第2話 サクセス、帰還する

ーーー時は少し遡る。



 サムスピジャポンで無事シルバーオーブを手に入れたサクセス達は、遂に元の大陸にある


   【ルーズベルト】


へ到着していた。



「いやぁ、やっと戻ってこれたな。船旅も楽しかったけど……やっぱ、陸っていいね」



 甲板から降りて陸に上がった俺は、大きく腕を広げて伸ばし、そんな事を口にする。



「俺にとっちゃ、毎日釣りができる船旅は最高だったけど、まぁサクセスの気持ちはわからなくはないな」



 俺の言葉にカリーがそう反応するも、俺とは違い、少しだけ名残惜しそうだった。


 カリーからしてみれば、釣りが趣味と言っていたので、ゆっくりと流れる時間の中で釣りができるのはたまらなかったのだろう。


 といっても、俺だって少しは名残惜しいけどね。


 実際、俺達が乗っていた船【覇王丸】は必要な物は殆ど揃っていたし、何よりも娯楽施設が充実していたので、退屈とは無縁であり、最高に楽しい時間だった。


 一つだけ文句があるとすれば、この俺の横を何食わぬ顔で歩くカリーに、毎日ビリヤードやダーツでボコボコにされたのだけが不満であるが、ムキになって連日勝負を挑んでいたのは俺なので文句は言えねぇ。



 結局最後まで勝てなかったよ



……でも次は勝つ!



 とまぁ、着いてみれば長くも短い素敵な船旅であったが、久しぶりに踏みしめる大陸の大地に俺は感動している。


 やっぱ揺れない地面ってのはいい。


 海の上にいた時間が長くて、まだ少しだけ足がふわふわしている感じは残っているけど、しばらくすればこれも無くなるだろう。



 むしろ、この感覚にもう少し浸りたいすらある。



「そういえばイモコ。随分あっさりした別れだったけど、あれで良かったの?」



 俺はそのままゆっくりと市場に向かって歩いていたのだが、ふと後ろを黙ってついてくるイモコが気になって尋ねた。


 今しがたお世話になった船員や覇王丸に別れを告げたのだけど、俺達はともかくとして、イモコは随分あっさりとした別れ方をしていたからである。



「それでは皆の者、達者に過ごすでござる」


「はっ! 大野将軍もどうかお元気で」



 そんな一言で終わってしまうのだから、俺としても少しだけ心配だった。


 もしかしたらイモコは俺に気を遣ったのではないだろうか。


 しかし、イモコは首を横に振った。



「問題ないでござる。それがしにはあれで充分でござるよ。それに毎日あれだけ飲んで騒いだでござるから、今更別れの言葉も何もないでござる」



 どうやら気を遣ったわけではないらしい。


 イモコがいいって言うならこれ以上言わないけどさ。



「そういうもんなのかな。まぁいいや。とりあえず今後の予定として、町で消耗品やアイテムを補充したら一度マーダ神殿に戻ろうと思う。キマイラの翼は登録してあるから、ここからでも直ぐにいける」


「御意」



 イモコがそう短く返すと、聞いていた皆も小さく頷いた。


 一方俺は、こんな風に冷静に話しているが、内心では相当焦っている。


 理由は簡単だ。


 ミーニャさんやマネアさんとの約束を完全に忘れていたからである。


 キマイラの翼の登録地をマーダ神殿にした理由は、一ヵ月に一度報告会をするという約束の為であり、それにもかかわらず、俺は旅立ってから一度も戻っていなかった。


 ぶっちゃけ、合わせる顔がねぇ。


 何と言えば……いや、言い訳は言うまい。


 色々大変だったけど、少なくともサムスピジャポンに向かう前は行く事ができたし、普通に忘れてただけだ。


 それをここにきて思い出すとは……そう言えばシロマは手紙を送ったとか言ってたっけ?


 まぁいいや。とにかく戻ったら真っ先に俺がやるべきは……



 土下座だな。



 そんな事を悶々と考えて歩いていると、いつの間にか町中央の市場までたどり着いていた。


 そこで俺はみんなに伝える。



「じゃあここでそれぞれ必要な物を揃えてきてくれ。ちょっと個人的な事情でそんなにゆっくりする時間はないから、一時間くらいでいいかな? 終わったら町の門の外に集合だ。」



 焦っているとはいえ、準備は大切だ。


 ここには大きな商業ギルドもあるし、港町ゆえに様々な物が置いてある。


 ここでしか買えない物もあるだろうし、買える時に買った方がいいだろう。


 それに俺とは違い、イモコは長くこの町にいたのだから、挨拶くらいはさせてあげたい。


 またいつ来れるかわからないし、船員達とは違って久しぶりに会うのだからね。



 そして俺がそう告げると、それぞれが自分の行きたい店等に向かっていく。


 かくいう俺はというと、この町には特に親しい知り合いがいる訳でもないし、挨拶をする必要もなかったので、ゲロゲロを連れて適当にその辺をブラブラし始めた。


 俺の隣ではゲロゲロが嬉しそうに歩いている。


 どうやら久しぶりの散歩が楽しいようだ。


 そういえば、動物は一日一回は散歩させるのが普通なんだっけ?


 俺はそんな事をした記憶はないけど、毎日が散歩みたいなもんだからいいっしょ。


 なんにせよゲロゲロが楽しそうに草むらにダイブしたりしている姿を見ているだけで、なんだかホッコリする。

  

 

「おぉーい! ゲロゲロ! あんまり遠くへ行くなよ。危険だからな!(周りの人が)」


「ゲロン!(わかった!)」


 

 言葉にしなくても俺の気持ちは伝わっているだろうが、やっぱり少しだけ心配だ。


 なんせここは市場から少し離れたとはいえ、普通に子供とかが花を摘んだり、遊んだりしているからね。


 間違ってぶつかるようものなら大惨事になる。


 あんな可愛い姿してるけど……あいつ、魔王瞬殺できる程強いからね。


 俺がそんな心配をしながらも、昆虫を相手に狩りをしているゲロゲロを見守っていると、やがて飽きたのか戻ってきた。



「くぅ~ん、ゲロゲロ(虫動き遅い。飽きた)」



 やっぱ飽きたんかい!


 つかゲロゲロの速度に反応できる虫がいたら……それ、戦闘案件だからね。



「そうかそうか。そういえばゲロゲロは船の時も海にダイブして魚捕まえてたな」


「ゲロゲロ(あれは面白かった。またやりたい!)」


「ははっ。楽しかった?」


「ゲロ!(うん!)」


 

 そう言いながら、その小さな体で俺にダイブして甘えるゲロゲロ。


 やはりかわいい。


 でも俺以外にはやめてね。


 そのダイブ、間違いなく人を殺す威力よ?



 そんなこんなでまもなく約束の時間が近づいてきたため、町の門に向かって歩き始めると、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。



「師匠!!」



 イモコが後ろから走ってくる。



「お、イモコ。もう用事は済んだの?」


「左様でござる。一通り挨拶してきたでござるが、少しだけ冒険者ギルドで足止めをくらったでござるよ」


「ん? なんかあった?」


「いえ、大したことではないでござる。師匠に会わせてくれとしつこかっただけにござる」


「え? まじ? 俺になんか用があったのかな? 顔くらいだせばよかったかなぁ」



 俺のせいでまたイモコに面倒ごとが……


 もしかしたら何か大事な知らせでもあったのかもしれない。


 いつもいつも申し訳ない。



「問題ないでござるよ。師匠の強さにあやかりたいだけでござる」



 そういってあいまいに返答するイモコ。


 よくわからないけど、本当に必要なら俺を呼びにくるか。



「うーん。そうはいってもねぇ。また今度来たら顔だけは出した方が良さそうだね」


「それで充分でござる。それでは御供するでござる」



 そう言ってイモコは話を打ち切り、俺の後ろを歩いて付いてくる。


 道は広いんだし、横に並んで歩いた方が話しやすいんだけど、いつもイモコは俺の後ろを歩くんだよな。


 まぁ、間もなく門に着くからいいけどさ。



 そして俺達が門の外へ出ると、既にシロマとカリーが待機していた。



「よし、じゃあみんな揃ったな。ではこれからキマイラの翼でマーダ神殿に向かう。何かやり残したり忘れ物とかない?」



 一応確認する俺。


 みんな俺じゃないんだから大丈夫だとは思うけどね。



「はい。必要な物は全部揃えました。問題ありません」


「俺も問題ないぜ。そうだ、サクセス。アレ、また仕入れてきたからな」



 シロマは普通に買い物しただけのようだが、俺はカリーの言葉にピクっと反応する。



 カリーが言うアレとは……まさか!?



「……アレか!? まじで? 在庫あったの?」


「あぁ、バッチシだぜ。ちと値が上がってたけど金は腐るほどあるしな。買えるだけ買っといてやったぜ」



 ニヤリと笑みを浮かべるカリー。


 どうやら俺がアレを相当気に入っているのを覚えてくれていたらしい。


 実際、アレの実用性はかなりな物であって、サムスピジャポンでも相当助けられた。


 俺としては、その効力よりも何とも言えない背徳感がたまらないわけなんだが……


 いずれにしても流石はカリーだ。


 抜け目がない。



「ひゃっほー! ナイスだぜ、カリー」



 俺はカリーの報告に文字通り飛びあがり、歓喜を体で表した。


 そんな姿を胡乱(うろん)な目で見つめるシロマ。



 違います、これは違います。


 そんな目で見ないで!



 ちなみにアレってのは、アレですよ。


 お嬢様……おっとこれ以上は言えねぇな。



 そんなわけで特に誰も忘れた事とかはないようなので、俺達はキマイラの翼を使ってマーダ神殿へと向かうのだった。

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