第34話 刺激的な王都
イーゼがこの街を出てから相当の月日、それこそ百年位は経っていそうだが、思いの外その足取りに迷いは感じられない。
俺達の感覚で言うならば、十年もすれば街並みはガラッと変わるだろうし、それが百年ともなればもはや別の街と言えるほどの変化があるはずだ。
ここは大樹の枝の上にあるという性質上、地形こそさほど変わることはないかもしれないが、流石にお店や宿は変わっていたり、無くなっていてもおかしくはない。
だからこそ、てっきり俺は一緒に街を散策しながら宿を見つけるものだと思っていた。
それとも宿場街でもあってそこに向かっているのだろうか?
それならば店は変わっていても同じような施設があるはずだ。
「エルフの宿ってどんな感じなんでしょうね?」
「ほんとそれな。俺の勝手な思い込みだけどさ、エルフって何か質素な暮らしをしているイメージだから、木のベッドに藁の布団で寝るような場所じゃないかな?」
「確かにそんなイメージはありますよね。落ち着いた場所であれば私は構いませんが」
そんなシロマとの会話に割って入るイーゼ。
「安心してください。本日泊まる宿はとても風情がある宿で、落ち着いて休むことができますわ。もちろん露天風呂もございますし、お食事もサクセス様の口に合うものがでるかと」
今の口ぶりからすると、どうやらイーゼは宿場街に行くのではなく、特定の宿に向かっているようだ。
なんというか凄く自信満々に見えるのだが、本当に大丈夫だろうか?
行ってみたらもう潰れましたってことだって十分すぎるくらい可能性としてあるけど、まぁその時は一緒に探せばいっか。
「楽しみですね、サクセスさん」
「あぁ、でももしもそのお店が無かったとしても気にしないでいいからな」
「はい。でも多分大丈夫ですわ。百年位で店が潰れたりすることはないと思いますので」
やはりエルフと人間では時間の感覚が違うらしい。
まぁイーゼがそこまで言うなら期待しておくとするか。
なんにせよ、ここがエルフの王都ねぇ。
本当にここはヤバイ街だな。
イーゼが全く歩く足を止めないため何とか我慢ができているが、なんというかそう、ここは刺激的すぎるんだよ。
もしも普通に歩いていたら間違いなく少し進む度に足が止まり、その都度、不思議な建物やそこで売っている謎の物体に夢中になってしまう未来が見える。
実際足はずっと動いているが、目線はさっきからあっちらこっちらいっていた。
例えばほら、あそこなんてもう意味不明過ぎ。
「ヘラク! 今日こそは勝つクワ!!」
「望むところカブト!! 今日もツノテで張り倒してくれるわ!」
「ほぉーら、甘くて美味しいトレンゴだよぉ! 安いよ、安いよぉ~」
人だかりの真ん中にある大きな切株の上では、カブトムシに手足が生えた者とそのクワガタバージョンの謎生物達が相撲を取っている。
そしてその周りで観戦している者達にトレントっぽい人が自分の枝についている果実を売り歩いていた。
「本当になんなんだここは……つかエルフより他の種族の方が多くないか?」
「私も驚きです。世界にこんな場所があったなんて知りませんでした。」
「私達がいた世界にもこんな場所は無かったわね、カリーは知ってる?」
「いや、流石にこれは……まぁ、エルフやドワーフくらいなら見たことはあるが」
「ねぇねぇサクセス! アタイもっと近くでアレ見たい!! ねぇいいでしょ?」
イーゼの後ろを歩きながら、全てのことに目が離せず興味津々な俺達。
そしてリーチュンの気持ちはわかるが、まずは拠点の確保が先決だ。
俺もできることならあの謎の催しを近くで見たいが、ここは心を鬼にして首を横に振る。
いつもなら興味があるものを目にすれば何も言わず飛び出すリーチュンだが、今回はちゃんと確認してきただけに許可してあげたいところだが……
「また時間があれば後で来ようリーチュン。すまないとは思うけど、俺達はここに観光で来ている訳じゃない」
「そう……だよね。ごめんね。」
俺がそう告げると、泣きそうな顔で項垂れるリーチュン。
別に責めた訳じゃないんだ。
そんな風にシュンとされると罪悪感が半端ない。
もう少しいい言葉があったかもしれないが、俺はあまり口が上手くないから……
「気にしなくていいですよ、サクセスさん。リーチュンも分かってて聞いていると思いますし」
「えっへへ。バレた? サクセスの困った顔見るのアタイすきなんだよね」
そうシロマが看破すると、あっさり満面の笑みに戻るリーチュン。
ーーだが
「ほんとすまないな」
俺は申し訳ない気持ちでそう告げた。
実際我慢させているのには間違いないのだから。
すると今度はそんな俺を見て、リーチュンがあわあわし始める。
「え? ほんと冗談だって! サクセスが悪い訳じゃないんだから、またゆっくり時間が取れたらデートしてくれればいいし!」
「でしたら私もお願いします」
「ちょっとあなたたち! 聞こえてますわよ! サクセス様を案内するのはわたくしですわ!」
あれ? なんだこれ?
ラブコメ、ハーレム主人公みたいじゃないか俺。
っと、うわぁ……
「サクちゃんがモテてママは嬉しいわ。やっぱりあの人の子ね」
再び感じる母親の生暖かい目。
そう言えば今はいつものメンバーだけじゃなかった。
「姉さん、すまない。俺がついていながらサクセスをこんなナンパ野郎にしちまって」
「おい、誰がナンパ野郎じゃい!」
「お前以外に誰がいるんだよ?」
「なんだとぉーー!」
「お? やるのか? 俺は逃げるぞ」
「もうほらほら二人ともケンカしない! はい、握手して仲直りっと!」
なぜかカリーと俺がケンカして母親が仲裁に入るという謎のシチュエーション。
別に俺達はケンカをしていた訳ではなく、いつものじゃれ合いみたいなものなんだけど……なんか調子狂うな。
そんな感じで俺とカリーはお互い気まずい表情で握手させられていると、今度はリーチュンが空を指して叫ぶ。
「ねぇサクセス、あれ見てよあれ!」
リーチュンが上空を指差したので視線を移すと、そこでは鳥人間と呼べるような者達が競うように旋回して飛んでいる。
「何してんだ、あれ?」
俺は不思議に思いながらもよく見ると、鳥人間は数字と文字が書かれたゼッケンのようなものを着ていた。
1番 俺とお前と大二郎
2番 デブじゃない、ぽっちゃりだ!
3番 推しごと万歳、推ししか勝たん!
4番 明日から本気出すばい
5番 働いたら負けんご
6番 ぴえん越えてぱおん
7番 帰りたいぽよ……
「ネタシャツかよ!!」
思わず大声でツッコンでしまった。
ゼッケン番号はわかる。だがアレはなんだ!?
書いてある文字の意味はよくわからないが、何となく阿呆な事が書いてあるのは感じる。
百歩譲って普通名前だろ、書くのは……
「あれはバードレースですわね。王都では毎日至るところで色んな催しが開催されているのですわ。王都はエルフの大陸でもギャンブル街として有名ですの。ちなみにゼッケンに書かれてあるのは本人の座右の銘ですわね」
ふむふむ、座右の銘ね……って、いや明らかに違うの混じってるよね!?
だがしかし、面白い。
まじでこの街は面白すぎるぞ。
「なるほど、道理でそこらかしこがお祭り騒ぎみたいになっているわけだ。なんか本当に散歩しているだけで楽しめそうだ」
「はい。私もできるならここに暫く滞在したいです」
レースやギャンブルと聞いて目をらんらんと輝かせるシロマ。
そういえばシロマはギャンブル狂だったな。
目的を忘れることはないだろうけど、油断したらゴールドを使い込みそうだ。
まぁ使いきれないほどゴールドはあるから……って、あれ? まさか!!
「そういえばイーゼ。エルフの国の通貨ってゴールドなのか?」
「いえ、パサロという木製の通貨ですわ。ちなみにゴールドはパサロに換金できませんわ」
まじかよ……
どうやらこの大陸ではパサロという通貨が必要らしい。
そんな通貨は持ってないのだが、ってそういえばイーゼは普通にユニコーンレンタルしてたよな?
「じゃあどうすればいいんだ? 宿代払えないじゃん。つか、そもそもどうやってユニコーンを……」
「問題ありませんわ。ここでは金(キン)や鉱物が貴重品ですので、パサロに換金することも、物々交換も可能でしてよ。事前にサクセス様から大量の金(キン)を頂いておりますので、何も心配ございません。あれだけあればここで千年以上は遊んで暮らせますわ。」
いや、エルフじゃないんだから千年も生きられませんから!
だけどそうか、金があればなんとかなるのか。
今更ながらセイメイの心遣いのありがたみが身に染みる。
「あぁ、サムスピジャポンでセイメイが大量に金(キン)をくれたからな。」
俺が少しだけ感慨深くそう言うと、イーゼの足がようやく止まる。
「流石はサクセス様ですわ。それと、今日はこの宿に泊まる予定です。この宿は変わっていなければエルフや人間に合う食事を提供してくれて、休むにも適した宿でございますわ。エルバトルには多様な種族がおりますので、適当に宿へ入ると悲惨な事になりますが、ここなら安心ですわ」
そう説明しながらイーゼが案内したのは、サムスピジャポンにいた時に利用した旅館にも似た宿。
エルフの国にしてはやけに人間味のある宿で、周りにある竹藪なんかもサムスピジャポンの時を彷彿させる。
今のところこの街で人族には会ってないが、もしかしたらここは人族が代々経営しているのかもしれない。
だけどさ……
なんつうかさ……
もう少し宿の名前どうにかならなかったのかよ……
ーーようやくたどり着いた王都エルバトル。
そこでイーゼが案内した宿の名は……
子種搾取処
だった……。
ダイレクト過ぎるだろ!!
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