第21話 悲しき男
【サクセス視点】
嵐のように去っていった二人。
しかし未だに女神の間では微妙な空気が流れている。
カリーがバンバーラという混乱の元凶を外へと連れ出してくれたものの、それでも彼女が残していった言葉が消えたわけではなかった。
サクセスの母、現る
そのインパクトは、長く冒険を共にしてきたリーチュン達にとって絶大だった。
思えば、初めてマーダ神殿を訪れた時、俺は三人に対して両親を紹介すると約束させられている。
だがそれは、あくまで大魔王を倒した後の話と考えていたのであるが、まさかの母親の方から現れてくれたのだ。
そうなれば当然、我先にと俺の母親と接触しようとするのは当然だけど……
あの人、俺の母親じゃないんだよね。
「サクセス! 今のサクセスのお母さんなの!? 凄く若くて綺麗じゃない!」
早速リーチュンが興奮気味に俺に近づいて聞いてきた。
「いや……えっとさ。あの人は……」
初対面の方ですっと続けて口にしようとするも、今度は何故かミーニャが俺の袖をグイっと引っ張ってくる。
「ねぇサクセス君! 今の人誰? ちょ~イケメンじゃない!? あの人バーラさんの弟って本当!?」
なぜかミーニャが矢継ぎ早にカリーについて聞いてきた。
俺だってまだ困惑しているのに、そんな一度に聞かれても上手く話せる自信はない。
「ねぇそんな事よりも、お母様を早く紹介してよ! ってイーゼ! シロマ止めて!」
そんなカオスな状況の中、イーゼは存在感を消しながら神殿を出ようとするも、リーチュンに察知される。
イーゼが何をしようとしていたのかは大体想像できた。
どうせ外に出ていった自称俺の母に接触して、あることないことを吹き込もうとしていたのだろう。
そんなことしたとしても、無駄なんだけどな。
母親じゃないし……
だがリーチュンに言われて気付いたシロマは、直ぐに走ってイーゼの下へ向かう。
「イーゼさん。抜け駆けは禁止だって昨日話し合いましたよね?」
シロマはそう言ってイーゼを問い詰めると、イーゼは扉の前で立ち止まった。
「あら。わたくしはお花を摘みに行こうとしただけですわ。何を誤解されているのかわかりませんけど」
悪びれる様子もなく下手な言い訳をするイーゼ。
当然、そう言葉を返されたシロマは……
「そうですか。それでは私も一緒に行きます。その後、三人でサクセスさんから色々伺いましょう」
伺うって言われてもな……
まぁ正直に話せばいいだけなんだけど、はたして信じてくれるだろうか?
当事者の俺ですら、あの女性から本当の母親のような深い愛を感じていた。
であれば、他の仲間達の目にも間違いなくあの人が俺の母親に映っているだろうし、それを信じて疑わないだろう。
そんな中俺が「母親ではない」と言ったところで、母親を紹介したくなくてごまかしていると思われそうで怖い。
「あ、待って。ならアタイも行く! シロマだけだと心配だからね」
するとリーチュンもまた、イーゼとシロマと一緒に女神の間を出ていく。
それを見て少しだけホッとした。
少しだけ時間が稼げそうなので、その間にマネアさん達にあの人についてきいておこうと思ったのだが、想定外にミーニャからの追求がしつこい。
「それでサクセス君。話を戻すけどさ、あの男の人……カリーって呼ばれてたっけ? 彼女とかいるのかな? もしくは結婚してたりする?」
再びカリーについてグイグイ聞いてくるミーニャ。
とはいえ、この話は一瞬で終わるだろう。
だってカリーは……
「結婚はしてないけど、カリーには婚約者がいますよ。それなので諦めて下さい」
きっぱりとそう告げる俺。
それを聞いたブライアンは顔をパァっと明るくさせて、腕を組みながらウンウン頷いている。
まぁ実際ロゼとカリーの関係は、婚約関係ということで間違っていないはずだ。
別にカリーが誰と付き合おうと俺には関係ないけど、亡くなったシルクへの恩義もあるし、二人の関係を邪魔しそうな者を近づける気はない。
いずれにしても、今のを聞けば諦めるはず……そう思っていた俺は、このミーニャという女性を甘く見ていた。
「やったー!! じゃあさ、じゃあさ、私に紹介してよ!!」
は??
婚約者がいると言ったにもかかわらず、何故かミーニャは喜んでいた。
それどころか、俺に紹介しろとか言ってきている。
これ、どういうマインドよ?
「いや、だからカリーには婚約者がいるからね? 恋人以上に深い関係の人がね」
「だぁ~か~ら、紹介してって言ってるんじゃない? 婚約者なら結婚してないのよね? ならアタシにもチャンスがあるわ! 初めて見た時からピンっときたのよ。あの人はアタシの運命の人だわ!」
もしかして婚約者というのを理解していないのかと思い、再びわかりやすく説明する俺だが、どうやらそんな事は承知の上でこの人は言っていたのだ。
そう口にする彼女は目をキラキラと輝かせており、その姿は完全に恋する乙女そのものである。
そしてその横では、まるでこの世の終わりかのように絶望の表情を浮かべている男がいた。
そう、ブライアンだ。
口からエクトプラズムのようなものを出しているけど、大丈夫だろうか?
とりあえずブライアンさんはともかく、俺はこの人にカリーを紹介する気はない。
まぁ俺がなんもしなくても、この勢いなら自分からアクションを起こしそうだが。
「悪いけどカリーは紹介できない。あいつは俺の親友なんだ」
ミーニャさんには悪いが、俺の答えは決まっている。
「何よ! 親友ならなおのこと丁度いいじゃない。アタシこれでも尽くす女よ? 彼が望むならどんなプレイだって受け入れるわ! そうよ! 一度アタシと一夜を共にすれば彼だって……」
そのセリフに思わず想像してしまった俺は、妄想の世界へとトリップしそうになったが、その後直ぐに聞こえたパンッという軽い音で現実へと戻らされた。
マネアがミーニャの頭を引っぱたいたようだ。
「いい加減にしなさい。サクセス様が困ってらっしゃるでしょう。うちの妹が本当に申し訳ございません。」
そう言ってマネアが深く頭を下げるも、そんな姉に対してミーニャが食って掛かる。
「ちょっと姉さん! 何すんのよ! 今大事な話してるの!」
「何が大事な話ですか! 今はそんな話をしている場合じゃないでしょう。ブライアンさんも何か言ってくだ……いえ、なんでもありません」
ブライアンを横目で見た瞬間、諦めたマネア。
それもそのはず。
白目を剥いて口から泡を吹き出している彼に何かを求められるはずはない。
「マネアさんありがとうございます。それではこれまでのことや、先ほど女神から言われたことを話したいのですが、よろしいですか?」
「はい。もちろんです。女神様からの御言葉であれば早急に伺いたいところです」
マネアは先ほどまでミーニャに向けていた険しい顔から、一気に笑顔を作ってそう口にした。
だが、そこで思い出す。
その前に聞くべきことを。
「わかりました。ですがその前にさっきの女性について聞いてもよろしいですか? 突然、自分の母親だと言ってきたので俺も訳がわからなくなってます」
「バンバーラ様のことですね。実は私にもわかりかねます。先ほどの様子から私もサクセス様の母君だと思っていましたし、あのような話は初めてでしたので」
どうやらマネアさん達も、何も聞いていなかったようだ。
であれば、やはり本人と話して聞くしかないけど、とりあえずそれはカリーに任せておけばいいだろう。
「そうですか。では後で本人とゆっくり話してみますね」
「はい。それがよろしいかと。では、ここでいつまでも立ち話もあれですから、どこか落ち着ける場所で話し合いましょう」
マネアがそう口にすると、丁度女神の間の扉が開く。
シロマ達が戻ってきたようだ。
「サクセスさん。扉の外に副神官長様がいたので先ほどの話を簡潔に伝えてきました。それと会議室を貸してくれるそうです」
渡りに船なその話。
まるでこっちの話を聞いていたかのようだ。
シロマの状況判断能力は相変わらず凄い。
「サンキューシロマ。丁度今、どこか落ち着ける場所で話そうと話していたところなんだ」
「そうなると思っていました。それで、こちらにいらっしゃる副神官長様も話を伺いたいとのことですが、御一緒しても大丈夫ですか?」
見ると扉の奥、副神官長がソワソワしているのが見えた。
余程緊張しているっというより、恐れ多いことを口にしてしまったといった感じだろう。
もちろん問題などない。
むしろちゃんと俺の口から聞いた方が、副神官長的にも信用できるはずだ。
サシで話すのは無理だが、マネアさん達に説明しているのを聞いてくれるなら一石二鳥である。
「あぁ、問題ないよ。では早速案内してもらってもよろしいですか?」
俺は少し大きめの声で扉の奥に聞こえるよう伝えると、
「お任せあれ!」
と力強い返事が返ってきた。
ひとまずバンバーラさんのことや、カリーのことは置いておいて、話を先に進める必要がある。
故に俺達は女神の間から出ようとするのだが……あの人大丈夫かな?
「マネアさん、あの……」
「はい?」
「ブライアンさんはあのままで大丈夫ですか?」
俺がそう聞くと、マネアは足を止めて振り返る。
そしてブライアンを一瞥すると、胸に手を当てて祈った。
ーーーそして
「……今はそっとしておいてあげましょう。女神様の前ならきっと立ち直ってくれるはずです」
そう言葉を残し、再び歩き始めて女神の間を去る。
マネアさんは俺が思っているよりもドライな人だった。
その聖女のような佇まい(たたずまい)からは想像できない。
俺の予想では、優しく慰めの言葉を向けて元気づけるのかと思っていたのだが、まさかそのまま放置してしまうとは……
一方、ブライアンをあの状態にさせた当人(ミーニャ)はさっきからなぜか黙っているのだが、ふと見ると不敵な笑みを浮かべている。
あの感じだと何かろくでもないことを考えていそうだが……ブライアンさんに目も向けずマネアの後ろを付いていってしまった。
あまりに不憫なブライアンさん。
久しぶりに再会した時は、あれほど希望に満ちて生き生きした顔を見せていたのに、まさかこんな事になるとは思いもしなかった。
とはいえ、惚れたはれたというのは本人たちの問題だし、どういう結果になろうとも時が解決してくれると信じるほかない。
誰が悪いとかではないが、せめて一声だけ掛けようとするも、それより前にうちの可愛いゲロちゃんが顔をペロペロしてブライアンを慰めていた。
「ゲロ?(この人大丈夫?)」
相変わらずゲロゲロは優しい。
しかしそれでも微動だにしないブライアンを見て、俺は声を掛けるのを止める。
今はそっとしておいてあげた方がいいのかもしれない。
「ゲロゲロ、行くよ?」
「ゲロ(あい)」
俺がそう言うと、ゲロゲロは少しだけ心配そうな目をブライアンに向けた後、俺の胸に飛び込んでくる。
そんな優しいゲロゲロのことを撫でながらも、俺はブライアンを背にして会議室に向かうのであった。
頑張ってくれ、ブライアン。
俺は応援してるよ!
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