第25話 ぬくもり
「飯のところ悪いけど、少しだけ姉さんの話を聞いてくれないか?」
食堂で夕食を食べていると、俺達を見つけたカリーがさっきの女性を連れたままこっちに来て言った。
「あら、カリー。そんなに急がなくてもいいのよ。息子が美味しそうにご飯を食べているんだもの。そういうところを見るのも悪くないわ」
カリーと話し合ってきたにも関わらず、俺の事を息子だと口にするバンバーラ。
一方俺は、母親でないとわかっていも、愛情が籠った(こもった)眼差しを向けられながらそんな事を言われると、何だか照れくさくて思わず食べていた米が喉に詰まってしまった。
「大丈夫? ほら、これ流し込んで!」
そんな俺を見て、隣に座っていたリーチュンが水の入ったコップを渡してくれると、それを一気に飲み干した。
「プハッ! サンキュ、リーチュン」
「どういたしまして」
二人のやり取りを前に、「あらあら」と言いながら嬉しそうな表情を浮かべるバンバーラ。
まるで息子が母親の前に彼女を紹介しにきて、それを温かな目で見守っているような感じだ。
「あの、バンバーラさんでしたよね? 俺からもいくつか尋ねたいことがあるので、食事しながらでもいいですか?」
「もちろんいいわよ。でも、その前にそちらにいらっしゃる素敵なお嬢様達について聞いておきたいわね」
バンバーラは、リーチュン、イーゼ、シロマに対して一人一人を値踏みするかのようにジッと見つめると、彼女たちもまた、バンバーラの事をじっくり見返していた。
その空気が何ともきまづいというか、なんというか……
いずれにしても、この空気感で俺が何かを言えるはずもない。
すると俺が何も言わずとも、バンバーラはご満悦な表情を浮かべながら、首をウンウンと縦に振る。
「なるほどね。三人も同時っていうのはママとしては複雑だけど、みんな良い子みたいで安心したわ。それじゃあ、ここにいるみんなが疑問に思っていることについて先に説明させてもらうわ。」
俺が説明や紹介しなくても、バンバーラには三人がただの仲間ではなく、俺の彼女だということがわかったようだ。
そしてその後、俺の母親と名乗った理由について説明し始めたのである。
※ ※ ※
「話はこれで全てよ。何か他に聞きたいことはあるかしら?」
俺との関係性について自身の過去に触れながら話し続けたバンバーラ。
その内容は、あまりに荒唐無稽なものだった。
当事者の俺でなくても、そんな話を素直に信じるものはいないだろう。
……だが、なぜか俺にはそれらの話は胸にストンと落ちた。
ーーずっと俺は不思議だった。
なぜあれほど弱く、なんの才能もなかった俺がこんなに強くなることができたのか。
その答えは簡単だ。
レアリティ777とかいう、訳のわからないセットスキルを手に入れたからである。
だけど、そんな凄いスキルがなぜ俺にだけ手にすることができたのかについては説明がつかない。
そしてそれだけではなく、先代勇者の魂と話せたり、光魔法が使えたり、職業を二つ持ってたりと、通常では考えられないことばかり起きていた。
それら全ては、今聞いたバンバーラ……いや、実の母親の話で説明がつく。
とはいえ話を聞いた後でも、やはり目の前にいる実の母親に対して息子としての実感がわかない。
血が繋がっている事や、自分が感じていた感情については理解できたが、それでも生まれてこの方一度も会ったことがなかった人に変わりはなかったのだ。
母親だと感じる一方で、俺の人生がそれを拒絶するような……。
俺がそんな風に胸をモヤモヤさせてると、イーゼが最初に口を開いた。
「興味深い話でしたわ、お母様。やはりサクセス様は選ばれし尊きお方でしたのですわ」
そう言いながら、イーゼはバンバーラの手を取る。
なんというか、さっそく親にゴマをすり始めるイーゼは流石と言わざるを得ないが、お蔭で漂っていた微妙な緊張感が少し緩まる。
「あら、お母様だなんて。貴方はこんな馬鹿げた話を信じてくれたのかしら?」
「もちろんでございますわ。だってお母様の笑った顔はサクセス様にそっくりですもの。そんな話を聞かずとも、わたくしにはわかっていましたわ」
まるで当たり前だというように言い切るイーゼに、その言葉がよほど嬉しかったのか、イーゼの手を強く握り返しながらも、その微笑みを俺に向けた。
その笑顔が俺に似ているかどうかはわからない。
でもなんというか、バンバーラさんの嬉しそうな顔を見ると胸が温かくなるのが不思議だ。
そういえば幼い頃、母親の誕生日に花を渡した時、あの時の母さんもこんな表情をしていたっけ。
「えっと、バンバーラさん。俺もさっきの話は信じます。あなたが私の母親だということも……」
俺がそう口にすると、バンバーラの目からうっすらと涙が浮かび上がるが、俺は続けて残酷な言葉も口にする。
「でも、俺はあなたの息子として振舞える自信はありません。色々あったのはわかりますが、それでも俺をここまで育ててくれたのは村にいる両親ですから。」
俺がきっぱりとそう言うと、バンバーラはそっと手で涙を拭った。
それは今の言葉で悲しんでしまった自分を隠す為だったのかもしれない。
そして涙を拭ったその瞳のまま、胸の中の想いを俺に伝える。
「わかってるわ。それでもありがとう。生きていてくれて……本当にありがとう。貴方が私を母親と思えなくても、母親として愛せなくてもいいの。だってあなたさえ生きていてくれれば、私は貴方を愛せるのだもの。」
「姉さん……」
「だからお願い。貴方を息子として愛するこの気持ちだけは許して欲しい。失った時間は戻らないけど、それでもこれから先、何があっても私があなたを助けるわ。だって私はあなたの……ママ……なんです……もの」
悲しみを抑えながらも、必死に最後まで言葉を繋ごうとするバンバーラ。
そんな彼女はもはや立っているのも辛いようで、その場で崩れ落ちそうになるが、カリーが肩を抱いてそっと支えた。
その姿を目にした俺は、胸が苦しい程締め付けられていく。
そして気付けば、俺の瞳からは大粒の涙が止めどなく零れ落ちていた。
切ない程に強い母親の愛情。
それが俺の胸を貫き、気付けば俺の口から言葉が零れ落ちていた。
「ありがとう……母さん」
その言葉を聞いたバンバーラは、俺に飛びついて強く抱きしめる。
「大好きよ、私のサクセス。貴方は生まれる前からあの人と私の宝物。もう決して離さないわ。二度と失ったりはしないわ!」
バンバーラから感じる母親の激しくも優しい温もり。
この時、この瞬間、俺は本当の意味でこの人の息子になったのだと思う。
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