第27話 空の旅

「んーー!! きもっちぃぃ! ねぇサクセス、風が凄いわよ! こっち来て!」



 青空の下……そして大地の上。


 空を駆ける龍車の御者台でリーチュンがはしゃいでいる。



「あぁ、今行くよ」



 呼ばれた俺も荷室から御者台に出ると、強く吹き荒れる生暖かい風を全身に浴びた。


 

「確かにこの風はヤバイな……ってあれ?」



 確かこの龍車はイーゼの魔法で風の抵抗がないんじゃなかったっけ?


 だからこそゲロゲロが疲れないとかそういう説明だった気が……



 ふと疑問に思った俺だが、それに感づいたのか後ろからイーゼが説明する。



「サクセス様。空の旅を楽しめるように御者台と窓からは風が吹き込むようにしていますわ。もし不快でしたら止めますが」



 なるほど。



 と頷きかけたが、それ以上にそんな細かい事までできるイーゼの魔法の異常さに驚いた。



「いや、大丈夫。こうやって風を感じるのも悪くない。ありがとな」


「いえ、サクセス様の為であれば何でもしますわ」



 そう言いながら色っぽい目を向けてくるイーゼ。


 なんとなくこの間の事を思い出して、ムラっと来てしまった俺は視線を背けた。



「ねぇねぇ、サクセス。そんな事よりも、下見てよ! ほら、海がキラキラして綺麗だよ!」



 俺はリーチュンの腕を引っ張られながら、今度は御者台から下を覗き込むと、コバルトブルーの海面に太陽の光が反射し、幻想的な光景を醸し出している。



 それはまるで満天の夜空に煌めく星のようだった。



「本当に綺麗だな……。今までもゲロゲロに乗って空を飛んできたけど、こうやってゆっくり眺めたことはなかったな。悪くないな、こういう旅も」


「でしょ? アタイもこんな景色を見られるなんて想像もしてなかったなぁ。これもサクセスと出会えたお蔭だね!」



 そう言って無邪気な笑顔を見せるリーチュン。


 その姿は控えめに言って、可愛すぎる。


 まるで太陽のように眩しい。



 こんな笑みを向けられたら惚れてまうやろぉ



って、既に惚れてますが。



 俺はリーチュンも、シロマも、イーゼも大好きだ。


 この三人と出会えた事に俺の方こそ感謝している。


 今の俺があるのは、みんなと出会えたからだ。


 だからこそ、こうしてまたみんなと一緒に旅に出れたことが俺は何よりもうれしい……が、こうしている間にもビビアンはきっと苦しい思いをしているだろうし、ターニャの力がどこまで持つかもわからない。


 その為一秒でも早くオーブを手に入れなければと気が急いてしまうが、それでも少なくとも何もできない移動中くらいは、こうやって仲間達と景色を楽しみたいと思う。



 まぁそんな感じで俺達は、山を越え、海を越え、どんどんと目的地に向かって移動しているのであるが、エルフの国までは結構な距離があるようなので、この速度でも半日は掛かるらしい。


 当初の話では一日掛かる予定であったのだが、ゲロゲロが全く疲れていないらしく休憩が必要なくなったので、予定よりも早く到着するみたいだ。


 その間俺達は空からの景色を楽しんだり、龍車の中でバンバーラさん……いや、お母さんにこれまでの旅の話をしたりしている。


 正直母親と意識したあたりから、なんか一緒にいる事に照れくささを感じるが、こればかりは割り切るしかない。


 それに嬉しそうな顔で俺達の話を聞いている母さんを見ると、何故か俺も嬉しくなる。


 そんな訳でいつも以上に賑やかな旅路だが、後一時間で目的地に到着するとイーゼが伝えたので、そこで俺は気になっていた事を確かめることにした。



「なぁ、イーゼ。ゴールドオーブがある場所についてだけど、大体の見当はついているのか? 女神の導べが指す方に行けばいいだけなんだろうけど、ある程度把握しておいた方がいいからね」


「そうですわね。ゴールドオーブはエルフの女王が代々引き継いでいますので、王城に行けばあるとは思いますが……」



 即座に答えるものの、イーゼの返答は少しだけ歯切れが悪い。


 何か問題でもあるのだろうか?



「思いますが?」


「えっと……実はゴールドオーブを直接見たという人は聞いたことがないんですの。ですので、あるとしたら王城の宝物庫に厳重に保管されているのでは……と」



 ふむふむ。


 伝聞や噂でしかないから、詳しい場所までは断言できないってところか。


 だが実際女神の導べはエルフの国の方角を指しているわけだし、そこにあるのは間違いないのだろう。



「そっか。じゃあゲロゲロには王城の真下で降ろしてもらうか。降りられるスペースがあればいいな」



 エルフの森はエルフですら迷うと聞いていた。


 それならば歩いて王城まで向かう必要はないだろう。


 俺達は空を移動している訳だから、真上から目的地に行けばいい。



ーーと思っていたのだが……



「それは無理ですわ。」



 なんとイーゼに速攻で否定されてしまった。



「え? いや、だってさ、王城っていうくらいだから空からでも目立つだろ? それとも降りるスペースがないのか?」



「それもありますが、それはわたくし達であればどうにでもなりますわ。問題は空からでは王城の場所がわからないということ、そして分かったとしても、空から入れば間違いなく【敵】と見なされますわ」



 それを聞いた俺は後者については納得する。


 確かにいきなり巨大な龍が城に降りてくれば敵と見なされて攻撃される……はいいとしても、その後のエルフ国での行動が難しくなるのは当然だ。


 ただそれ以前に、空からでは場所がわからないとはどういうことなんだろうか?



「言われてみればそうだな。やっぱり陸路しかないか。ちなみに何で空から王城の場所がわからないんだ?」


「あの大陸にある樹木は一つ一つがとてつもなく大きいのですわ。そしてその樹木が大陸を覆っているため、大樹の葉に隠れて下は見えないですの」


「へぇ~。でもデカいっていったってさ、流石に城程の高さはないだろ?」



 ちょっとイーゼの話は大袈裟な気がする。


 実際空からは見えないのかもしれないが、空から見た事があるとも思えないし、大きい木が茂っていたとしても、木々の隙間から多少は見えてもおかしくはない。


 そう思っていたのが顔に出ていたのか、イーゼはエルフ国の木について説明をするのだが、それは俺の予想を遥かに超える、というか想像すらできないものだった。



「いえ、あの大陸にある木は小さくても高さ五十メートルはありますわ。それに王城といっても、大樹を繰り抜いた場所ですので、そもそも空からはわからないですわ」



 大樹を繰り抜いた??


 つか最低で五十メートルってどんだけだよ!!



「もしかして、エルフの国にある村とか家って……」


「想像の通り、あの大陸にある家は全て木の中ですわ」



 まじか……凄いなエルフの国。



「なるほどね。なんか少しだけワクワクするな。今まで見た事がないものとか多そうだ」



 俺はまだ見ぬエルフの国に期待で胸を躍らせていると、カリーが釘をさす。



「サクセス、楽しむのはいいけど目的を忘れるなよ?」



 一連の話を黙って聞いていたカリーだが、今までとメンバーが大きく変わっているのもあって、まだこの空気になじめていない感が強い。


 といっても特段不快そうな感じは見受けられないし、暫くしたら慣れるだろう。


 今回釘を刺したのも、俺が浮かれ過ぎて失敗しないように注意してくれただけで、この空気感にイライラしての発言ではないのはわかった。



 ただ……そこにはカリーとは真逆に思いっきり俺を甘やかす存在もいる。



 母さんだ。



「あら、いいじゃない。だってサクちゃんは男の子だもの。旅は楽しむものだし、新しい場所っていうのはワクワクするものよ。ね、サクちゃん」



 いつの間にかサクちゃんと子供のような呼び名で同意を求められる俺。


 そして実の姉にそう言われて黙るしかないカリー。


 なんとも複雑な表情をしている。


 一方俺も、まだ母さんとの距離感に馴染めていないため、どう反応していいのかわからない。



「え、ええ。あ、いや。はい。」



 なんというか、こう、母親同伴の旅ってこんな感じなのか?


 まじでクソ恥ずかしいんだけど。


 こんなやり取りや姿をイーゼやシロマに見られるのは正直拷問である。


 とはいえ邪険な態度を取るのも、なんか反抗期の子供みたいで嫌だし……



 どうすればいいんだ、俺は……



 と内心で頭を抱えていた俺だが、その時丁度御者台にいるリーチュンから声が飛んできた。



「サクセスーー! なんかね、でっかい緑が見えてきたよ!」



 でっかい緑??



「まもなくですわね。多分エルフの大陸ですわ」



 イーゼがそう呟くのを耳にしながら、俺は御者台に出てその景色を確かめる。


 すると、まだ結構遠くではあるが、確かに俺にも見えた。


 そしてリーチュンがでっかい緑と言った意味を理解する。



 あれはまさにでっかい緑だ。



 一面青色に染まる海の彼方に、とてつもなく巨大な緑が広がっている。


 まだ遠いからわからないけど、あれがエルフの国というならば、確かに空から目的地に直接降りるのは難しそうだ。



「ね? 凄い緑でしょ?」


「あぁ、凄くでっかい緑だな」


 

 俺はそう返事をしながらも、その場で女神の導べを発動させて光の場所を確認した。



「間違いない。あそこにゴールドオーブはある」



 今まで青い光は水平に伸びていたが、ここに来て光の道筋が斜め下の方に向かっており、それはあのでっかい緑の大陸を指している。



「ワクワクするね、サクセス!」


「あぁ、またみんなと一緒だしな。でも油断せずにいこう。そして一日も早くオーブを手に入れ……ビビアンを助けるぞ」



 俺はそう決意を言葉にすると、遠くに見えるエルフの大陸を見つめるのであった。 

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