第80話 涙の想い
「私はトゥーイが潜伏していた町に暮らす宿の者です。私の宿にはトゥーイというエルフの方が泊まっていたのですが、そこで私は見たのです。トゥーイさんが謎の黒装束の者と話しているのを。その内容はダークエルフの子供を拉致し、臓器を売るという話でした。それ以降、怖くなった私はできる限りトゥーイさんには関わらないようにしていたのですが……まさか本当だったなんて……」
「エルフ側、質問があれば許可します」
「では質問しますが、トゥーイが泊まった宿の名前とその町がどこであるかを教えてもらえるじゃろうか?」
「はい、ソーウという町のハッピャクという宿でございます」
「ありがとうございます。質問は以上です」
かなりヤバイ証言にも関わらず、エルフの長老の反対尋問は短かった。
しかしその意図はわかる。
俺は思わず隣に座るシロマと目を合わせると、シロマは首を横に振った。
それが何を意味するかというと、今の証言が完全に嘘であるということである。
なぜならトゥーイの足跡はシロマから聞いていたし、そんな名前の町にトゥーイはいない。
もしかしたらその移動経路上にあるかもしれないと思ってシロマを見たのだが、首を横に振ったということは、その経路上にもそんな町はないということだろう。
当然トゥーイの移動経路は両親も知っているのだからエルフの長老も知っているはずなので、今の質問というわけだ。
なるほど、短かったけどいい質問だったな。
勉強になる。
「他に証人がいれば前へ」
裁判長がそう言うも、シュン・ブンは首を横に振る。
「証言者は以上になります、裁判長」
これでダークエルフ側の証人による証言が終わった訳であるが、エルフ側は大丈夫だろうか?
流石に相手には証人がいて、エルフ側にいないとなると厳しいぞ。
と思っていると、早速裁判長が確認する。
「よろしい。ではエルフ側に同じように証人となる者がいれば前へ」
裁判長がそう告げると、エルフ族の長老はなぜか俺達の方へ目を向けた。
ーーそして
「はい、ではそちらに座られる裁判員のイーゼ殿。よろしいでしょうか?」
え? イーゼ?
突然の事に動揺する俺。
ちょっと意味がわからない。
なぜイーゼなんだ?
と疑問に思うも、イーゼは立ち上がり、そのまま証言台へと立つ。
「わたくしは裁判員ですが、よろしいでしょうか裁判長?」
「許可する」
許可されちゃったよ。
裁判員が証人って……え? ありなの?
よくわからんが、イーゼにはちゃんと考えがあるはずだ。
「ではイーゼ殿。そなたが知った状況の全てを話して貰えるじゃろうか?」
「わかりましたわ。では話します」
それはまるで事前に交わしていたかのようなスムーズなやり取り。
もしかして、あの時に手紙か何かで連絡をとっていたのか?
仲間達が集まる前に、イーゼは近くの町へと向かっていた。
その時に、これらの状況を先読みして行動している可能性もある。
でもなるほど、これはなかなか良い方法だ。
エルフ側というよりは、中立的な立場としての証言。
確かにそれなら凄く信憑性は高くなる気がする。
裁判長にも、エルフ側にも、そしてダークエルフ側にとってもだ。
流石はイーゼ。
と無理矢理納得しながらも、イーゼの証言に耳を傾ける。
その証言は俺達が中立という立場で、エルフとダークエルフの国で情報を集めていた事や、仲間達それぞれが持ち寄った情報を集約した内容だった。
しかし結果として、それらはさっきシュン・ブンが言った事の否定がほとんどであり、かつ、人族が手引きしていると思わせる内容であったため、その都度、ブン・シュンが異議を唱えるもそれらは全て却下される。
裁判長が冷静かつ公正でありがたい。
いちいち余計なチャチャが入っては、話が進まないからな。
「異議あり! 裁判長! で、でたらめです! この者はエルフであるため、エルフ族と口裏を合わせた可能性がございます!」
最後の最期まで焦った様子でそう口にするシュン・ブン。
それもそのはず。
イーゼの証言を聞いたことにより、エルフ側はもとより、ダークエルフ側からも不審な眼差しを送られているからだ。
しかしこの焦り様だと、やっぱりこいつ……黒っぽいな。
と思っていると、裁判長が声を張り上げた。
「関係のない発言は許可しておらぬ! 控えよ!!」
その言葉に悔しそうにしながらも口を閉ざす、シュン・ブン。
流石に異議の範疇を越えた発言はこうやって注意される。
まぁ退場でないだけありがたいだろう。
俺ならもうあいつは退場させてるわ。
いや黒幕かもしれないし、逃げられるとやっかいだからそれはしないか。
すると、今度はイーゼが裁判長に発言の許可を求めた。
「裁判長、よろしいでしょうか?」
「許可する」
「実はここに、証拠物件がございます。トゥーイが両親宛に書いた親書と、何者かによる密書にございます」
「ふむ、ではこちらにそれを」
そう言われて、イーゼは二つの手紙を裁判長に提出すると……
「キノコタケノコ……スーギノコ!!
突然裁判長が謎の呪文を唱え始めると、二つの手紙が蒼く光り輝いた。
そしてその手紙をイーゼに返し……
「ふむ、これは正当な物であると判明したため、本調停において証拠品としての証拠能力を認める」
え? どゆこと?
あの訳のわからない呪文と光は一体……
「あの、今のなんですか?」
思わず口から疑問が出てしまう俺。
すると裁判長は答えた。
「ワシは証言の真偽はわからぬが、物に関しては別である。それが真正なものかどうかを判断できる魔法を使うことができるのじゃ。」
「それって、裁判じゃかなりのチートのような……てことは今のが?」
「然り。今回で言えば、手紙の内容が少なくとも書き手にとって真実を書いたものであるかどうかがわかる。つまり、書き手が故意に嘘を書いた物や偽造文書等かどうか見破れるだけであるな。故に、それが証明されるべき真実であるかはわからぬ」
すっげ、それめっちゃスゲェ魔法じゃん。
だからこんな変な奴だけど裁判長という訳か、納得だわ。
と感心していると、
「だが未だにキノコタケノコ戦争は終わらぬのじゃが……おのれ、タケノコ派め……」
と謎の言葉を呟くがよくわからないから聞かなかったことにしよう。
てなわけで、遂に謎のベールに包まれた手紙の内容が明らかとなる。
「それでは親書の方から開封します」
※ ※ ※
拝啓、お父様、お母様。
元気にお過ごしでしょうか?
私は現在、ダークエルフの町【アブラハム】というところで貿易業をしております。
突然いなくなって心配させてしまい、本当にごめんなさい。
まず初めに私がここにいる理由をお伝えします。
エルフの国にいたチョウ・シンという方はご存じでしょうか?
あの方に誘われて、現在私はエルフの使者としてダークエルフの国に訪れています。
なぜ私が誘われるがまま、ここにいるのか疑問かと思いますが、それは長年にわたるエルフとダークエルフの諍い(いさかい)や確執を少しでも和らげるため、私が必要とチョウが言ったからであります。
私にとってエルフ族の一員としてそのような大役を任せてもらえることは、とても誉れに感じますし、当然それはお父様とお母様にも報告したいとは思っていました。
しかし私がそれを報告もせず、実際にそうすると決断したのには訳があります。
それは間違いなく止められると思ったからです。
お母様の体の事、隠していても気づいていました。
そしてそれを治すためには莫大な金銭が必要な事も知っています。
その費用について、チョウ・シンが負担してくれると言ったため、私はこの大役を引き受けることを決断したのです。
それがお父様やお母様に知られれば、反対したでしょ?
だから言えなかったの。ごめんなさい。
でもあれから大分月日も経っているし、今頃はお母様の調子も良くなっているだろうと思い、この手紙を書きました。
色々心配していると思うけど、ここでの生活はそれほど悪くもありませんし、それにエルフとダークエルフがよりよい関係を築けるようになるのであれば、私としても嬉しく思ってます。
一応期間は10年らしいので、それほど待たない内にエルフの国に戻る予定です。
その時は、どうかお母様もお父様も元気な姿を見せて下さい。
そしてエルフとダークエルフの関係も良くなっている事を願います。
それでは、どうかこれからも体に気を付けて過ごして下さいね。
もし可能ならば、チョウシンから薬を貰えたかだけ教えてもらえると嬉しいです。
手紙、待ってます。
トゥーイ
※ ※ ※
その手紙をイーゼが読み終えると、エルフ側から嗚咽混じりの鳴き声が聞こえてくる。
トゥーイの両親だ。
その手紙の内容は心温かい内容であり、どれだけトゥーイが両親に愛されてきたのかも、両親が愛してきたのかも伝わる内容だった。
にもかかわらず、トゥーイは無残な姿となって両親の下へ……
それがどれだけ残酷な事か、想像するだけで胸が苦しくなってくる。
せめてトゥーイの名誉を晴らしたい、そして真実が知りたいという気持ちも痛い程わかる。
当然、この状況を目にした俺は、両目から涙が滝のように溢れていた。
やはりトゥーイはダークエルフの子を惨殺なんかしていない。
今はっきりと俺は確信した。
真犯人だけは絶対暴いて見せるぞ。
俺がそう決意を新たにしているも、イーゼは平然と……いや、手が震えている。
イーゼもかなり強い怒りを感じているようだ。
だがそれでも毅然とした面持ちで、裁判長に言った。
「今の内容の真偽について、トゥーイの両親に確認してもよろしいでしょうか?」
「許可する。ではトゥーイの両親は前へ」
イーゼの進言が許可された事によって、未だ消えぬ深い悲しみを胸にしまい、トゥーイの両親は証言台の前に立った。
その姿を見るだけで、胸が苦しい。
そして父親は声を張り上げて証言する。
「まずはこの手紙を届けて下さった人族の方に深い感謝を。そして私から伝えられることは一つだけです。手紙にあったチョウ・シンという者から私達は何も聞かされていなければ、薬も貰っておりません。妻の病気については、そちらにおられるシロマ様のお蔭で治りましたが、チョウ・シンではありません。チョウ・シン!! 答えて下さい! いや、答えろ!!」
父親は傍聴席にいたチョウシンを睨みつけながら、激しい怒りをもってそう叫んだ。
すると裁判長はそれに頷き、
「許可する。チョウ・シン。前へ」
と命令すると、父親と入れ替わるようにして、チョウ・シンが証言台に立つ。
一体こいつは何を弁明するのだろうか?
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