課長の話

 次の日。

 東京本社に出勤した私は、さっそく課長に呼び出される。廊下を行き交う社員達に「幽霊騒動大変だったね」とか「幽霊って実際どうだった?」といろいろな人から声を掛けられる。こんなに人から注目されるのも珍しいなと思いつつ、適当に話しを区切りながら会議室へ辿り着いた。


「失礼します!」

「お! A君きたきた!」


 そこにはうちの部署の女性課長である。

 パソコンをイジりつつ向かい側に座るよう指示される。


「お盆の間お疲れ様! どうだった皆の様子は?」

「それが……例の幽霊騒動の件で……」

「まあ、そうだよねー。実際現場にいたら怖いよねコレ」


 と言いながら、パソコンを操作する課長。

 しばらく操作して少しニヤ付きながら課長が問いかけてくる。


「あのさ、さっそくだけど防犯カメラの件だけど見てみる?」


 もっとも気になっていたことなので、私は即頷いた。課長はデータファイルを開き動画を再生出来る準備をする。


「心して観てね」


 意味深なことを言いながらこちらに動画を見せる。

 ファイル名的に私が稼働した8月13日の昼頃の時間帯。そう、私が初めてあの黒い服の男を見た時の映像になる。

 サムネイルは、入口の上からバックヤードにかけての直線を撮影しているまさに真実を知るには相応しいアングルの映像の予感。

 私は緊張しつつ再生する為にエンターキーを押させてもらう。



ーー



 意外と鮮明に映る防犯カメラは入口からバックヤードまで視点がブレること無く映し出されている。お客さん等が視界から消えた所に例の服にズボンと本当に全身黒一色のショートヘアーの黒髪男の後ろ姿が映る。


「コイツだ」


 私の記憶が呼び起きされる。

 そうだ、この映像視点からでは顔は見えないが、無表情で色白の肌の男だったはず。

 映像は流れ、男はやたら早歩きでしっかりと歩き足が消えていたり色が薄いなどはない。しっかりとそこに実在する人間のように思えた。


「え……これって幽霊じゃなくて、本物の――」


 と、言いかけたその時だった。


「ッ!?」


 映像の男はバックヤードに入り、そのまま非常口へ当たった……のだが、

 CG映像でも観ているのかと言葉を失っていると、当時の私が走ってバックヤードに入って行くのが映る。

 男がドアに吸い込まれて消えたなんてことも知らずキョロキョロと探し回っている自分がそこにいる。

 ここで映像は終わりだ。



ーー



 そしてBさんの時、Cさんの時、E君の時と映像を観せてもらい、全て黒い男がドアへ吸収される結果だった。

 ただ、最後のBさんとCさんが体験した凄まじい衝撃音は映像の音声にも残っており、非常口から凄まじい音が響いた。

 しかし、ドアは動いている様子はなく音の原因は不明のままだ。


「……課長、失礼ですが編集しました?」

「残念ながら、人が消える編集は出来ないよ」

「と……言う事はつまり……」

「この黒い男は人ならざるものってことだよね」


 課長は怯えた様子もなく、寧ろ溜め息を漏らしながら動画を閉じた。


「それじゃあ上司としての指示だけど、この件に関してこの男は不審者ではなくほぼ幽霊ということで処理します。なので警察への連絡はしません」

「……まあ警察も管轄外でしょうからね」

「そう、大きな音ぐらいで実害をこうむっていないからね」


 確かに怖くて不気味なだけでこの男から攻撃を受けて怪我した訳ではない。


「その流れでおはらいをしますかってことになるけど、それも費用がかかるのでやりません。現状維持でお願いします」

「……はい」


 そうなるよね。

 っと私は声に出さないが心の中で溜め息を漏らす。M市店の皆にどう説明しようかなと頭を掻いていると、課長は笑顔で何か液体の入った携帯用の霧吹きを机に1つ置かれた。


「何もないのは可哀想だからこれを上げるよ」

「何ですかこれ? 消臭剤?」

「塩スプレー」


 聞き慣れない言葉に私は黙っていると、課長が続けた。


「私これ結構使ってるんだけど便利だよ! ヤバそうな場所を突っ切る時とかも、これやるとだいぶ違うし」

「え? ヤバい所ってどういうことですか? というかこの霧吹きに清めの効果があるって?」

「うん、ついでに雑菌効果もあるから日常生活にも使える! 楽◯で千円で売ってるよ!」

「安い……というか、わざわざこれを買ってきてくれたんですか?」

「いや、私買いだめしてるんだよね」


 ますます理由が分からなくなってくるが課長は答えを言ってくれる。


「私、霊感あるって話した事あるっけ?」

「……え? そうだったんですか?」


 突然のカミングアウトに、私は間抜けな声を上げてしまう。


「そう! 特に場所のオーラが凄く見えるんだよね。私の近所の道にもヤバい道があってさ、そこをどうしても通る通る時に塩スプレー使うんだよ!」


 信じる信じないの話では、もう自分が幽霊を見た以上何でもオカルト話は信じてしまう。何かこの千円の塩スプレーがあれば解決しそうな気がしてきた。

 だが、課長の話はまだまだ続く。


「たぶんM市店の従業員の人達皆怖がってると思うから、まあとりあえずこの黒服男の正体とかを考察しておこうか」

「そうか! 課長の霊感でわかるんですね!」

「いや、これは霊感能力とかじゃなくて、今までの経験足。恐らくこうじゃないかなって感じ」


 実際この幽霊に聞かなければわからないという事らしいが、今回ちょっと違うかもしれないとのこと。


「この黒服男さ。何処となくM市店の隣のK市店の店長に似てない? ほら、あのイケメンで色白の。Aさんとも仲良いじゃん」

「え?」


 課長は突拍子のない事を言ってきたが、その理由を聞いた私はちょっと納得した所もあった。

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