第35話 魔女とダンゴムシ
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました。従業員一同歓迎を申し上げます」
宿に入ってそうそう、そんな挨拶と同時に不思議な光景が目に入った。
今の挨拶だけ聞けば、なんら普通の対応のようにも思えるが……違うんだ。
俺はさ、お店の名前はともかくとして、ここは人族が営んでいる宿だと思ってたわけよ。
そうでなくても人族の国にいたことがあるエルフとかさ、多分そんな感じだと思っちゃうじゃん?
でもさ、なんなのこれ? まじで……
エントランスに踏み入れた瞬間、目の前に現れたのは
--謎の球体だった。
そして今の言葉は、その球体から発せられているという謎現象。
これは一体……って、もうなんとなくわかっているんだけどね。
「歓迎ありがとうございます。ところでここは宿屋で間違いないのでしょうか?」
俺は謎の球体に向かって丁寧な口調で尋ねる。
するとその赤い球体はフニョっと縦長になるとその姿を現す。
これが本来の姿なのだろうか?
お世辞にも人と同じとは言えないが、不思議な事に球の内側には目鼻口がある顔が見え、更には人と同じ様な手足が付いていてとりあえず魔物ではないと認識できるレベルにはなった。
といっても二足で立っている姿は無理をしている感じがビンビン伝わる程で、それでいて手なのか足なのかわからないものも二十本程あるがそれを折りたたんで隠しているのは俺達人族に対するマナーなのだろう。
そんな考察をしている間にもその球体、いや、ダンゴムシ君は返事を返す。
「その通りでございます、お客様。」
ふむ。やはりここは宿屋で間違いないらしい。
まぁイーゼが嘘をつくはずもないのでわかっていたけどね、一応だ一応。
「サクセス様、とりあえず一週間程でよろしいでしょうか?」
俺の確認が終わるとイーゼが滞在期間について聞いてくる。
まだこの宿がどんな宿かわからないのに、最初から一週間も予約して大丈夫なのだろうか?
そもそも女王と謁見するまでどのくらいの期間が必要なのかも想像できない訳だが……
「一週間か……。やっぱり女王への謁見にはその位時間が掛かるのか?」
「いえ、明日に謁見を申し入れしますので、明後日には謁見できるかと。しかしながら、すぐにゴールドオーブをもらえるとは思えませんので、一応余裕をもって一週間位がよろしいかと」
確かに普通は王様や女王様とそんなに簡単に会えないよなって、二日で会えるんかい!?
だがその後の交渉や話し合いに時間がかかるから、念のため一週間ということか。
「わかった。でもその前にそこの赤い方に一つ聞きたい。」
「はい、なんでございましょう?」
「ここの責任者は貴方で間違いないかな?」
「いいえ! とんでもございません。ここの店主は私達のようなダンゴキャタピー族ではなく、れっきとした人族の魔女様でございます。魔女様は当旅館の運営に忙しく、表には出てきませんが、この旅館のコンセプトや料理等は全て魔女様考案のものにございます。私はただの仲居虫でございます。」
人族……しかも魔女か。つか仲居虫ってなんだよ。
まぁ人族が運営しているならイーゼが言っていたとおりかもしれないな。
「わかった! よし、ここにしよう。この人数で一週間泊まるのは可能か?」
「ありがとうございます。全く問題ございません。どうぞごゆるりと当館でお寛ぎ下さいませ。では部屋は和室二部屋とドッキング部屋が二部屋でよろしいでしょうか?」
今こいつ何ていった?
ドッキング部屋??
なんだそれ。
俺にはよくわからなかったが、それに対してイーゼが若干訂正して答える。
「いえ、ドッキングの方は一部屋でよろしいですわ」
「かしこまりました。では、女性と男性で部屋を別々にご用意いたしますので、暫くそちらのソファでお待ちください」
こうしてつつがなくイーゼと仲居虫の話が終わると、俺達はエントランスにあるソファーに座って待つことにする。
「なぁイーゼ、ドッキング部屋ってなんだ?」
「はい。この旅館オリジナルの部屋でして、主に色々作るところですわね。精搾部屋とも呼ばれています」
「へぇ~製作部屋かぁ。なんか変わってるんだな。料理とか自分で作ったりするんかな? それともアイテムを作ったり?」
「はい。そう言う事も可能でございます。この宿に泊まる時は必ず一部屋は付いてくる部屋ですので、それほど気にしなくてもよろしいかと。使わない方もおりますので」
ふむふむ。エルフの宿では鍛冶場みたいなものが必ず付いてくるってことなのかな?
よくわからないけど必要があれば行けばいいか。
「大変お待たせしました。それでは部屋の準備が整いましたので男性の方からご案内致します」
あれから数分程待つ事、ようやく部屋の準備が終わったようだ。
突然だったのでもう少し時間が掛かると思っていたが、思ったよりも仕事が早いらしい。
どんな部屋か楽しみだな。
「お、早いな。じゃあみんな先に行ってくるわ。荷物とか置いたらまたここに集合しよう。あ、ゲロゲロも一緒においで」
「ゲロ!」
そして俺とカリーとゲロゲロは二階にある大きな部屋へと案内される。
※ ※ ※
「うわっ! 凄いな。超豪華じゃん」
「確かにこれはいいな。サクセス、外の庭には露天風呂とサウナっぽいのもあるぞ」
案内された部屋は、畳が敷かれた広い部屋が二つ。
手前の部屋はテーブルと座布団が置かれ、奥の部屋には蚊帳が二つ設置され、その中には既に布団が敷いてある。
そして今カリーが言った通り、寝室の奥には岩で囲まれた庭があって、そこには露天風呂が二つとサウナ小屋と思われるものが設置されていた。
サウナはサムスピジャポンの旅館にもあったので、俺も何回か利用したことがある。
「いいなぁ、ここ。ここならのんびりできそう、ってのんびりしちゃだめか」
「いやそんなことないぞサクセス。気を張りっぱなしにしている必要はない。休む時に全力で休むことも大事だぞ」
「確かにな。とりあえずもう日も暮れるし、今日のところはゆっくり過ごすか」
そう言って俺とカリーは一通り荷物を部屋に置くと、エントランスへと戻るのだった。
※ ※ ※
「お待たせしました」
エントランスでサービスコーヒーを飲みながら寛いでいると、シロマを先頭に女性陣も集まって来る。
だがそこにイーゼの姿はない。
「あれ? シロマ、イーゼは?」
「はい、イーゼさんはここの店主の魔女さんに挨拶へ行くと言っていました。昔馴染みの知り合いだそうです」
ほうほう。まぁ久々の帰省だしな。
会いたかった知り合いもいるだろう。
「へぇ~。だからこの宿に決めていたのか。っと、それよりそろそろお腹空いたきたな。夕食はどこで食べるのかな?」
気付けばもう日は落ち、俺の腹は完全に空腹モードだ。
ここの料理は俺の舌に合うと言っていたので、非常に期待している。
だけど、どこで食べるかまでは聞いてなかったな。
まだ宿を細かく散策してはいないが、食堂っぽいところはパッと見た感じない。
すると、通路の方から何かがゴロゴロと転がる音が聞こえてくる。
「お客様、お食事の準備が整いました。イーゼ様から女性用の部屋に集まって食事をすると伺っておりますが、それでよろしかったでしょうか?」
お、イーゼが既に算段をつけていたか。
「わかった。じゃあ行こうか」
俺はそう言うと、女性陣の後ろを付いて部屋に向かっていくのだった。
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