第29話 エルフの国
イーゼに誘われるがまま俺は大樹の中にある螺旋階段を昇っていくと、やがて出口と思われる場所が見えてくる。
想像以上に長い階段であったため、この場所は既に地上からかなり高い位置に来ているはずだ。
下からは全く分からなかった風景。
それがこの出口の外に……
「……う、嘘だろ? これはいったいどういうことなんだ?」
そのあまりにも非常識ーーいや、理解が及ばない状況に目を丸くさせる。
なぜならば、俺の目の前に広がっているのは……まぎれもなく村と呼べるものだったからだ。
「サクセス様。ここがクーペでございますわ」
俺の疑問に答えることなく、再びイーゼはここが【クーペ】だと告げる。
ここが村であることは、言われなくても見ればわかる。
俺が驚いているのはそこではない。
ここが、木の上であるという現実が俺を驚愕させているのだ。
目の前に広がる田園地帯に、黄金に輝く麦畑。
そこにポツン、ポツンと建てられた古民家風の家。
誰がどう見てもここは農村で間違いはない。
そう、木の上……つまりは枝の上にあるという事実を除けば。
まるで狐につままれているような気分とは正にこのことだろう。
すると後から続いてくる仲間達もこの光景を前にして、俺と同じ様に固まっている。
リーチュンに至っては、ハトが豆鉄砲をくらったかのような面白い顔を見せてくれた。
「え? え? 何よこれ? ちょっと、イーゼ! どういうこと!?」
我に返ったリーチュンは即座にイーゼを問い詰める。
「何と言われましても、ここがクーペですわ。エルフの国では当たり前の光景ですわよ」
「そうじゃなくて、ここ、さっきアタイ達がいた木の上なんだよね? なんで地面があるわけ?」
「これは異なことを。ここは紛れもなく大樹の上ですわ。大樹の枝が重なり合って、地面の様になっているだけ。ですので、下からは見えないのですわよ」
イーゼとリーチュンのやり取りを聞いてようやく理解する。
ここが本当に木の上にある村であり、俺達が立っている地面と変わらないものが枝の上であると。
「ま、まぁ、とりあえず驚くのはここまでにして、ユニコーンを借りに行こうか。時間もないことだし。」
「はい、サクセス様。この村はあまり大きな村ではないですし、宿場もございません。ですからユニコーンを借りたら直ぐに龍車へと戻りましょう」
そう言ってイーゼは農道と思われる道を真っすぐ歩き始める。
その後ろを少しだけビクビクしながら歩く俺。
ただそれは最初だけだった。
俺が踏みしめているのはどう考えても地上の土と同じ感覚の場所。
とてもではないが、枝の上を歩いているという感じはない。
そして一分も歩いていれば、いつの間にか違和感も薄れ、ここが枝の上だということすらも忘れていた。
「見えましたわ。あそこが厩舎ですわ。ちょっとここで待っていて下さい」
そう言ってイーゼは古い建物の中に入っていく。
その建物の周りには柵で囲われた牧場のようなものがあり、そこには確かに馬に似た生き物が沢山いる。
「あれがユニコーン……初めて見ます」
「あら、素敵ね。メルヘンだわ。サクちゃんを乗せて走らせたいわね」
シロマが牧場を見て呟くと、母さんも感想を口にする。
「姉さん。あれは男を乗せてくれないみたいだから無理だぜ」
「あら、サクちゃんはママの膝の上に乗せればいいじゃない? ね、サクちゃん」
「いや、それはちょっと……」
思わぬ無茶振りに何と答えればいいのやら。
母さんには俺がどんな風に見えているだろうか。
この年で母親の膝に乗りながら馬に乗るとか……痛すぎる。
しかしそれはともかくとして、ユニコーンが想像以上にカッコイイのは確かだ。
一般の馬より体は二倍程大きく、それでいて白く輝く馬体に漆黒のタテガミ。
それに加えてあのドリルのような角。
まじ格好いい。
母さんではないが、俺としてもできることならアレに乗って大地を駆けてみたい。
そんな事を考えながらユニコーンを眺めていると、柵の中にイーゼが入っていくのが見えてくる。
その後ろに性別はわからないが、同じエルフが一人付いて行っていた。
見た感じイーゼはユニコーンを選別しているように見える。
つまりはユニコーンを借りることに成功したということだろう。
やがてイーゼは二頭のユニコーンを指差すと、その二頭を連れて俺達の前に戻ってきた。
イーゼが柵を出るのを見届けてから、一緒にいたエルフは建物へと戻る。
どうやらお金の精算は既に済ましているみたいだ。
「お待たせしました、サクセス様。この二頭を一ヵ月程レンタルしてきましたわ」
「一ヵ月!? ここから王城はそんなに遠いのか?」
イーゼのセリフに驚きを隠せない。
二頭を一ヵ月借りる値段がいくらなのかとか、そういう疑問よりもそっちの方が問題だからだ。
「いえ、ユニコーンの足ならば王城のある王都までは三日程で付きますわ。それにこの子達はかなり良い素質を持っているようですし、何よりも樹海の中のユニコーンは特別ですの」
「特別? いやそれよりも、それなら何で一ヵ月も借りたんだ? 念には念をってことか?」
「それもございますが、エルフにとって一ヵ月はとても短いのですわ。ですからユニコーンのレンタルは一番短くて一ヵ月ですのよ。それとユニコーンはとても賢いので、この大樹海の中であれば期間が過ぎれば自分でここに戻っていきますので、わざわざ返却の為にもう一度ここに来なくていいのですわ」
お、お、おう。
情報が多くて頭が追いつかないぞ。
「イーゼさん、先ほど樹海の中では特別と仰っていましたが、どういう意味でしょうか?」
「あら、シロマさんでもわからないことがあったのですわね。ユニコーンはエルフの森に愛されているため、走るのに自然が邪魔をしないのですの。そしてエルフより長寿のユニコーンはこの大樹海のどこにでも行くことができますわ。目的地さえ伝えれば……ね」
「あらあらあら、それは凄いわね! 賢い子は好きよ」
母さんはそう言いながら、ユニコーンのタテガミを優しく撫でると、喜んでいるのかヒヒーンと鳴きながら母さんに顔をこすりつけている。
その姿を見る限りユニコーンはとてもおとなしそうに見え、男は乗せないと言っていたが、触るくらいなら平気じゃないかと思った俺は、もう片方のユニコーンの体に触れようするも……
「ぶっ!!」
なんと近づいただけで、後ろ脚で蹴られてしまった。
「大丈夫ですか! サクセス様!」
「あ、あぁ。大丈夫、別に痛くはないから。でも、男は乗せないってのは本当みたいだな。こりゃ、無理だ」
フンフンと鼻息を荒くしながら俺を親の仇のように見つめるユニコーン。
やはりこれに乗って駆けるのは無理なようだ。
「サクセス、諦めろ。」
「わかってるよ。でも乗りたかった。いいな、リーチュン……」
カリーが俺の肩にポンっと手を乗せながら慰めるも、いつの間にかユニコーンに跨って遊んでいるリーチュンを見て、羨ましさが止まらない。
「ゴーゴーゴー! 行け行けぇーーー!」
「ちょっとリーチュン! 遊んでないで戻ってきなさい!」
「えーー! あとちょっと、あとちょっとだけだからぁぁ」
「ダメです! 早く龍車に戻りますわよ」
「ちぇっ! まぁいっか。これからはずっと一緒だもんね、ニコ! ユニ!」
いつの間にかリーチュンが二頭のユニコーンに名前を付けていた。
しかし呼ばれたユニコーンは二頭とも嬉しそうに鳴いて返事を返している。
やはりユニコーンは賢いのだろう……がしかし、腑に落ちない。
あれはただの女好きのスケベな馬なのではないだろうか?
そう考えると少しだけ親近感がわかなくもないが……って、あれ?
「なぁイーゼ、エルフって両性も多いっていうか、基本両性なんだよな?」
「はい。結婚相手が見つかるまではそうですわね、それがいかがされましたか?」
「いや、両性でもユニコーンが乗せてくれるのはなんでだろうって思ってさ」
「言われてみればそうですわね。考えたことはありませんが、エルフは特別ということではないでしょうか?」
エルフは森に愛されし種族と言われている。
だからなのだろうか? それとも……いや考えてもしかたないか。
こうして少しだけモヤモヤを残しながらも俺達は無事ユニコーンを手に入れた。
その後、ユニコーンが普通に階段を降りていく姿に一驚しながらも、龍車まで戻ってきた俺達はそこで一夜を過ごすのであった。
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