第71話 検死

 俺は再び開いた扉の前に行くと、中で充満していた煙は外に出ていて、小屋の中が見えた。



 そしてそこで信じられないものを目にする。 



「嘘……だろ? まさかあいつが?」



 そう。俺がそこで目にしたのは、小屋の中央に倒れているエルフだ。


 生きているか死んでいるかはまだわからない。


 しかしながら、そのエルフが倒れている場所はさっき俺が殴ろうとした者がいた場所。


 あれからそんなに時間が経っていないことからも、そいつがさっき見た者に間違いないだろう。



(サクセス……)


「わかってる。どうすればいい?」



 直ぐに小屋に入って確かめたいが、それはさっき自分で反省したばかりだ。


 まだ罠の可能性もあるし、直ぐに小屋に入ることはしない。


 と言っても、どうすればいいかわからなくてトンズラに聞いているのだけど。



(とりあえず俺に反応はない。つまり、戦闘は今のところなさそうだ。入ったらわからんけど)



 トンズラに反応がないというのは、ステボに反応がないということ。


 つまり今の段階ではどっちかわからないということだ。


 であれば今できることは一つしかない。


 俺は扉をゆっくり閉めると、小屋に設置された二箇所の窓から中の様子を探ることにした。



「あのエルフ以外、変わったところはないな」


(んだべな)



 中を確認するも、やはり変わっていることもなければ、他に人がいる様子もない。


 そして倒れている者の髪色が緑で長耳色白の容姿から、その者がエルフであることに間違いはなさそうだった。



「仕方ない。入ってみるしかないよな」


(んだべ。一応口と鼻は布で覆っておくっぺよ)



 俺はその助言に従い、持っていた布で口と鼻を押さえながら中へと入る。



「……想像以上に腐敗臭がやばいな。毒以前に……」



 小屋に入った際、毒みたいな罠が発動している様子はないものの、リアルなきつい臭いに思わずまた吐きそうになった。


 そういう意味でも、布を当てていたのは正解である。


 とりあえずまずは倒れているエルフを確認するも、やはり息はない。


 どうやら死んでいるようだが、不自然過ぎる。


 俺に見つかって死ぬのならば、わざわざ煙玉みたいなものを使う理由はない。


 それとも知らずに使ってみたら、有毒だったため自分にもダメージがあって亡くなってしまったのか?


 いや、それもおかしい。


 そんな即効性の高い毒煙なら吸ってしまった俺にも影響があるはずだし、俺は毒にすらなっていないのだ。


 わからない。


 どうしてこうなっている?


 わかることがあるとすれば、見た感じこのエルフに外傷がないという事と、既に死んでいる事、この二つだけだ。


 とりあえずわからないことを今ここで考えても無駄だと判断した俺は、まずは吊るされた子供達のロープを切って床へと降ろし始める。



 そして遺体全てを降ろしきったところで……



(サクセス! 出たぜ!)


「出たって何が?」


(クエスト完了だとよ、自分でも見るか?)



 そう言われてステボを確認すると、なぜかこの状況でクエスト達成と表示されている。


 やはり今回のクエスト目標は行方不明者の発見であり、全員を床に下ろしたところで確認が済んだと判断されたらしい。


 どうやって街まで運べばいいか頭を悩ませていたため、運ぶ必要がないのは非常に助かる。



(戻るか?)


「そうだな……いや、最後にもう少しこのエルフを確認したい」


(大丈夫なのか? 苦手だろ?)



 トンズラが心配しているのは、俺が死体を見るのが苦手だということだ。


 今までの俺を見ているからか、こいつは本当に俺の事を知っている。



「ありがとう。でも確認したいことがあるんだ。これが本当にリアルを忠実に再現しているなら……」



 そう口にした俺は、口と鼻を押さえていた布を外す。


 その瞬間、今まで以上に強い腐敗臭を感じ、思わず「おえっ」とえずいてしまうが、それでも我慢して倒れているエルフの臭いを嗅いでみた。



「やっぱり……」



 エルフの体から放たれる臭い。


 それはこの部屋に充満している腐敗臭と同じだ。


 もちろん鼻が馬鹿になっている可能性も否定できないし、周囲の腐敗臭の方が断然強いが、微かながらこのエルフからも同じ臭いを感じる。


 そして更に俺はエルフの服を脱がして所持品等も確認した。


 服を脱がす際に、関節が結構硬くなってて脱がしづらかったので、仕方なしに持っていた剣で切り裂く。


 そうやってなんとか裸にしてみたものの、おかしなことに、このエルフは何も持っていなかった。


 それどころか、身に付けているのは今切った布の服だけ。


 もしもこいつが猟奇的殺人犯であれば、ナイフの一つでも持っていてもおかしくないし、そもそも布の服以外持っていないというのはおかしい。



(サクセス、ひっくり返せるか?)



 するとなぜかトンズラがそんな事を俺に伝えてきた。


 その意味はわからないけど、俺は言われた通り、そのエルフを仰向けからうつ伏せにすると……



(サクセス。背中の色が変わってるだろ? それは死斑といって、時間が経過した死体に浮かび上がるものだっぺよ)



 なるほど。これをトンズラは確認したかったわけか。


 やはり俺とは違う時代に長年戦ってきた勇者なだけはある。


 でもこれで確信した。



 こいつは犯人じゃない!



 ……とまでは言えないけど、少なくとも俺がこの小屋に入った時にいた奴とは別人だ。



「戻ろう」



 俺はそれだけ言うと、ステボに表示された【帰還】の文字をクリックする。



「……朝、いや昼か?」



 無事に街へと転移した俺は、クエストを受注した町長の家の前に立っていた。


 不思議な事にさっきまで夜だったはずなのに、今はもうお日様が真上まで来ている。


 こういうところは正にゲームの世界だと感じられるところだ。


 それはともかくとして、これから町長に報告をしてクエスト達成報酬を貰いに行く訳なんだが、今回の事をどう説明すればいいだろう?



 多分日付が変わっているから、既に死体の身元なんかは確認済みという設定だろうけど、詳しい事を聞かれた時にどう答えるのが正解かわからない。


 下手に報告をすれば、ダークエルフとエルフの関係が更に悪くなるだろうし。


 いずれにしてもそのことをトンズラと相談する必要があるな。



※  ※  ※



(いいんじゃね? ありのまま伝えれば。どうせ多分信じねぇべ)



 トンズラが言っているのは、俺達がエルフは犯人ではないと言っても、エルフとダークエルフの関係上、間違いなくその倒れていたエルフが犯人だと決めつけられるだろうという事。


 まだ報告をしていないのでわからないけど、多分だが、あのエルフの遺体も運ばれている設定のはず。


 唯一綺麗な死体がエルフだけの現状、そう疑われても仕方がないのはわかる。



「だよな。誰も居なかったと嘘をついたところで、もう既にエルフの遺体が運ばれている可能性もあるしな。それでもし嘘をついたならば、今度は逆に俺達が疑われる可能性もあるよな?」


(んだべな、ここは正直に報告するしかないっぺ)



 今回、俺達が小屋に入った時立っていたのは、あの倒れていたエルフではないと確信している。


 というのも、あのエルフが死んだのは少なくとも、あの煙玉の時ではないからだ。


 何日前、何時間前に死んだかまではわからないけど、少なくとも死んでからそれなりに時間が経っていることは、臭いからも、死斑からもわかる。


 加えて、さっきトンズラが言っていたのだが、あの時俺が感じた関節の硬直も、死んでから時間が経っている証拠らしい。


 であれば、やはり別に犯人がいる。


 犯人をエルフに仕立て上げたい誰かが……。


 

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