第40話 暴走シロマと禁欲のサクセス

 あれから俺と母さんは夕飯の時間までこの街を満喫した。


 その間もずっと母さんは俺がプレゼントしたレインボーフラワーを大事に抱えており、終始ニコニコしながら道行く人にも愛嬌を振りまいていた。


 するとやはりレインボーフラワーは有名なようで、色んな人に



「その花を近くで見せてもらえないか?」



と呼び止められ、その度に幸せそうな笑みを浮かべて



「えぇ、是非見て下さい。息子からの素敵なプレゼントですの」



と自慢をする。


 そんな親バカな母親を見て、俺はどこか照れくさい。


 だがそれと同時に、いつか実家に戻ったら育ててくれた両親にも何かプレゼントを上げようと思う。



「母さん、そろそろ戻らないとみんな心配してしまうよ」


「えぇそうね。今日はなんって素敵な日なんでしょう! サクちゃん、本当にありがとね」



 そう言って幸せを噛みしめるように両手を大きく広げて空を仰ぎ目をつむる母さんだが……



「え? どうしたの母さん?」



 見ると、その瞑られた瞳から一滴の涙が零れ落ちるのを目にした。



「ううん、なんでもないの。ただね、こうやって成長した子供と一緒に楽しむことができた奇跡に感謝すると同時に……」


「同時に?」


「あの人の事を思い出してしまったの。この幸せを与えてくれたあの人をね……」



 あの人が誰か何て口にする必要もないだろう。


 勇者フェイル……俺の本当の父親だ。



「……俺も会ってみたかったな。ねぇ母さん。今度また時間のある時に父さんの話をしてもらってもいい?」



 俺がそう口にすると、



「もちろんよ。沢山聞かせてあげる」



 そう言って涙を流しながらもクシャクシャになった笑顔を見せるのだった。



  ※  ※  ※

 


「おっ? みんな先に戻っていたのか。ただいま。あと、ゲロゲロごめんね」



 夕食前にギリギリ戻ってきた俺は、昨晩と同じように女性部屋に入る。


 するとそこには既に食事が並んでおり、全員がまだそれらを食べずに座って待っていた。



「ゲロゲェロ!(酷いよサクセス! 次は僕も連れてってね)」


「お留守番させてごめんな。次はちゃんと連れていくから」



 ゲロゲロはあの時ご飯を食べた後、どうやら食べ過ぎたようでダウンしていたのでお留守番してもらっていたのだ。


 普段ならそれでもついて来るのだが、多分俺と母親が二人になれるように気を遣ってくれたのだろう。


 本当にこの子は良い子だ。

 

 

 そう思い、俺はゲロゲロの座っている座布団の所に行くと、抱き上げて柔らかい毛並みをモフモフする。



「ではサクセス様。色々御報告もありますが、まずは食事としましょう」


「あ、ごめん。待たせちゃってたよね。じゃあ食べようか。」



 その言葉と同時に全員が手を合わせた後、食事に手を付け始めた。



 ※  ※  ※



 ある程度食事が進んだ後、リーチュンは母さんが横に大切そうに置いていたレインボーフラワーに気付く。



「わぁぁ! バーラさん、それ凄い綺麗!! どうしたんですか?」


「うふふ。サクちゃんにプレゼントされちゃった」



 リーチュンの質問に対し、意味深な笑みを浮かべて答える母さん。


 それを羨ましそうに眺めながらも、俺に視線を向けてくるリーチュン。



 勘弁してくれ……マザコンと思われるじゃないか。


 ってリーチュン、その目はやめてくれ。



「そ、それよりさシロマはどうしたんだ? さっきからずっと黙っているっていうか……」



 咄嗟に話題を変えようとする俺。


 そして言葉の通り、シロマは最初この部屋に入ってきた時から、この世の絶望を表したかのような表情を浮かべて、ズーンという効果音が聞こえるように沈んでいる。


 それは食事が始まっても変わらず、今の今に至ってまで料理に手を付けられないほどだ。



「あぁ、シロマね。またやっちゃったのよ」



 リーチュンのその言葉だけで何が起きたのかを察した。


 するとその会話は聞こえていたのか……シロマは蚊が鳴くような声で



「……違うんです。後少しで勝てるはずだったんです。あの時、ズンバルンバが……」



 等と謎の言葉を呟く。



 ズンバルンバが何なのか非常に気になるところではあるが、あまり触れないでおこう。


 そう思って黙っていたのだが……



「でシロマ。いくら負けたのよ?」



 なんとリーチュンがタブーと思われる質問をぶつけてしまった。



「……10万パサロです」



 ん? 今何て言った?


 小さすぎてよく聞こえなかったが……



「聞こえなかったわよシロマ。ちゃんと教えて、今いくら残ってるのよ?」



 更に問いつめるリーチュン。


 こうなるとこの話題から逃げることはできないだろう。


 俺としても確かに気になるところだ。



「ゼロですよ!! 所持金ゼロです! 私は10万パサロ負けたんです!! あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁぁ」



 なんといつも冷静なシロマが頭を両手で抱えながら壊れたように叫んだ。


 よりによって、イーゼから貰った大金全てをすったらしい。


 これには俺も言葉を失う。



「……嘘でしょシロマ?」



 流石のリーチュンもこれには呆れてしまっていた。


 まさかそこまでとは……と。


 するとそんな視線に耐えかねたのか、シロマは逆切れというか完全に自暴自棄になり



「嘘じゃありません! なんならここで全部脱いで持ってる物みせますよ!」



 そう叫びながらローブを脱ごうとする。


 そんなシロマを見て、俺は慌てて止めに入った。



 裸は見たいけど、流石にこんな状態で見ても嬉しくな……ないかな?


 やっぱり嬉しい気もするが、今はダメだ。


 仲間をもっと大事にするって決めたんだから!



「大丈夫! 大丈夫だからシロマ! 落ち着け!」



 後ろから羽交い絞めをするように押さえつける俺。


 当然力の差はかなりあるわけで、シロマがこれ以上暴れることはできないのだが、この小さな体のどこにこれ程の力がと思うほどに力強い。



 これがバーサクモードの力か……



「離して下さい! これが落ち着いていられますか! 私はどうせ幸薄い女ですよ! この胸ですか! この胸がないのがいけないんですか!」



 さりげなく触れてしまったオムネ様に気付いたのか、そんな事を口にするシロマ。


 普段なら絶対ありえないのだが……



「ちょっ! やめろシロマ。みんな見ているだろ! ちょっとリーチュン、止めてくれ」



 一人ではシロマの体はともかく、精神的に抑える事が出来ないと思った俺はリーチュンに助け船を求めるも……



「まぁ自業自得だから仕方ないんじゃない?」



 と冷たく言い放ち、逆にその巨乳を両手で持ち上げてボヨヨンと揺らしながら「ふふーん」と自慢気にシロマに見せつけてニヤリと笑う。



 これ以上はマジでやめろ――――!!



 と心の中で叫びつつも、その胸に目が釘付けとなってしまう俺。


 男って辛い……


 なんて思っていると、そんなリーチュンと俺の視線に気づいたシロマはなぜか黙り込み、へなへなとその場にしゃがみ込むと、曲げた両膝を両手で抱え込みながら再びズーンと沈み込む。


 色々ショックが大きすぎて、キャパを超えてしまったようだ。


 なんにせよ暴走モードが止まったことで、ホッと胸を撫で下ろす俺。



 普段冷静な子なんだけど、ギャンブルが絡むとなぁ……


 

 ある意味ギャップ萌えだが、ちょっと今日のは激しすぎて手に負えない。


 とりあえず一晩寝れば戻るはずと信じてそっとしておくことにした。



「コホン。そろそろ皆さまの食事も終わったみたいですので、わたくしから御報告させていただいてもよろしいでしょうか?」



 そんな中、イーゼは一つ咳払いをした後にみんなに聞いた。


 いや、多分俺にかな。まぁ同じことだ。



「おっとそうだった。今日手紙を渡してきたんだっけ? でも流石にまだ返事はないんじゃないか?」



 今日イーゼは女王に謁見を申し入れる手紙を渡すと言っていた。


 どういう方法を取るのかはわからなかったが、いずれにしてもそんなに早く回答が来るはずはない。



ーー故に驚く



「いえ、既に頂いておりますわ」



 さも当然のように答えるイーゼ。


 一体どんな手段を使ったんだ?



「まじか。流石だな。んで?」


「はい。明日の昼前に王城にて謁見可能との事です。ですので、明日はサクセス様だけを連れて王城に向かう予定ですわ」


「俺だけ?」


「はい。ゲロちゃんだけは一緒でも構いませんが」


「ゲロ!(やったー!)」



 なぜ俺だけ?

 

 というかゲロゲロはいいのか。


 ちょっと意味がわからない。



「あんたさぁ、また悪い事考えているんじゃないでしょうね?」



 するとすかさずリーチュンがイーゼに詰め寄る。


 前科があり過ぎる故にそれは俺も少し疑ってしまったし、疑われるのは仕方ないだろう。



「いえ、ですからゲロちゃんも一緒で構わないと言っていますわ。何もやましいことなんてありませんことよ。ただ人族で謁見できるのは限られていますの。それに……いえ何でもありませんわ」



 最後に何か言おうとしてやめるイーゼ。


 なんだか怪しい気がプンプンするけど、今の俺は今までとは違う。


 イーゼがどんな手段で迫ってこようと、俺は断ってみせるからな。


 見たり触ったりするまでに……おっと、いかん。


 それじゃ同じだ。


 禁欲だ! 禁欲のサクセスだ!



「ふーん。じゃあわかったわ。ゲロちゃん、イーゼがサクセスに手を出そうとしたり、変なことをし始めたら噛みついていいからね!」


「ゲロ!(任せて!)」



 リーチュンは真剣な眼差しでゲロゲロにそう告げると、ゲロゲロも気合を入れた返事を返した。



「変な事なんてするはずがありませんわ。あなたじゃありませんもの。それよりも納得されたようですので、そういうことでよろしいですか? サクセス様」



 おまいう?



 と思うも、まぁいつもの事だから気にしたら負けだ。



「あぁ。エルフの女王と会うのは緊張しそうだけど、イーゼとゲロゲロがいるなら頼もしい。とりあえず明日はよろしく頼むよ」


「はい。こちらこそ病める時も健やかなる時も末永くよろしくお願いしますわ」



 若干返事がおかしい気もするが、スルーしよう。


 何にしてもまずは謁見、そしてゴールドオーブだ。


 無事渡してもらえるといいのだけど……



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