第5話 希望の光

【東側の戦場:第二ライン】



「リーダー! もう持ちこたえられません! やはりリーチュンさんを呼んだ方が……」



 現在東側も西側と似たり寄ったりの状況であり、なんとか第二ラインで持ちこたえているに過ぎない状況だった。


 一つだけ西と違うとすれば、この大軍の総指揮官であるザンダーは第二ラインで指揮を執っている。


 第三ラインと第四ラインにはそれぞれ信頼する仲間を配置しているからだ。



「甘ったれるなジロー! この町を守るのはこの町の冒険者である我々だ! それに大恩あるあの方をこんな死地に招いてどうする!」


「わかってますが……けど、リーチュンさんだって……」



 ジローもザンダーの気持ちはわかるが、それでもこの絶望的な状況ではリーチュンの強さを期待してしまう。


 これまで何度も命を救ってもらっておきながら、こんな時まで助けを願う自分が浅ましいとも思うが、それでも生きるか死ぬかの状況では仕方のないことであった。


 ザンダーとて、リーチュンの加勢があればどれだけ救われるかとは思うが、それでもこの数を相手にすれば、彼女は間違いなく死ぬだろう。


 あれだけの強さを持った者であればこそ、こんなところで死なせる訳にはいかない。


 例え……町が滅んだとしても。


 だからこそ、緊急の鷹を飛ばしてまでリーチュンに戻って来ないように伝えたのである。



「リーダー! もう持ちません! 第三ラインは何やってんだよ!」



 なんとここにきて、第三ラインからの援護が止まってしまった。


 賢者部隊の援護は、回復魔法、補助魔法、そして攻撃魔法と多岐に渡る。


 その援護なしでは即座に全滅してもおかしくないのだが、東軍には非常に高レベルの賢者が揃っていた為、この戦場の中では一番まともに戦えていた。


 その為、東側だけは依然として第三ラインに敵を近寄らせてはいない。


 それにもかかわらず援護が減っていたのは、偏に(ひとえに)賢者部隊の意識が他の場所にも回さなければならない状況が起きていたからであった。



【東側の戦場:第三ライン】



「アイラさん! 流石にもう無理ではないでしょうか? 第二ラインが崩壊しそうです!」



 緊迫した状況の中、伝令が司令官であるアイラに具申する。



「わかってます。では、二人だけこのまま土壁を……足りないのは承知です。それ以外は第二ラインの援護に戻って下さい。」


「わかりました。伝令より伝える。そこにいる二名を残して第二ラインの援護に戻れ! 急げ!」



 アイラの指示により、賢者部隊は再び第二ラインの援護に戻った。


 先ほどアイラが土壁と言っていたのは、


   【アースウォール】


という魔法で作った壁のことである。


 なぜそんな事をしていたかと言うと、これには理由があった。


 今回、魔物の襲撃は北、西、東側であったため、三方面に部隊が配置されている。


 そしてここ東側では、第二ラインの部隊がかなり粘ってくれたお蔭もあって、未だに部隊は崩れていないものの、その結果戦線が広がり過ぎて、一部の魔物達が防衛戦力のいない南側に侵攻を開始してしまったのだ。


 それに気づいたアイラは、南側に向かわれたならば確実に町が落とされると考え、迂回先の南側に土壁を大量に設置しその侵攻を防いで……いや遅らせていた。


 だがその結果、さっきまでギリギリで持ちこたえていた第二ラインが崩れようとしている。


 アイラは指示を出し、自らも魔法で援護しながらも迷いが晴れない。


 南に向かった魔物は思ったよりも多く、たった二人の賢者ではこれ以上侵攻を遅らせることはできないだろう。


 しかしこのまま第二ラインが崩れれば、結局は同じこと。


 それであればやはり優先するのは第二ラインの仲間達だった。



「お願いジロー……生きて……」



【東側の戦場:第二ライン】



「まずいぞ! あれはまずい! ジロー小隊長!」


「わかってる! だけど……やるしかないんだよ! それでも俺は言うぞ、生きろ!!」


「そんな無茶な……だってあれは……デスサイズマイラですよ! 生きろっていうなら……」


「逃げたければ逃げろ! 俺は戦う! そして必ず生き残って見せる!」



 死を覚悟しながらも、生を諦めないジロー。



 彼は無謀だとわかっていても、それでも前に出て盾を構えた。


 その先にいるのは、遠くから疾風の如き速さで近づいてくる巨大な魔物



   デスサイズマイラ



 これまでジローたちが相手にしてきた魔物もかなり危険な魔物であったが、あれは格が違った。


 デスサイズマイラとは、凶悪化される前でさえ討伐した者はいないと言われている伝説級の化け物。


 巨大なライオンの胴体をしたそいつは、三つの髑髏顔と骨の翼を持つ悍ましい(おぞましい)姿で、その戦闘力は見た目通り凄まじく、例え勇者であっても倒せるかすらわからない正真正銘の化け物である。



「アイラ……俺に勇気をくれ!」



  【大防御・剛】



 ジローが大地に盾を突き刺し、デスサイズマイラの攻撃を待ち構えたその時、全身に力が湧き上がる。


 なんと賢者部隊がギリギリ間に合ったことで、支援魔法がジローに届いたのだ。


 ジローの祈りはアイラに届いてきた。


 そして防御バフが自身にかかる事で、言葉通り勇気をもらったジローは、目の前に迫るデスサイズマイラを睨みつけた!



「来るなら来い! 俺が相手だ!」



 デスサイズマイラはその巨体に似合わない速度で、目の前のジローに突撃しようとし……そして止まった。



「何っ!?」



 全身の力をためて防御していたジローだが、その行動に目を大きく見開く。



ーー次の瞬間、



 デスサイズマイラが三つの口を大きく広げ、そこから灼熱の黒炎を吐き出した!



「ぐ、ぐががぁぁぁぁぁ!」



 その黒炎はジローの盾を溶かし、遂にはジローの全身を包み込んだ。


 デスサイズマイラが放つ灼熱の黒炎の前では、大防御も防御バフもほとんど意味をなさない。


 そしてその黒炎はジローだけにとどまらず、その後ろにいた冒険者達も次々と焼き尽くしていく。


 だが部隊全員が消し炭になりかけていたその刹那、突然ブレスが止むと、瀕死ながらもその場にいた全員がギリギリで生き延びた。



ーーーそして



  【ライトヒール】



 その言葉が聞こえると、その場にいた全員が蒼い光に包まれ、死にかけていた冒険者達の傷がみるみる塞がっていく。


 その状況にジローはあの時の事を思い出した。


 そう。


 リーチュンに初めて助けられた時の事である。


 直ぐにでも今自分を助けてくれた彼女に目を向けようとするも、這いつくばったまま体が動かない。


 今ジロー達が受けたライトヒールという魔法は、通常の回復魔法と違って即座に傷を癒すが、減った生命力や血液までは回復させない。


 その為、瀕死の重傷であった場合は、回復後すぐに動く事はできなかった。


 それでもジローは、何とか言葉を口にする。



「ぎ、ぎでくれだん……ですね。りーじゅ……さ……」



 しかし、返ってきた言葉はリーチュンの声ではなく、男の声であった。



「しばらくそこで休んでてくれ。」



  【ライトプリズン】



 目の前にいる男がそう魔法を唱えると、今度は第二ライン全体が光のドームに包まれる。



「な、なにを……あな……だば……いった……い?」



 ジローの質問にその男は短く答えた。



「俺はサクセス。後は俺に任せろ」


 

 その言葉を残し、彼は一人で魔物達に向かっていく。


 そこでジローはある事を思い出した。


 それは以前酒場で話したリーチュンとの会話。



※  ※  ※



「アタイね、サクセスの力になりたいの。まだまだサクセスには全然及ばない。だけど少しでも彼の隣を胸を張って歩く為に、アタイは一人で修行を続けるわ。だからごめんね」


「い、いえ。こちらこそ無理なことをお願いしてすみません。でも信じられません。リーチュンさんより凄い人がいるなんて……」


「あはは……まぁ仕方ないよね。でもね、サクセスは本当に強いわ。それに強いだけじゃないの。サクセスはアタイにとって光なんだ」


「光……ですか。リーチュンさんが言うのであれば、そうなんでしょうね。私もいつかその光を目に出来たら光栄です」



※  ※  ※



 そして完全に思い出した。



(サクセス……サクセスって、リーチュンさんが探していた人だ! あのリーチュンさんが最強だと言っていた……)



 それを思い出すと同時に、ジローは目の前で彼一人によって引き起こされている異常な光景を目の当たりにする。


 なんとそのサクセスという男は、未だ千を超える魔物達を次々に倒して……いや次々なんていうレベルではない。



 それはまさに圧倒的だった。



 広範囲に空から何かが落ちて魔物を圧殺しては、無数の光の刃が飛び交い、魔物達を消し去っている。


 彼が今簡単に消し去っているのは、一匹一匹が大勢で囲んでなんとか倒せるかどうかという化け物クラス。


 それをまるで作業の如く、一瞬で数十、数百匹を纏めて塵に変えていた。


 彼の前では全てが平等に消滅している。


 自分達が何とか倒せる魔物も、一匹で国が亡びるような魔物も……


 その全てが彼の前では完全に無力であった。



「し、信じられない。彼は人間なのか?」



 大分回復してきたジローは、その場でその光景をただ眺め続け



……そして呟く。



「あの人こそ、あの人こそ人類の希望だ! リーチュンさん、私にも見えました。あなたが信じた光を……」



 気付けば、あれだけいた凶悪な魔物の姿がどこにも見当たらない。


 ただ一つ、彼の目に映ったのは……




ーーー蒼く輝きを放つ、希望の光だった。


 

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