第31話 キャンプファイヤー

「サクセス様、このまま最短で進んでもよろしいでしょうか? 道中にいくつかの町や村もございますが」



 しばらく経った後、イーゼが俺に確認する。


 ちなみに今のイーゼの場所は先ほど母さんが座っていた俺の対面であり、隣には母さんが座っていた。


 俺が苦しんでいるのを見かねてか、母さんが「サクちゃんの隣で景色を見てみたいわ」と助け船を出してくれたからである。


 思ったよりも、俺の母親は空気が読めるらしい。


 シロマもその言葉を聞いて溜飲が下がったようで、張り詰めた空気は消えていた。


 あのまま続けば間違いなく、龍車が止まり俺達が寝静まった後イーゼと戦争になったであろう。


 ナイス、母さん。



「どうすっかな。正直色々エルフの町は見てみたい気もするけど、今は時間優先だからこのまま行こう。暗くなったらいつも通り野営にしようか」


「わかりましたわ。ではそろそろ日も暮れますので、御者台に行ってユニコーンを止めてきますわね」



 イーゼはそう言うと小窓付きの扉を開けて御者台に向かう。


 今言った通り、本音を言えばもっとエルフの町を見ておきたい。


 それに三日で到着するとはいえ、夜くらいはゆっくり休めた方が良いのは事実だ。


 まぁ休むと言っても、ユニコーンとリーチュン以外はみんな馬車にいただけだし、俺としても精神衛生上以外の理由での疲れはない。


 ……とはいってもだ。


 ずっと馬車にいるだけってのも案外疲れる訳で、エルフの町の宿屋がどうなっているかはわからないが、少なくとも野宿よりは快適なはず……普通の野宿ならな。 


 そう、俺達の野宿は普通ではない。


 だからこそ、俺は野宿でもいいと判断した訳だが。


 イーゼが御者台に出てからしばらくして、龍車が止まる。


 止まる前にリーチュンとイーゼが何かを言い争っていたため、予想よりも龍車が止まるまで時間はかかったが問題はない。



「サクちゃん、今日も手伝わなくていいの?」



 隣に座る母さんが俺に聞いてくる。


 今日も、というのはクーペから戻った時、俺達の野宿を一度経験しているからだ。


 その時の母さんは



「こんなの初めてよ。これは野宿と言っていいのかしら?」



と驚いた顔をしながら呟いていた。


 実際驚いたのは母さんだけでなくイーゼ以外の全員であるが、何にせよ、今の俺達がする野宿というのはもはや宿屋に泊るのと同等……もしくはそれ以上のレベルだったりする。



「サクセス様、準備が整いましたわ」


「あぁ、助かる」



 俺は龍車の中からそうイーゼに伝えると、扉を開け龍車から降りた。


 すると目の前には木造のコテージと、木の柵で覆われた露天風呂が出来上がっている。


 今まではイーゼがアースウォールやストーンウォールで簡易的な仕切りを作り、そこにシロマの聖域魔法ホリフラムを使うことで安全を確保していた。


 しかし今は違う。


 イーゼの新しい力によって、アースウォールやストーンウォールは進化しており、材料となる木や大地さえあれば、自由にその形を作り替えることができるのだ。


 そこに更に……



「ライトプリズン」



 俺がこの結界魔法を使うことで、ここは完全な安全地帯へと変わる。


 これにより空からの攻撃も、陸からの攻撃も心配することはない。



※  ※  ※


 

「相変わらずお前の仲間は凄いな」



 そう言いながら、カリーは焚火台に薪をくべると、その隣に食料や調味料を龍車から持ち出した母さんが座る。



「流石サクちゃんのお嫁さんね、でも料理はママに任せてね」



 今更であるが、バンバーラが俺の母親であるということは、カリーは俺の叔父にあたる。


 叔父と言われると、スケベ丸出しの親父の兄貴を思い浮かべる為、実感はないが。


 ただこうやって三人で火を囲んでいると、なんというか、本当に家族団欒な感じがするから不思議なものだ。



「大自然の中でこうやって火を囲むのっていいね。ちょっとした家族旅行みたい」



 俺がそう口にすると、母さんが頷く。



「そうね、前回は浜辺だったから星が綺麗だったけど、森の中ってのもいいわね。空気がとっても澄んでておいしいわ」


「家族旅行ってのはあながち間違いじゃないぜ、サクセス。俺はお前の叔父で、姉さんはお前の母親だからな」


「ふふふ。本当。まさかこんな日が来るなんて思えなかったわ。あの人はいないけど……ううん、なんでもないわ。ここにはサクちゃんのお嫁さんが沢山いるから、いつの間にか大ファミリーになったわね」



 一瞬悲しげな顔を見せた母さんは、直ぐにいつもの笑顔を見せて話題を変えた。


 俺はフェイルという自分の父とはあったことがないので実感がないが、もしもその人もここにいたらどんな感じだったんだろうか?



 そんな事がふと頭を過る。



「おいおい、シンミリするなよ。まぁ火を前にすると、色々考えちまうのはわかるけどな。それよりサクセス、お前の嫁さん達が来たぞ」



 その言葉に後ろを振り返ると、リーチュン達が調理道具や更なる食材をもってこっちに来る。



「ヤッホーサクセス! 聞いて聞いて! 超面白かったの!」


「リーチュン、話は後です。まずはその食材から手を放して下さい。あなたの胸に潰されます」


「サクセス様。お酒を用意しましたわ。酔いが回って休む時はコテージではなく、龍車の中がよろしいかと。もちろん身を清めたわたくしが朝まで介抱いたしますわ」



 先に露天風呂を浴びた三人は、一段と肌がツヤツヤしている。


 更にはここが安全なのを知っているため、既に装備は脱いで寝間着として使っている浴衣姿だった。


 母親がいる前とはいえ、その姿は相変わらず俺には刺激が強すぎるぜ。



「いい加減にしてくださいイーゼさん。お母様の前ですよ。恥ずかしくないのですか! 少しは反省してください」


「そうよそうよ! 今日はアタイがサクセスと一緒に寝るんだからね!」


「リーチュン!?」



 突如としてリーチュンに裏切られたシロマは目を点にする。


 それにしても、相も変わらず騒がしい俺の女神たちだ。


 その変わらない日常風景に思わず俺は……



「ぷっ……あははは!」


「ちょっとサクセスさん!? 笑ってないで二人に注意してください!」



 シロマは俺が笑い出したのを見てそう口にするものの、言葉とは裏腹にシロマも顔は笑っていた。


 そしてそこにいた全員が釣られて笑いだすと、目の前の火よりも明るい雰囲気が俺達の周りを包み込む。


 その日、大樹海の中で野宿とは言えない野宿をした俺達は、笑い声の絶えない夜を過ごすのであった。



 

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