第70話 猟奇的殺人事件

 現在俺は、ダークエルフの街マスの中にある森に来ている。


 なぜこんな場所にいるかって?


 そりゃ当然、クエストを受けたからさ。


 んで、ここで何をすればいいかって言うとなんだが……



 ※  ※  ※



「トンズラ、あの小屋……」


(あぁ、間違いねぇっぺな。あそこに拉致された子がいるっぺ)



 そう。今回の依頼は、この街で最近起きている行方不明事件に関するもの。


 ちなみに行方不明になっているのは、全てが性別変更前の子供らしい。


 そして直近でもダークエルフの子供が、この森に向かったのを最後に、消息を絶っているということだった。


 今回のクエストは今までよりちょっと深刻なものであり、ゲームとはいえ、できるなら行方不明になっている子を助けたいと思っている。


 それと、ここに向かう途中で止まった酒場マスで聞き込みを行ったところ、この森の辺りで最近エルフを見たという目撃情報が手に入った。


 ダークエルフとエルフの仲を考えれば、犯人がそのエルフである可能性は高い。


 なぜなら、そもそもエルフがダークエルフの領域にいること自体が不自然だからだ。


 更にその目撃者の情報によれば、昔使われていた森の奥にある小屋があって、かつてそこを根城にしていた山賊もいたとかなんとか……ようは、そこに行けばいいってことなんだよね。


 つうわけでその小屋の前に到着した俺なんだが……



「夜なのに明りが見えるな。やっぱゲームっつうのもあって、都合よくできてるよなぁ」



 行方不明が具体的にいつの話か分からないが、普通なら拉致した後、この場に犯人が残るはずもない。


 そんな事をしていれば、間違いなく見つかってしまうだろう。


 にも関わらず、ちゃんとわかりやすく小屋に明りがあったりするのは、まさにゲームならではのイベントだ。



(まぁサクッと救出しちゃってくれ)


「あいよ」



 そんな軽い気持ちで小屋に近づいた俺は、窓から中の様子を窺うことにした。



ーーーすると、まさかの光景が……



「お、おえぇぇ」



(大丈夫か! サクセス!!)



 中を見た瞬間、悍ましい(おぞましい)光景に思わず吐いてしまった。



「だ、大丈夫だ……でも……なんだよこれ? なんなんだよ……こんなの……ありえねぇだろ……ゲームだとしてもこれは酷過ぎる」



 俺が小屋の中で見たもの。


 それは無残に殺されたダークエルフの子供の死体だった。


 腹は縦に切り裂かれて内臓が外に垂れ下がり、両目はくり抜かれ、鼻と耳はそぎ落とされている。


 そんな惨い(むごい)状態になった死体が、小屋の壁一面に吊るされていたのだ。


 それを見る限り、犠牲者は一人ではなく十数人はいる。


 どうやら行方不明になった者全ては、この状態で小屋に飾られているのかもしれない。


 それはあまりに猟奇的……あまりに残酷……


 こんなことを普通の神経でできるはずがない。


 ……もしもできるとしたならば、それは魔物と同じだ。



(とりあえず落ち着いて聞いてくれ。中に生きている奴は見えたか?)



「わからない。けど明りがある以上、犯人はここ……もしくは近くに必ずいるはず」



 そう口にした俺は、直ぐに入口へと向かった。


 そこに犯人がいる可能性がある以上、中に入って確かめるしかない。


 そして、もし犯人がいて逃げようとしようとも、俺の能力なら必ず捕まえられる自信があった。



 絶対に許さない。


 絶対に逃がさない。



 その怒りの気持ちを胸に、俺は扉を開ける。



ーーーすると、小屋の中心に何者かが一人立っていた。



「てめぇぇぇ!!!」



 俺はそいつを見た瞬間に襲い掛かる。


 だがその時、俺はそれがおかしなことだと気付いていない。


 もしもこれがイベントバトルならば、ステータスボードが浮かび上がると同時に、硬直が始まるはずだ。


 しかしながら、俺は襲い掛かることができている。


 これは普通ならありえない状況であるのだが……



ーーその結果



「ぶはっ、くそ!! なんだこれ!! どこにいる!」



 気付けば辺り一面煙だらけになっており、殴りかかった拳は空を切った。


 どうやら煙玉のようなアイテムを使われたらしい。


 完全に油断した……いや違う。


 ゲームだからと鷹を括っていたのもあるが、これは自分の能力を過信した結果に過ぎない。


 それにもしかしたら感情に身を任せて突入した場合、戦闘に入れないイベントだった可能性もある。


 だがそんなことも考えられない程、俺は激怒していたのだった。



(サクセス! そのまま真っすぐ戻って扉から外に出ろ! 犯人なら外に出たはずだっぺ!)



 その言葉の通り、俺はすぐさま入ってきた扉の方向に向かって走る。


 視界は悪いが、後ろに走るだけならできた。


 そして外に出た俺は扉から逆に走るも、既に犯人の姿はどこにもない。


 それもそのはずだ。


 今は夜で視界が悪い上、この小屋の周囲には多くの木々が立ち並んでいる。


 例え数秒であっても、一度見失ってから探すのはほぼ不可能に近い。



「畜生! 俺の馬鹿野郎!!」



 冷静になった今、ようやく自分のミスに気付いた俺は、地面に膝をつけながら両手を大地に思いきり叩きつける。


 自分の短慮に……馬鹿さ加減に心底腹が立った。


 仲間達がいれば、絶対にこんな結果にはなっていない。


 カリーが……シロマが……いや違うな、俺は今までだってそうだ。


 仲間達がいたからこそ、今までやって来れたに過ぎなかったんだ。


 そんな事に今更気付くなんて……


 今回俺はクエストに失敗したから悔しい訳ではない。


 例えこれがゲームの中であったとしても、これだけの非道な行いをした奴を、みすみす逃してしまった事が許せなかったのだ。



(サクセス……)


「悪いトンズラ、取り乱した」


(あぁ、わかるっぺよ。俺もあれは許せないっちゃ。でもおかしいぜ)


「ん?」


(だって飛ばされないだろ? 俺にもその表示が出てないっぺ)



 そう俺に伝えるトンズラだが、何のことを言っているのか理解できない。


 

(ほら、シロマちゃんが言ってたろ?)


「あっ! そうか! 終わってない! まだ終わってないんだ!」



 ようやく何のことかを理解した。


 シロマから聞いてわかっていることがある。


 それはクエストに失敗した段階でも、ステボに



 【帰還しますか?】



と表示されることだ。


 俺自身は今まで簡単なクエストしかなかったので失敗していなかったが、既に失敗経験をしているシロマからその情報は聞いている。


 それも当然と言えば当然の話だ。


 クエストを受注したからといって、必ず成功するとは限らない。


 だからこそ失敗した場合も、成功した時と同じようにクエストを受注したところに戻る仕様になっていたのだった。



「つまり犯人を捜せば、まだ見つかる可能性があるってことか?」


(いんや、多分もう無理だろうな)


「じゃあ何をしろっていうんだよ……いや、まさかあの子供達を……」



 そこでクエストの内容を思い出す。



 【行方不明者を見つけて欲しい】



 これが俺の受注したクエストの内容だ。


 思い返せば、犯人を捕まえろとは言われていない。



(……みたいだな。ちょっとキツイかもしれねぇが、頑張るべ)


「だな。でも流石にあれだけの数の子供を連れ戻るのは無理じゃないか?」


(そうかもな。でも吊るされたまんまじゃ可哀相だっぺ?)


「……そうだな。いずれにせよ、小屋に戻ろう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る