第5話 マガリコの死



 13歳の誕生日は特別なので、その祝いは一週間続く。

 それは、普段は村の外へ働きに行っている大人たちがなるべく都合をつけて村へ戻り、我が子や村の若者の成長を喜び合うという、貴重な機会でもあった。他に大人たちが長く村に留まる機会といえば、結婚式か葬式ぐらいのものだ。

 ただ、今年は近い時期に二人続けて祝いがあり、村人たちはいっそう喜んでいた。



 異変は、そんな賑やかな一週間の最後の日に起きた。


 夕食を終えた頃、エマトールがその両親とともにオババの家を訪れた。


「ヒタキの具合が悪いんだ。おとついの晩ぐらいから元気が無くなって、どんどん悪くなってく……」


 エマトールの両手の上、マガリコの殻のベッドの中でヒタキがぐったりと目を閉じていた。オババはじっとそれを覗き込み、指先でそっと撫でて具合を見ている。


「体毛が色褪せているね。食事は摂れるか? マガリコの蜜は?」

「あまり食べない。痛みがあるわけじゃなく、どうにも体が動かないって言うんだ。蜜もヒタキのを飲ませたけど、治らなくて」


 自らが育った実の中身を食べ尽くすと、マガリコはその花の蜜を飲んで育つ。次第に人の食べ物も食べられるようになるが、やはりマガリの花の蜜は大好物。そして自分のマガリの花の蜜に至っては、薬にも匹敵する。


「ヒタキの蜜さえも効かぬか……」

「オババ、ヒタキは死んだりしないよね? マガリコは人よりずっと長生きなんだし」


 後ろで沈痛な面持ちの両親が目を見交わしているが、必死なエマートルは気づいていない。オババの膝に縋りつき、ヒタキをなんとかしてくれと目で訴えている。


 オババはぐったりしたヒタキと心配そうなエマトールを労わるように言った。

「ヒタキを家に連れて帰っておやり、エマトール。仕事は休んでいいから、ずっと側についていなさい。オババはここで祈ろう」


 チエルカが窓から入ってきて、気遣わしげに、様々な色のマガリの花をエマトールの手に押し付けた。他のマガリの花の蜜は、自分の花の蜜ほどには効かない。だがエマトールは、チエルカの気遣いをありがたく受け取った。


 項垂れて帰って行くエマトールたちを見送り、オババは窓のそばへと戻った。首を伸ばして外を見ると、先ほどチエルカが言ったとおりだった。

 ヒタキが還したマガリの木。咲いていた瑠璃色の花は全て萎れて地に落ち、その木は大樹と融合しきれずに枯れかけていた。



 その日の真夜中。


 エマトールの身を搾るような悲痛の叫びを聞くまでもなく、村人全員がヒタキの死を知っていた。彼らのマガリコがそれを伝えた。


 どの家もしんと打ち沈み、物音ひとつ立てなかった。相棒に先立たれる悲しみは、想像すらできない。何故なら、誰にもそんな経験はなかったから。

 彼らは一様にヒタキの死を悼み、エマトールの心痛を慮り、また前例のない事態に不安を覚えていた。村人たちは悲しみと労わりと不吉な予感で繋がりあい、亡くなったヒタキを悼みながら不安な眠りについたのだった。


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