死者を知った後どうするか、見送りの仕方とか、そんなの。でも、訳のわからない文章も……」
「裏と表、陽と陰。我ら禁秘を取り替え互いに其れを秘匿す」
ハスミュラが麻布を水面にかざしながら文章を読み上げた。徹は短いその文章を頭に染み込ませる。由良は携帯のメモ機能を使ってそれを書き留めた。
「……次の文ね。『火焔の如きハナサキ淵に沈みし時 時の泉は枯れ果つる』。ねえ、ハナサキって何かしら?」
「ハナサキ……花咲き? 炎みたいな色の花かな」「淵に沈むってことは、水辺の花かなぁ」「時の泉の水が減っていることに関係ありそう」「でも、この泉に花は咲いてない」
泉のこちらと向こうで話し合うが、わからない。4人は互いに顔を見合わせた。ちんぷんかんぷん、と顔に書いてある。そしてメジロはハスミュラの髪にぶら下がって遊んでいるばかりだ。
「オババに聞いてみよう」
「おばあちゃんに聞いてみよう」
ハスミュラと由良が同時に言った。困った時の年寄り頼みだ。
早朝に出てきたので、オババに相談する時間はなかったのだ。ハスミュラはメジロに通信を頼む。
由良は洞穴の出口まで行って、携帯を取り出した。
女子二人が通信中なので、エマトールと徹は手持ち無沙汰だった。続きが気になって雑談をする気にもなれず、互いに笛とオカリナで拙い合奏などしているうちに、由良が戻ってきた。
「ハナサキ・淵に沈むって聞いたら『ハンザキ』じゃないか、って。ハンザキっていうのはオオサンショウウオの別名で、ハナサキって呼ぶ人もいるんだって」
「オオサンショウウオって何?」
「手足の生えたナマズみたいな、変てこな生き物だよ。太古から形を変えずに生きていて、『生きた化石』とも言われるらしい」
説明を聞き、三人は「生きた化石」という言葉に一瞬色めき立った。が、続く徹の言葉に肩を落とす。
「でもそれだと、『火焔の如き』の意味がわからない。だってオオサンショウウオって、泥とか砂利みたいな色で、ぬるぬるした感じだもん」
火焔、花、淵、ナマズみたいな生き物 …… エマトールとハスミュラが繰り返し呟くのをよそに、泉の中では何やら盛り上がっている。
「私、家に帰って調べてみる。お母さんのパソコン借りて。あとね、おばあちゃんが言うには、オオサンショウウオなら四国や九州あたりに生息してるから、徹ちゃんのおじいちゃんが詳しいんじゃないかって」
徹は驚いて由良を見つめた。たしかに、おじいちゃんは西の出身だと聞いたことがある。でも、おじいちゃんは……
「行ってみよう」
徹は、ボケてしまって施設に入所しているおじいちゃんの見舞いに行くことを決めた。そうと決めたら善は急げ、もうバスは動いている時間だ。今から行けば、5時までにはここに戻れるかもしれない。
「待って」
今にも飛び出して行きそうな二人に、エマトールが声をかける。
「協力してくれるのは嬉しいんだけど、 僕、君たちに迷惑かけてないかな」
「え。だって……友達じゃん。別に迷惑なんて思わないし」
「ね。最初はシキミの日記探しだったけど、なんか急に謎とか出てきたし。秘密を交換してお互いに隠したとか面白いじゃん。宝探しみたいでワクワクする」
「待って」
今度はハスミュラが声をあげた。目を見開き硬い表情で、泉を覗き込む。
「そうよ。『我ら禁秘を取り替え互いに其れを秘匿す』。それって、お互いに秘密を持ちあってるってことでしょう? あなたたちの世界のどこかに、まだ秘密が隠されてる? ……それって、私たちがこうして話せてることと、関係あるんじゃないかしら」
「裏と表、陽と陰……」
「泉と、水を張った鏡……?」
「刺繍された布……」
「「布だ!」」
泉の中で、徹と由良が顔を見合わせ叫んだ。同時に姿を消したかと思うと、すぐに戻って来る。泉の端っこに、二人がかりで布を調べているのが見えた。
「これ、この鏡を包んであった布なんだ。ただのボロ切れだと思ってた。捨てなくてよかった……」
ハスミュラは水面ギリギリまで顔を近づけ、布をよく見て言った。
「それ、木綿かしら。今から布の染め方を教えるから、試してみてくれない?」
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