第11話 女神の使徒

 気付けば外の日は落ち、大きな月は雲に霞み、ぼんやりとその姿を見せ隠れさせている。


 あれから救護所内は本当に大変だった。


 次から次へと運ばれてくる負傷者たち。


 その多くが深い傷を負った者や死を目前としている者ばかり。


 誰もが運ばれた者達が還らぬ人となる覚悟をし、それでも祈りにも似た気休めの言葉を必死に送り続けていた……悲しみを隠し切れないその瞳で。


 運ばれていく者達も、その優しさを最後に、この世を去ることを受け入れる。



 だが彼らが覚悟する、そんな未来は待ち受けてはいなかった。



 彼らは、まるで夢でも見ているかのような現実を前にする。


 なぜならば、救護所に運ばれた者(その時点で生きている者)全てが、一時間と待たず元気になって戻ってきたからだ。


 手足が欠損した、顔の半分が無くなっている……そんな者達でさえ、元の五体満足な体に戻っていた。



ーーーありえない。



 誰もがそう口にし、未だに現実か夢かの区別もつかない者も多い。


 しかし、それは現実だった。


 突如救護所に現れた女神の使徒と呼ばれる存在。


 その者らは見たこともない力で、凡そ治癒が不可能と思われる者すらも回復させていた。


 そして最後まで外で戦っていた者の中には、その治癒に当たっている男を見て気付く。



 その男が絶望的な魔物の大群を滅ぼした、



   蒼き英雄



である……と。



 その存在に気付いた者が、それを見て同じ人間であると誰が信じようか。


 あの者達は、もはや人の領域を超えている。


 であれば、そこからその存在が何であるかは必然的に導き出されるであろう。



 その者達こそ、女神がこの世界に遣わせた超常の存在である。




※  ※  ※



「ふぅ~。みんなお疲れさん!」



 救護所から負傷者がいなくなったところで、俺達はやっと一息入れることができた。


 既にここには俺達以外の人間はいない。


 他に手伝ってくれていた人達には、最後の負傷者が訪れた際に帰していたからだ。


 メガオタの神父だけは最後まで残ろうとしていたが、めんどくさそうなので無理矢理外に出したのはともかくとして、それ以外の人も何故か全員が俺達を見て「女神様、ありがとうございます」等と祈りを捧げるしまつ。


 一回外に出た時は、まじでビビったよ。


 救護所の周りに千人を超える人だかりができており、その全てが膝を地面につけて祈りを捧げ続けていたからな。


 治療の邪魔だから散ってくれと言ったら直ぐに応じてくれたけど、あのままいられたら落ち着かないことこの上ない。


 そんな訳で、今やっと本当の意味で俺達は息をつけたというわけなんだが……



「アタイ、もうクタクタだよぉ~」



 いつも元気なリーチュンが珍しくバテている。


 だが、それはリーチュンだけではない。


 他のみんなも同じだ。



「わたくしも流石に慣れない回復は疲れましたわ……」


「はい。皆さん本当にありがとうございます。私一人ではどうする事もできなかったです。」



 一番疲れているであろうシロマは、顔を白くさせながらも嬉しそうな笑顔を向ける。


 そんな姿に誰もが心を綻ばせている中、俺は今自分が感じている事を口にした。



「……でもさ、何か俺は嬉しいっていうか、ホッとしたというか」


「わかるぅ! なんか久しぶりだよね! こうやってまたみんな一緒に何かするのって!」



 俺の言葉に共感したリーチュンは少しだけ興奮気味だ。


 さっきまでの疲れた姿はどこかへいってしまったらしい。



「あら? わたくしの心は常にサクセス様と一緒でしたから、そんな事は感じませんわ」


「へぇ~。じゃあ今日はアタイがサクセスと一緒に寝るね!」


「何を言っているんですの!?」



 リーチュンの言葉に、しまった! っという顔を見せるイーゼ。


 しかしリーチュンの追撃は終わらない。



「だってずっとサクセスと一緒にいたから寂しくないんでしょ? だったら、シロマとイーゼはまた今度ね」



 ふむふむ、今日俺は遂に呪いを打ち破る記念日



 とまぁ、二人の会話で妄想を膨らませる俺だが、それにイーゼが猛反論をする。



「却下ですわ! 心と体は別ですのよ!」


「あの、私との感動の再会とかは……」



 イーゼとリーチュンの醜い言い争いの中、先ほどまで笑顔だったシロマの顔が曇る。


 確かに慌ただしかったせいもあり、久々に再会したシロマへの対応が塩過ぎて可哀そうだ。


 もう少し二人の俺を巡る言い争いを聞きたい気持ちもあるが、流石にね。



「はいはいはい、終わり。それよりも、みんなシロマにも言うことがあるんじゃない?」



 その言葉にリーチュンはハッとした顔を見せた。



「そうだ、シロマ! ごめんね! 借りてたお金いくらだっけ?」


「リーチュン!!」


「うそうそ! 久しぶりぃ! 会いたかったよシロマ! ただいま」



 そんな冗談を交えながらもリーチュンがシロマに抱き着いた。



「もう相変わらずなんですから。元気そうで良かったです、本当に。それと、おかえりなさい」


「えっへへー。お互い生きてて良かったね! アタイがいない間、サクセスを支えてくれてありがとうね」


「いえ……それはむしろ皆さんに申し訳ないというか……」



 裏のないリーチュンのその言葉に、少しだけシロマは後ろめたさを感じる。


 そしてそれに対しては、裏がありすぎるイーゼが物申した。



「そうですわよ、シロマさん。あなたには色々と聞きたいことがありますわ……でも、その前にただいまですわね」


「はい。イーゼさんもおかえりなさい。えっと、ですね……はい。後で色々説明します」



 どうやら今夜はいつもの女子会が行われそうな気配だな。


 そんな中、カリーとイモコが戻ってきた。



「サクセス、事情は説明してきたぜ。んだけどよ、おかしなことになっちまった。」


 そう言いながらカリーは浮かない顔を見せるが、どうやらイモコも同じようである。



「それがしも同じでござる。面倒ごとにならなければ良いでござるが……」



 もしかしたら、あのよくわからない祈りの儀式みたいなことが関係しているのか?



「まじか。でも俺達はできることを全力でしたんだし、何も恥じることはないさ」


「いや、そうなんだけどよ。そう言うことじゃなくてだな……って、改めて見るとサクセス。フェイルとそこだけは似ていないな」



 カリーは俺の横にいる三人の女性を見て、苦笑いを見せる。


 俺のハーレムを見て、羨ましいのだろう。


 はっはっは、優越感だぜ。



「それよりも師匠、今夜はいかがされる予定でござるか? 副神官長が宴の席を用意しているので来て欲しいと言付けを預かっているでござるが……」


「うーん。流石に今日はいいや。みんなと一緒にいたいし」


「御意。では後でそれがしが返事を返しに行くでござる。」


「いつも悪いな、イモコ。とりあえずみんな集まったことだし、宿にでも戻るかって……宿とってないんだけど!」



 なんとなくその場の雰囲気で解散して宿へ、と思った俺であるが、急すぎて宿をとっていないことに気付いた。


 今この町は多くの冒険者で溢れているだろうし、今からでも宿をとれるものだろうか。



 最悪はこの場所で休むことになるが……



  するとイーゼが、少しだけ残念そうな顔を見せながら



「サクセス様。実はわたくしとリーチュンが泊っている宿以外で、一部屋だけずっとリザーブしている部屋がありますわ」



と口にする。


 なんでそんな辛そうというか、悔しそうな顔で言っているかはわからないが、非常にありがたい話だ。


 それなら男性陣はそこに泊って、女性陣は今泊っているところで寝ればいい。



「本当か!」


「はい……こんなこともあろうかと……」


「流石イーゼだ! 本当に頼りになるな!」



 イーゼの下心に気付いていない俺は、素直に感謝を伝える。


 そんな俺を見て、「再会した後、時間が出来たら連れ込むために入念に準備していた」等とは口が裂けてもいえないイーゼ。


 本当はリーチュンやシロマに知られたくはなかったが、サクセスを大切に想うが故にそれを口にしたのである。


 と言っても、既に第二、第三の作戦を考えた上での発言であるが……。



「見直したわ! イーゼ!」


「はい。流石イーゼさんです。」


「かたじけないでござる。」


「流石サクセスの嫁だな。」



 等とイーゼは全員から賛辞を贈られ、どういう顔をすればいいのかわからなくなっていたが、それでも



「サクセス様への愛あればこそですわ」



とだけ口にした。



 やはりイーゼはブレない。



「よし、じゃあイーゼのお蔭で問題も無くなったことだし、行くか。」


「サクセスさん、それでは私達女性陣は以前と同じ場所で、男性方はイーゼさんが予約していた宿でよろしいですか?」



 俺がそう言うと、シロマが確認してきた。


 確かにちゃんと伝えて無かったな、と思いつつも、少しだけシロマは浮かない顔をしている。



「ん? あ、そうだね。シロマも久々にみんなと一緒に寝られるから楽しいだろ?」


「はい。嬉しい反面……少し怖いですが……」



 あぁ、イーゼ達よりも先に俺と行動していたことが後ろめたいのかな?


 まぁ聞かないでおこう。



「あ、でもその前にみんなで飯にする?」


「さんせーーー! アタイ、お腹ペコペコだよぉ~」


「オッケー。じゃあ開いてそうな店で飯を食ってからだな。」



 俺がそう言うと、全員お腹を空かせていたようで文句を言う者はいない。


 ということで、リーチュンお勧めの飯屋に行くこととなったのだが……中々落ち着いて食事や会話を楽しむのは難しかった。


 それもそのはず、負傷者たちは既に元気を取り戻しており、多くの者が今日の戦いで生き残れたことに喜び合い、各地で宴が行われている。


 そんな中、今や町中の人の間で有名となった俺達が現れれば、そりゃあもう大惨事となるのは必然だった。


 次から次へと俺達の席に人が集まって、とてもじゃないけどゆっくり食事や話し合い等できる状況じゃない。


 そのため食事をさっさと済ませることにした俺達は、明日の集合時間と場所だけ確認して解散するのであった。


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