第38話 誕生

 翌日、清掃員が部屋に入ってきたことでようやく部屋を出ることができた俺だが、既に時間は朝どころか昼に差し掛かっていた。



「はぁ……腹減った」



 超空腹で死にそうだった俺は、お腹を擦りながら自分の部屋まで戻ると、そこにはまんま残された朝食と



……母さんが!?



「あら、やっと戻ってきたのね。随分と待ったわよ、サクちゃん」



 優し気な微笑みを向けてくる母さんだが、昨日の事があったせいか恥ずかしくて目が合わせられない。


 というかもう昼近くなのに、どうしてここに母さんがいるのだろうか?



「なんで母さんがここに?」


「今日はサクちゃんと一緒に街を散策したかったからよ。それとこの子もずっと待ってたんだからね。とてもいい子ね」



 そういって母さんは膝上で丸くなって寝ているゲロゲロを優しく撫でると、その存在を思い出して申し訳ない気持ちになった。



「ごめん……母さん、ゲロゲロ」


「謝らなくていいのよ、まだ。それよりもまずはご飯を食べなさい。お腹空いているでしょ?」



 まだ?



 少しだけ意味深な言葉に不安を覚えるが、母さんが言うようにまずは朝食を食べることにした。



 ※  ※  ※



「ふぅ~食った食った!」


「ゲロゲロ(食った食った!)」



 朝食は朝食とは思えない程に豪勢かつボリューミーだったため、満腹になるほどに食べた俺は、膨れた腹を擦りながらそう口にする。


 そして食事の匂いに釣られて起きてきたゲロゲロも一緒に食べ始めたのだが、今はこれ以上は食べられないと言わんばかりにコテンと体を倒していた。



 そんな俺達の姿を微笑ましそうに見つめる母さん。


 食べている時はそれどころじゃなくて気付かなかったけど、どうやらずっと見ていたらしい。


 空腹過ぎてガツガツ食べている姿は自分でもマナーが悪いと思うので、恥ずかしいところを見せてしまった。



「うふふ。食べ盛りの子がそうやって美味しそうに食べている姿を見るのはいいわね。今度は母さんの手料理でお腹を一杯にさせてあげたいわ」


「すみません、下品な姿を見せちゃって」


「全然そんなこと無いわ。サクちゃんはもっと沢山食べて大きくならないとね」



 大きく……そういえばまだ少し身長が伸びてそうだな。


 でも沢山食べたらデカくなるわけではないと思うけど……



「そう言えば母さん、カリーや他のみんなは?」


「とっくに街に出ていったわよ。残っているのはあたし達だけ」



 まぁそうだよな。今日は全員自由に個人行動な訳だし。

 

 みんなどこいったのかなぁ……



「それよりもサクちゃん。話は全部聞いたわ。今日はその事についてお説教をします」



 穏やかな雰囲気の中、突然目の前の母さんが真剣な表情で俺を見つめて言った。



「はいっ!?」



 突然の不意打ちに焦った俺は、思わず正座をする。



「はい、じゃありません。もうわかっていると思うけど、サクちゃんの彼女たちの事です」



 うわ……まじかよ。


 まぁバレるのは仕方ないにせよ、なんか嫌だなこういうの。



「すみません」


「すみませんというのは何について謝っているのかしら?」


「えっと、沢山彼女がいる事と、エッチな事をしようとしたことについてです」



 とりあえず昨日の事がバレているなら正直に謝った方が良い。

 

 ん? あれ? でも何で俺が母さんに謝るんだ?


 別に関係ないよな? 



 条件反射的に謝罪と弁明をしていた俺だが、そこでふと気づく。


 別に俺が誰と付き合おうが、それが三人であろうと誰かに迷惑をかけるわけでもないし、謝る必要なんてどこにもない。



「よろしい。正直な事は美徳です。だけどね、私はサクちゃんが三人と付き合っている事に怒っている訳でも無ければ、エッチな事をしようとしたことに怒っている訳でもないの。もしそうならもっと早く叱っているわ」



 確かに!


 今になってそんな事で怒るのはおかしいよな。


 だとすると、一体何に怒っているのだろうか?


 心辺りはないんだけどなぁ。



「えっと、じゃあなんで母さんは怒っているのですか?」


「ごめんなさいね、言い方が悪かったわ。まず第一に怒っている訳じゃないの。ただ、母親としてちゃんとサクちゃんに教えなければならない事があるからこうやって話しているのよ」


「教えなければならないこと?」


「そう。あのね、サクちゃん。昨日、シロマちゃんたちから話を全部聞いて、彼女達にもお説教したんだけどね。」


「うん。え? シロマ達にも?」


「そう。それでね、サクちゃん。サクちゃんは今の仲間と大魔王を倒すつもりなのよね?」



 ファッツ?


 突然何を当たり前の事を聞いてくるのだろうか?


 質問の意味がわからない。



「当然そのつもり。そして大魔王もそうだけど、俺の幼馴染であるビビアンを救わなければならないんだ」



 俺が決意を込めてそう口にすると、母さんは満足そうに頷いている。


 でもそれは前から言ってる話のはずなんだが。



「素晴らしいわ、サクちゃん。だからこそ、これから説教をします」


「え??」


「あのね、サクちゃん。女の子の体ってね、男の子とは大分違うの。そしてね、もしもサクちゃんがエッチな事をして旅の途中に彼女達の誰かを妊娠させたらどうなると思う?」



 に、妊娠……わかってはいたけど、なんか母親にこう詰められるときついな。



「えっと、子供ができる?」


「そう。だけどそう言う事ではないわ。女の人にとって妊娠や出産ってとても大事なことであり、大変なことなの。妊娠中はずっと体が辛いし、無理をしたらお腹の中の子にも影響があったり、とにかくたくさん気を遣わなければいけないの!」


「は、はい!!」


「だから軽く考えないで! これから一緒に大魔王と戦うにも関わらず、大切な仲間がそんな状態になったらどうするの? 一緒に戦わせる訳にもいかないし、そもそも旅だって危険だわ。子供を作るってことは、それだけ責任があることなの。だから安全な場所で安静に暮らせない状態でそんな事は絶対ダメ!! わかった!?」


「はい! すみません!」



 かなりきついお説教に俺は大きな声で反省を口にする。


 こうやって真剣に叱られたのはいつ以来だろうか?


 叱られているにも関わらず嫌な気分にならないのは、目の前の母さんが俺や仲間達の事を思って言っているからだとわかるからだ。


 そして今、母さんの言葉を聞いて目が覚めたよ。


 俺は本当に愚かだ。


 欲望に負けて、完全に想像力を失くしていた。


 仲間の事を愛しているなら、そんな事を求めちゃダメなんだ。


 そういう意味では、この童貞の呪いには救われているのかもしれない。


 今回叱られた事は彼女達を、彼女達の未来を考えればわかるはずだった。


 確かに男と女の違いや、子供を作るという知識が乏しい俺にはわからないことも多い。


 それでもその重要性についてくらいは認識していたはずだ。


 本当に俺はダメな奴だ。



 俺が自分の馬鹿さ加減に項垂れていると、母さんが俺の頭を撫でた。



「わかってくれればいいのよサクちゃん。サクちゃんにはあたし達と同じ過ちを繰り返してほしくないだけなの」



 その言葉に顔を上げた俺は母さんと目が合うと、その瞳からは悲しみが浮かんでいる。



「同じ過ち?」


「そう。過ちなんて言うのはちょっと辛いんだけどね。そのお蔭でこうやってサクちゃんに出会えたんだから」



 そう言って泣きそうな顔で微笑む母さん。


 そういえば母さんは俺を身籠ったまま、向こうの世界の大魔王と戦っていたんだっけか。


 確かにそれを過ちとするならば、俺の存在自体が過ちにも聞こえてしまう。



「母さん。無理に言わなくていいよ、わかってるから」



 これ以上辛い話をさせるわけにはいかないとそう口にするも、母さんは首を横に振った。


 そして告げる。



「ごめんね。サクちゃんは優しいわね。でもちゃんと伝えさせてほしいの。あたしは貴方の父親を心から愛していた。そして彼も同じように愛してくれたわ。だからこそ、旅の途中にあたしの事を抱いたりなんかしなかったの。本当に大切にされてたわ」


「え? じゃあ何で?」


「旅の中でね、彼はずっと傷ついていた。何度も何度も心を苦しめて、それでも立ち上がって……そんな彼を慰めたかっただけなの……」



「うん」



 なるほど……そういうことか。


 父さんから迫ったわけではなかったのか。


 俺とは違うな……。



「もちろん、サクちゃんを身籠った時は本当に嬉しかったわ。彼もカリーもシルクも祝福してくれた。同時にあたしをパーティから外そうという話になったんだけど、それをあたしが無理を言ってね……結果、みんなに大きな負担を与えてしまったわ。もしかしてあの時だって、あたしがいなければフェイルも逃げられたのかもしれない……」



 そこまで話し終えたところで、母さんは瞳から大粒の涙をこぼす。


 母さんは今までずっと後悔し続けてきたのだろう。


 この世界に来てからもずっと……


 だからこそ、俺の事を必死に探し続けていて……


 そう考えると、俺は胸が抉られるような痛みを感じた。



「母さん、きっと……きっとフェイルさん、いや父さんは幸せだったと思う」


「そんなことないわ!! あたしが彼の足を引っ張ったのよ!」



 ここに来て遂に母さんは感情を爆発させた。


 だがそれでも俺はそれを否定する。



「違う! それだけは絶対違う! 俺にはわかる。父さんは母さんやお腹にいた俺の事が本当に大事だったから最後まで踏ん張ることができたんだ! そして大切な二人を守れたなら……俺は、俺だったら本望だよ! 俺にはその時の父さんの気持ちがわかる!」



 俺が強くそう告げると、母さんは崩れ落ちるように顔を俯かせ嗚咽交じりに謝罪を口にした。



「ごめんね! 本当にごめんね!」


「謝らないで母さん。俺の方こそ、俺がダメダメなせいで辛い話をさせてしまってごめん。俺も父さんのように彼女達をもっと大切にして、そして必ず守ってみせるから。だから泣かないで、母さん」



 俺がそう決意を告げると、母さんは俺をギュッと抱きしめながら泣き続けた。


 そんな母さんの頭を俺は優しく撫でる。


 そして心から感謝した。




 ありがとう母さん。


 俺を……俺という存在をこの世に誕生させてくれて……


 今度は俺が必ず全員を守るよ。


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