第2話

 僕の高校の卒業式は、いよいよ阿鼻叫喚の様相を呈しだす。

 泣き喚く者、ふさぎ込む者、抗議の声を上げる者、つまみ出される者。中には準ではない証書を手にした生徒からそれを奪い取ろうとする者まで現れる始末。


 そしてついに、僕の番がやってきた。

 これまで証書を受け取った生徒たちの様子から察するに、問題ない証書を受け取れる確率は二分の一ではないらしい。十人に一人かそれ以下だ。なにか条件のようなものがあるような気がしないでもないが、パイプ椅子に行儀よく座っていなければならない状況では検証のしようもない。考えるだけ無駄というものだろう。

 そもそも最初から僕には、準か準でないかなんてどうでも良いことなのだ。ただ一応のけじめとして、作法は守っておく。

 奥側の校長から受け取って、一歩下がると恭しく礼をする。証書がどちらなのか気にならないわけではないけれど、紙面に視線は移さず左手に折りたたみ、何の問題もないという顔で堂々と壇上から降りてやった。





 学校の屋上へ続く扉というものは、施錠されていて然るべきものだ。かといって通り抜ける方法がまったく無いわけではない。叱責とか弁償とか罪状とか、そういう事後のことさえ考えなくていいなら割と容易く向こう側へと入れてしまう。

 ただやっぱり、手荒な手段というのはあまり格好の良いものではないなと思う。

 屋上はとてもいい天気だ。

 風のせいか、さっきまで居た地上より少し肌寒い。

 早速、緑色のフェンスをよじ登って越えると、一段高くなっている校舎の縁に立った。

 もっと絶景かと思っていたけれど意外とそうでもない。低い屋根が連なってる部分なら向こうまで見渡せるのだが、少しばかり大きなマンションなんかが建っていると横面に阻まれて景色は終わってしまう。


「さてと」


 ようやく僕は手にした証書を開いた。

 準卒業証書とはっきり書かれている。


「まあ、そんなもんだろ」


 期待をしていなかったと言えば嘘になるかもしれない。これがいっぱしの卒業証書だったら、あるいは今日の予定を少し先延ばしにするのも有りかもしれないと、うっすらとは考えていたのだ。


 だからなんの躊躇もなく、僕は踏み出した――



               ▽▽▽



「卒業証書、授与。校長先生、お願いいたします」


 地面に叩きつけられたはずの僕は、気づけば卒業式の中に居た。

 思わず顔や体をあちこち触る。血は出てないし、痛みもないし、形におかしな部分もない。屋上で感じていた寒気だけが残っているような気はする。

 夢でも見ていたにしては、記憶も感覚もあまりに鮮明すぎた。


「タイムリープ……?」


 小説や漫画で聞いたような単語をボソリと呟いた。

 すぐさま僕の予想をなぞるように、ステージ上に二人の校長が現れる。

 僕の全身に鳥肌が立っていく。

 正体不明の吐き気を催したが、どうにか飲み込んで状況把握に努めた。


 やはりアイカワ君が準卒業証書に気づき、そこから体育館内が騒然となっていく。何もかもが前回と一緒だ。

 周りの皆とは違う不安を抱えたまま様子を窺っていると、あっという間に僕の番になってしまった。

 仕方なくステージに上り、二人の校長の前に立つ。

 なぜこんな事になったのか理解が追いつかないままだったが、僕にはひとつだけ前向きな思いつきがあった。――前回とは反対の証書を選ぶ。

 僕はステージ手前側の校長の前に進み出た。

 それで飛び降りをやめるつもりはなかったけれど、せっかく時間が巻き戻ったのだから貰えるものは貰っておこうという腹づもりだ。

 自席に戻ってから、証書を開いて確認する。


「はあっ!?」


 書かれていたのは『準卒業証書』であった。

 ということは、僕のはどちらも準だったということなのだろうか。あるいはどこかで何か変化があって、証書の中身が入れ替わってしまったとか?

 なんともスッキリしない結果に腹を立てながら、式の後で僕は屋上へと向かった。


 やはり壊したはずの扉が元通りになっている。タイムリープというのが正確なのかはわからないが、少なくとも僕は記憶を持ったまま過去に戻っているようだ。

 腹立ち紛れに扉を壊し、フェンスをよじ登り、校舎の縁に立つ。

 これでリープしなかったらどうしようなんてことは考えていなかった。絶対に両方の証書を確認してやる。

 半ば意地になりながら、僕はまた校舎の縁からダイブした。



               ▽▽▽



「卒業証書、授与。校長先生、お願いいたします」


 戻った。

 そして狂騒が繰り返された。

 僕の名が呼ばれると、自分でも驚くぐらい大きな声で「ハイッ!」と返事をして、肩をいからせながらズンズンと二人の校長の前に歩み出る。

 一度に二枚ともひったくってやる。そう目論んでいた。

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