第32話 エルフの伝承
エルフの国の王都エルバトル。
そこはかつて、大魔王と戦った勇者パーティの一人であるパサロが生まれた町。
当時勇者は大魔王との戦いで死に、そして聖女が石となる事で大魔王は封印され人々は救われた。
そんな中、無事生き残ることができたのが、伝説の戦士パサロである。
彼について詳しい情報は人の国の文献に残っていない。
なぜならば、彼の事を詳しく知る者は全てパサロによって殺されたからである。
人々を大魔王から救い、英雄となったはずのパサロ。
しかし、そんな未来は彼には無かった。
勇者と聖女そして大魔王がいなくなった人の世界。
その世界には、もはや英雄は必要ない。
否、正確には英雄の名声を疎んだ存在にとって邪魔なだけであった。
大魔王がいなくなった今、世界は人が人を支配する構造へと変わっていく。
その中で、英雄という存在は王族達にとって都合が悪かったのだ。
とはいえ、いきなり世界を救った英雄を殺す訳にもいかなければ、殺されるほどパサロは弱くない。
だからこそ各国の王族はパサロを抱え込む為、自分の国の姫をパサロと結婚させようとしたのだが、そこで最悪の出来事が起こる。
パサロには永遠の愛を誓った相手がいた。
故にどれだけ説得されようと、何を与えられようと、パサロがどこかの国の姫と結婚することはない。
だがそれに痺れを切らしたとある国の王は、なんとパサロの婚約者を暗殺してしまった。
「人は……人とはなんと愚かなのだ。すまないロザーナ。俺は人を許すことができない!」
その日より、パサロは彼を手籠めにしようとした国の王族全てを抹殺する。
だが、彼が愛したロザーナは自分が死ぬ直前
「全ての人を恨まないでほしい、人が持つ心の光を信じて」
という言葉を残しており、それが逆にパサロを苦しめた。
本来であれば、自分が第二の大魔王となり人の世を今度こそ滅ぼそうと考えたが、ロザーナの願いを無にすることはできず、彼は王族を滅ぼすと同時に故郷へと戻ることにした。
ロザーナの形見である
【ゴールドオーブ】
を持って……
※ ※ ※
「イーゼ……それは本当にあった話なのか? もしそうなら俺は……いや、俺もパサロと同じように世界を滅ぼそうとするかもしれない」
王都エルバトルに到着する少し前、龍車の中で聞いたゴールドオーブにまつわる話。
なぜゴールドオーブがエルフの国にあるのかという話題になったところで、イーゼが話し始めたのだ。
それを聞き終わった今、俺の目からは涙が滝のように流れている。
「どうでしょう。エルフの国の王族のみに伝えられている伝承ですので、真実かどうかはわかりかねますわ。ですが、サクセス様がもしも人の世を滅ぼそうとするならば、私は共にするだけですわ」
イーゼが俺の質問に毅然とした面持ちで答えると、それに続いてシロマも口を開く。
「私はロザーナさんの気持ちがわかります。ですからそうなったら私はサクセスさんを必死で止めると思います。ですが、それよりも今イーゼさんが言った【王族のみに伝えられている】という言葉が気になりますね。」
今のシロマの言葉で俺も気づいた。
なぜ王族しか知らない伝承をイーゼが知っているのか。
それは当然……
「もちろん、わたくしがエルフの国の王族だからですわ」
と、なんでもないことのように口にするイーゼ。
ここにきて初めて明らかになったイーゼの素性。
それがまさかの王族であったとは、夢にも思わなかった。
つまりイーゼはお姫様? いや、多分違う。
人の国とエルフでは色々異なるだろう。
だって、エルフは生まれた時は両性であると聞いた。
つまり姫とか王子という概念がないため、イーゼは王族と言ったのだと理解する。
「まじか。確かに出会った当初のイーゼは凄く高慢というか高貴な人っぽい感じがしてたな。ん? 待てよ。じゃあもしかして王都に着いたら直ぐに女王? に会って、ゴールドオーブをもらうことができるってことか?」
もしそうならばこんなに楽な旅はない。
時間の猶予がない今、それは正に僥倖であり、イーゼさまさまだ。
と思っていたのだが、そうは簡単にはいかなかった。
「どうでしょう? わたくしは勘当同然の状態で国を出ましたので、女王がわたくしと直ぐに会ってくれるかどうかはわかりませんわ。ですがあの人……いえ、女王ならば話くらいは聞いてくれると思いますわ」
自分の親にも関わらず、まるで他人のように話すイーゼ。
勘当同然で国を出たと言っているが、一体何があったのか?
聞いていいのか悪いのか、いや聞いてみるだけ聞いてみよう。
もしも言いたくなさそうならば、無理に聞かなければいい。
「ちなみに勘当された理由は話せるか?」
俺がそう尋ねると、イーゼはフフッと意味深に笑みを浮かべて俺の事を見つめる。
そしてもったいつけるように、少しだけ間があった後、
「サクセス様と出会う為ですわ」
と口にした。
「え?」
ちょっと意味がわからない。
これは言いたくないということだろうか?
「なるほど、わかりました」
するとなぜかシロマは今ので理解できていたらしい。
なんなのこの子達!?
「シロマ、まじで今の言葉だけでわかったわけ?」
「はい。今の言葉だけではありませんが、先ほどの伝承の話とかと合わせると納得できます」
どうやら納得できるらしい……ってできるか!!
「どういうこと??」
再度俺はシロマに尋ねる。
「ですからあの伝承が事実ならば、エルフの王族は人との接触するのを禁じているはずです。少なくとも王族だけは。ですがイーゼさんは外の大陸へと旅立っています。それはつまり王族の掟を破ること。そしてその破った理由は、この広い世界の中で自分の伴侶を自ら探そうと考えたからだと思います。違いますか? イーゼさん」
「その通りですわ、シロマさん。そう、わたくしはサクセス様と出会う為にこの大陸を出たのですが、当然女王はそれを許しませんでしたわ。シロマさんの言う通り、王族は例外を除いて人と会うことは掟で禁じられていますので」
なるほど、イーゼは掟を破ってまで無理矢理この国を出たのか。
それなら確かに勘当されてもおかしくない。
だけど例外はあるのか。
「例外?」
「はい。例外はありますわ。エルフの命を救った者、又は、外交上特に必要がある場合のみ会うことが許されています。そしてサクセス様はわたくしを何度も救っておりますので、女王がサクセス様に会う条件は満たしているのですわ。勘当されていたとしても、わたくしがエルフであることには変わりませんから」
それを聞き、少しだけ安心する。
今までの話が事実ならば、イーゼは勘当されているし、そもそも人はエルフの王族には会えない。
それは正攻法ではゴールドオーブを手に入れられないことを意味する。
なぜならばゴールドオーブがあるのが王城であれば、王族と会わないで手に入れるのは不可能だからだ。
確かに俺は当時リーチュンとシロマと共に、イーゼを含む仲間達の捜索に関わり、そして結果としてイーゼを救っている。
それが掟の例外に当たるというのは重畳だが、本当に女王に謁見することが可能なのだろうか?
会うことが許されるというだけで、会って話合いをするというのは別な気がするけど、ここはイーゼに任せるしかないな。
「とりあえず状況はわかった。イーゼ、話してくれてありがとう。それでなんだけど、この後王都に着いたらどうする予定なんだ?」
「そうですわね。いきなり王城に言っても女王に謁見することは不可能でしょうから、まずはエルフの王都を案内しますわ。その間に手紙で謁見を申し入れるつもりですわ。」
やっぱり無理か。
流石のイーゼでも、この状況ではすんなり事を運ぶことは難しいようだ。
俺としてもエルフの国はイーゼの故郷であるし、無理矢理奪うのはできれば避けたい。
と言っても、方法がないなら最悪俺は強奪することも厭わないが。
だけど、それは本当に最終手段。
「そっか。なんとか急いで女王に会っておきたいけど、あまり強引な方法はやめた方が良さそうだな。」
「そうですね。ここはイーゼさんに任せた方が良さそうです。バンバーラさんとカリーさんもそれでよろしいでしょうか?」
シロマがそう言い向けると、二人は同時に頷いた。
「もちろんよ。私はただの付き添いだからあまり気を遣わなくていいわよシロマちゃん。サクちゃんたちの好きなようにしてね。でも困ったことがあれば何でも力になるわ」
「俺も特に異論はないな。サクセスの好きなようにしてくれ。」
「ありがとう。母さん、カリー。じゃあイーゼ、王都に到着したら頼んだぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます