第39話 トカゲ人の悲劇

「ねぇサクちゃん、あれ面白そうじゃない?」


「確かに面白そうだけど、ああいうのは苦手なんだよね。カリーがいたらがっつり景品取ってきそうだけど」


「そんなの気にしたらダメよ。こういうのはね、上手い下手ではなくて楽しむのが大事なんだから」



 そう口にしながら本当に楽しそうな笑みを浮かべてガッツポーズをとる母さん。


 そんな嬉しそうにはしゃぐ母さんの姿を見て、俺もおもわずほっこりしてしまう。


 だもんで、当然俺もその気になってしまうわけで…… 



「そうだね、じゃあちょっとやってみるよ!」


「うん! 応援してるから頑張って!」



 こうして母親の声援を受けながら遊技台の前に立っているのだが……



 ※  ※  ※



 あの後、宿を出た俺は母さんと二人で街を散策することになり、現在は屋台が建ち並んだお祭り風景の道を歩いている。


 まだ昼過ぎにもかかわらず、街の中はどこもかしこもイベント目白押しで、どこに向かって歩いても楽しむことができた。


 エルフの王都と最初に聞いた時は、なんというかもっとこう静かな街並みで、奥ゆかしい感じのイメージを抱いていたのだが完全に真逆もいいところ。


 世界中を探してもここより賑やかな街なんて存在しないのではないだろうか。


 カジノ大国のヒルダームも凄かったが、ここはそれ以上……というより比較にならないほど娯楽で溢れている。


 建ち並ぶ屋台や露店はもちろんのこと、あらゆるギャンブルがそこらかしこで行われていたり、昨日見たバードレースのようなものや、サーカスと呼ばれる見世物等、この街ではありとあらゆるエンターテイメントがひしめきあっている。


 それも連日連夜というより、毎日らしい。


 むしろここではこれが日常なようで、こんな面白い街であるならばエルフの国中の人が集まるのも頷ける。



 そんな中で母さんが目を付けたのはここ、スマートボール屋だ。



 ご親切にも店の壁に説明書きがされているため、さっと読んでみる。


 どうやら台の右下にあるレバーを引っ張って球を打ち出し、数字の書かれた穴に入ると、その数字の分だけ球が戻って来るらしい。


 当然得点の高い穴の周りは釘がぎっちりと打たれているので、狙ってそこに入れるのは中々難しそうだ。


 ビリヤードやダーツの時もそうだったけど、俺はこういった細かな技術を駆使するような遊びが得意ではない。


 とはいえ母さんが見てる手前、あまり情けない姿だけは見せたくなかった。



「すみません、これやってみたいのですが」



 俺が声を掛けたのはどう見ても魔物のリザードマンと思われる人物。


 違いがあるとすれば、トカゲの頭にねじり鉢巻きが巻かれていることくらいだろうか?


 普通なら剣を抜くところだが、この街を見て歩けばそんな必要が無いとわかっているけどね。


 案の定、そのリザードマン風の店員は愛想のよい声で返事を返してくる。



「へい、らっしゃい! お客さんはこれをやったことはあるかい? 無ければ説明するぜ!」


「一応説明書きは読んだのですが、コツとかありますかね?」


「がっはっは! 珍しいねお客さん。説明書きを読んでくれた奴なんて初めてだぜ。コツ……そうだなぁ、これは技術よりも運だからな。しいていうなら今日の運勢が良い日に来るってことだな」



 ふむ、今のが本当なら技術はあまり関係なさそうだ。


 それなら俺の十八番だぜ。



「わかりました、運だけは自信があるのでやってみます。」


「おうよ! 球はいくついる? 5球で300パサロ、10球で500パサロだぜ!」



 ふむ、10球の方が少しだけお得だな。


 昨日の夕食の後、イーゼが俺達全員に10万パサロを手渡してくれたので、100パサロ位の差なんて誤差でしかないが、貧乏性な俺はやっぱり少しでもお得な方を選びたい。



「じゃあ10球でお願いします。ちなみに交換率とかはどうなってるんですかね?」


「交換率? よくわからんが交換する球の数で景品を選べるぜ。景品部屋があるが先に見るか?」


「大丈夫です。とりあえずやってみて出たら行ってみます」


 

 まずは台選びだ。


 10台程並んでいて、それぞれ穴の場所が違ったり、得点にも差がある。


 一番手前の台は、一番の大当たりで30倍だが、真ん中の台は1000倍まであった。


 といっても1000倍の穴は四方八方が釘で囲まれていて、どう見ても入るはずもない。


 こういう場合普通なら無難に一番倍率が少ない台を選ぶのであるが、俺は違う。


 俺の運の高さは俺自身が一番知っている。


 ならば狙うは1000倍だろ!



「おっと、その地獄台を最初に選ぶたぁ、お客さん根っからの勝負師だねぇ」


「運には自信があるんで」



 そう言って台を選んだ俺は、球を台にセットするとゆっくりとレバーを引いていく。


 どの位の力がいいとか、そういう駆け引きは必要ない。


 なぜならばこの台の穴は中央の一つだけだし、どんな強さで打っても穴の周りの釘に弾かれて終わりだ。


 それならばとりあえず目一杯引いてみるのがいいだろう。


 とりあえずまずは一球……



「行け!!」



 目一杯引き絞ったレバーは、強烈な勢いで球を射出する。


 そして弾き飛ばされた球は勢いよく台の天井にぶつかると、カンッ! という音を響かせて、真ん中の穴の上にある釘へとぶつかった。


 釘に阻まれた球は再度上に向かって弾き飛び、再びさっきぶつかった釘へとぶつかる。


 カンッ! カンッ! カンッ! っと何度も天井と同じ釘を往復する球。


 普通ならばぶつかった角度であらぬ方向に弾き飛ばされるはずだが、どういう訳か同じ軌道を繰り返している。


 よく見れば中央の穴の上にある釘は他の釘よりもかなり太く……というより、他の釘が円形なのにもかかわらず、そこの釘だけは四角くなっていた。


 普通に考えれば絶対に穴に入れない為のトラップであろうその釘だが、俺の前ではそれが逆効果になる。


 かなりの強さで射出された球の勢いは凄まじく、何度も釘に衝突することで……最終的に釘の方が折れて弾き飛ばされてしまった。



「おっしゃ!! しゃんなろ!!」


「凄いわ、サクちゃん!!」


「う、嘘だろおい。あんちゃん、ちょ、ちょっと待って」



 焦るリザードマン。


 喜ぶ俺と母さん。



 そして遂にはその球は無くなった釘の場所を通り抜け、そこから上以外の全方位に打たれている釘にカンカンと反射しながら、やがて中央の穴に……


 

 スポッ…………



「うおぉぉ!! 入った! 入ったよ1000倍!」


「おめでとぉ!!」



 なんと一発目にして1000倍を勝ち取ってしまった俺。


 やはり俺の幸運値は尋常ではないようだ。


 そして台の下から虹色の球が出てきた。


 説明書きにあったが、


 白い球は1個 

 青い球は5個

 赤い球は10個

 黒い玉は50個

 金色の球は100個

 そして虹色の球は1000個


 なので、1000倍だから虹色の球が出てきたのである。



「くぅ……おいらの負けだぜ。大したもんだよ、あんちゃん。よっしゃ、じゃあ景品部屋に案内するぜ」



 腕で涙を拭くような仕草をしながらも、潔く景品部屋に俺を連れていこうとするリザードマンだが、俺はそんな罠にはひっかからない。



「いや、まだ9球ありますんで」



 その言葉に明らかにギクッ! という反応を見せるリザードマン。


 こいつはその場の勢いに任せて1000個で終わらせようとしたようだが、そうはいかない。


 何と言っても、今は穴に入れたい放題だからな。



「いや、台が故障しちまってるからこのままだと……」


「そんなことは説明書きにもなければ、注意事項としても聞いてないですよ。大丈夫です、そう簡単に同じように穴には入りませんから」



 俺がそう言うと少しだけ悩みながらも、リザードマンは仕方ないとばかりに頷く。


 多分この調子だと次にまた入ったらいちゃもんをつけられそうだ、そう考えた俺は、レバーをさっきと同じ要領で目一杯引くのだが、今回はできるだけ間髪入れずに球を連続で射出した。



 パシュッ……スコン パシュッ……スコン……パシュ……



 射出された球は全て天井中央に命中し、そのまま直下して穴の中へと一撃で吸い込まれていく。


 いちゃもんをつける間もなく9発を連続で打ち切った俺は、台の下から10個の虹玉を取り出し、満面の笑みでリザートマンに告げた。



「さ、行きましょうか。景品部屋」



 あまりの光景に顔を青褪めさせたリザードマンは、俺が声を掛けたにも関わらず固まっている。



「ほら、案内してください。母さんも一緒に選びましょう」


「そうね。いい物置いてあるかしら。あら、やだわ。この人固まってるわね【シラフ】はい、これでオッケー」



 母さんは謎の魔法をリザードマンに掛けると、リザードマンは我に返り、そして渋々返事をする。



「こっちだよ」



 さっきまでの愛想の良さが完全に消えたリザードマンはそう言って、下に降りる階段を進んでいった。


 それに続いて行く俺達が辿り着いたのは、ショーケースの中に色んな商品が入った景品部屋。


 どの景品も人の国では見たこともないような物や、何に使うのかわからないようなものばかり。


 その部屋で景品を見てるだけで楽しくなってくるのだが、その中でも中央奥のガラスケースに入った景品が目についた。


 ここに置かれている景品は10球から10000球で交換できるものだったが、そのガラスケースの前に置かれている札には10000球と書かれている。



「綺麗ね。なんという花かしら」


「本当だ。なんか見てるだけで癒されるなぁ。でもこの花だけ何でこんなに高いんだろ?」



 俺と母さんが二人でそう話ながら、視線をリザードマンに向けると……



「さぁな」



とだけ言って、まともに説明もしてくれない。


 すると母さんは小さくふぅっと溜息をつきながら、またもや魔法を唱える。



「あまりこういうことはしたくないんだけどね。【オービーディエント】」



 その魔法を受けたリザードマンはさっきまでとは打って変わり、流暢に説明を始めた。



「こちらの花はエルフ国でも超貴重な花でして、名を【レインボーフラワー】と言います」


「おお! 格好いい!」


「この花の特徴は、まずは水を毎日与えていれば枯れることなく、花を咲かせてくれます。そしてその名の通り、毎日違う色の花を咲かせ、その花の色によって様々なリラクゼーション効果を発揮します。」


「あら、やだわ。うちの店に置いておきたいわね!」


「このエルフの森でも100年に一度しか育たない花故にその価値は天井知らずであり、ここでも決して交換することができない数値の10000球が設定されておりました」



 そこまで懇切丁寧に説明を受け、俺は母さんに向けて



「これにしよう。これが俺から母さんへの初めての贈り物にするよ」


「え? サクちゃんが欲しいのでいいのよ。気持ちは嬉しいけど気を遣わないで」


「ならやっぱりこれに決まり。俺が欲しいのは母さんが貰って嬉しいものだから。今まで沢山辛い思いをしてきた母さんにこれをあげたいんだ。ダメかな?」



 俺がそう言うと、母さんはまた涙を浮かべながら俺を抱きしめる。



「もう、ほんっとうに何て良い子に育ったの! 戻ったらサクちゃんを育ててくれた両親にお礼を言わないとね」


「いや、それはちょっと……って、とりあえずそういうことですからこれを下さい」



 喜びの抱擁をする母さんを優しく引き離しながら、俺はリザードマンにそう告げると



「非常に感動的でした。けど、言わせてもらいます。チッ!」



 最後に盛大な舌打ちをしたリザードマンは、言葉とは裏腹に丁寧にガラスケースからレインボーフラワーを取り出すと、フラワーブーケのような形にして俺に渡してくれた。



「ありがとうございます。楽しかったです」


「はい。お蔭様で明日には死にたいですが、とりあえず二度と来るんじゃねぇです」



 母さんの魔法を受けてから、リザードマンの話し方や調子がおかしい。


 そんなリザードマンに対して若干不憫に思いもしたが、その後母さんから10分もすれば魔法の効果が解けると聞き、少しだけ安心した。


 どうやら最初に母さんが使ったシラフという魔法はただ冷静にするという効果だけらしく、次に使った魔法は、言われた事に素直に答えたり行動をする反面、自分の素直な気持ちも声に出してしまうという魔法みたい。


 どちらも聞いた事がない魔法だったけど、母さんも天空職みたいだからオリジナル魔法なのだろう。


 いずれにしても、母さんに喜んでもらえて俺は満足だ。



 ありがとうリザードマン。


 今度また景品貰いにいくからね!!



 

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