第30話 ユニコーン
「ヒャッホーーイ! 速い速い! ユニ! ニコ! もっともっと速くてもいいわよ!」
「ヒヒィィーン!!」
鬱蒼と生い茂る背丈ほどある草葉の中、1台の龍車が文字通り爆走している。
道中、樹海にて徘徊するウッドウルフやスリーピーバットと呼ばれる魔物、それにトレント達。
そんなものは関係ないと言わんばかりの龍車は、すれ違う魔物を置き去りにして真っすぐ突き進んでいた。
御者台に座ることができない俺は、御者台との間に設置された小窓や側面の窓からその光景を眺めることしかできないのだが、ここにきて初めて樹海の中でユニコーンは特別だと言っていた意味を知る。
「これはどういう事なんだろうな。ユニコーンが持つ何らかの能力なのか?」
「能力と言ってもおかしくはありませんが、それは生まれ持ったものというよりかは、ユニコーンの存在自体がこの樹海に愛されている故のものというのが正しいですわね」
俺は目の前で繰り広げられる摩訶不思議な光景を前にそう疑問を呟くと、まるで恋人のように俺の肩にその頭を預けながら寄り添っていたイーゼが答えた。
だがその答えで「なるほどね」と思えるはずもなく、ただ、もうそういうものだと理解するしかないことだけがわかるといったものである。
では一体何がそんなにおかしいのか?
それは
ユニコーンはさっきから真っすぐにしか走っていない
という事実。
もしこの場所が舗装された直線の道を走っているというならわかる。
しかしそうじゃない。
樹海の中は大樹同士の間隔が広く取られているとはいえ、馬鹿でかい大樹の幹がところかしこに点在しているし、それだけではなく、ユニコーンの背丈よりも高い草や巨大な花なんかも無数に生えているのだ。
当然真っすぐ走るだけならば、草花はもちろんの事、壁のように馬鹿でかい大樹の幹との衝突は避けられない。
にもかかわらずユニコーンが引くこの龍車は、出発から今に至るまで真っすぐにしか走っていないのだ。
それが何を意味するかというと……なんとユニコーンが進む先の草花は、ユニコーンが通る数秒前に地中へとヒョコっと引っ込んだのである。
もぐらかよ!!
と、ついツッコんでしまったのは少し前の事。
だが流石に眼前を壁のよう広がる大樹の幹はそうはいかない。
どう考えてもあの巨大な幹が地面にひょこッと埋まるとは到底思えず、初めてその瞬間を見た時は思わず叫びながら目を瞑ったものだ。
だって目の前に近づく巨大な壁に龍車ごと突っ込もうとするんだぜ?
頭おかしいだろ。
でも目を瞑った後、暫くしても龍車に衝撃等はなく、何事もなかったかのように走り続けている。
不思議に思った俺は、次に巨大な幹に突撃しようとする瞬間をしっかりとその目に映した。
すると、なんと巨大な幹はこの龍車分の大きさの穴を開けていたのである。
まるでトンネルを潜るように龍車を走らせるユニコーン。
これにはさすがに開いた口が塞がらなかった。
これこそが正に樹海に愛されているということなのだろうが、もはや意味不明である。
そして荷台に乗っている俺達でさえ肝を冷やすようなこの状況。
御者台にいれば、普通なら生きた心地がしないだろう。
しかしながら、御者台にてマックステンションになっているリーチュンを見ればわかるが、彼女にとってはこれは最高のアトラクションでしかないようで、少しだけ安心すると同時に、御者台に座れなくて本当に良かったとも思った。
同時にこの速度ならば、この広い樹海でもかなり広範囲に移動ができると確信する。
イーゼが王城まで三日と説明した時、意外に近いなと思ったものだが、どうやら間違いだったようだ。
この速度、そして最短の道を真っすぐ走る状況からみれば、王城の場所は俺が想像するより遥かに遠いのだろう。
正確にはわからないが、もしここが樹海ではなく元の大陸と想定したならば、馬車で三週間以上の距離かもしれない。
いずれにせよ魔物を気にする必要もなくこれだけ爆走できるならば、移動の間は特に警戒する必要はなさそうだ。
「ところでイーゼ、一ついいか?」
「はい、なんでしょう?」
「そろそろ母さんの生暖かい目が痛いのと、シロマのオーラが怖いから離れてくれないか?」
そう、さっきから俺の疑問にイーゼが色々と答えてくれるのは助かるのだが、とある方々の視線が痛いのだ。
母さんは俺とイーゼの会話を聞きながら、ニコニコと笑顔を浮かべて俺達を見守っている。
時折、イーゼの大胆の行動を目にした時は、「あらあら、もう」と小さく言葉にしながらも、特に何も言わずにじっと俺達を見つめていた。
それが逆に辛すぎる。
母親の前で女性にイチャつかれるのが、これ程精神にダメージを負うものだと初めて知ったよ。
何度か小さい声で「少し離れてくれ」とお願いしてきたのだが、それを言う度に「良く聞こえませんわ」と言いながら逆に密着してくるものだから、どうにもお手上げだった。
そして対面に座るもう一人の危険な存在。
そう、シロマだ。
彼女は母さんが見守っている状況から、きっと我慢しているのだと思う。
色々為になる話があるとはいえ、イーゼが密着する度に、そのポーカーフェイスの顔にミミズが走っているのが見え隠れしていた。
これ以上は限界だ。
これが三日続くとかマジで苦行でしかない。
荷台の奥のベッドで横たわりながら、素知らぬ顔をしているカリーを恨めしい目で見つめるも、それに気づいたカリーはフイッと顔を背けてしまう。
助けろよ、カリー!!
心の中でそう何度も叫ぶが、ゲロゲロでなければこの声は届かない。
そして心の声が届く相棒はというと、御者台でリーチュンと一緒にはしゃいでいた。
時折キングフロッグウルフ形態になって、ユニとニコの横を並走して遊んでいるようで、とてもご満悦である。
ーーつまり、助けてくれる者はどこにもいない。
俺はあと何時間この状況を耐えなければいけないんだ……
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