第五部 そして伝説へ

第1話 昼下がりの急報

第一話 昼下がりの急報




 ゴーン……ゴーン……ゴーン……



 町の人々が丁度ランチを食べ始めた頃、突然神殿の大鐘が大きく揺れると、轟然たる音を三度響かせる。


 その音は瞬く間に町中に響き渡り、それを聞いた住民達は食べる手を止めて顔を青褪めさせた。


 誰もが知っているその合図。


 神殿の鐘が三回鳴ることの意味することは、未曽有の危機が町に迫っていることを意味する。


 それを聞いた住民達は慌ただしく家の中を動き始めた。


 直ぐに逃げられるように、必要な荷物等を纏める必要があるからである。



「急報! 急報! モンスターの襲撃! 冒険者はギルド本部へ! それ以外の住民は避難所へ集まれ!」



 大鐘の音が鳴り響いて少し経つと、今度は兵士の張り上げる声が各所で聞こえてきた。


 これにより状況を把握した者達が、それぞれの行くべき場所へと向かっていく。



  ※  ※  ※



 その日は朝から奇妙であった。


 なぜならば普段町の周りに現れるモンスターが一匹も見当たらなかったからである。


 仕方なく冒険者達はいつもよりも遠出を強いられたのであるが、そこで目を疑うような状況を目にした。


 遠目からでも言える、大きく蠢く存在。


 そう。


 数えきれない程に集まったのモンスターだ。


 奇しくもそれは、他の方角へ遠征した冒険者達も各方面で目撃することとなる。


 当然そんなものを目にした者達は一目散に町へと逃げ始め、それをギルド本部に報告した。


 報告されたのは三カ所。


 町から出て、東、西、北の三方面である。


 理由はわからないが、南側だけは特に変わった様子はない。


 いずれにしてもその報告を受けたギルド長は、遂にこの時が来てしまったと額から汗を滴らせながらも、神殿へと向かった。



「ギルド長。その情報に間違いはないか?」



 神官長はいつにもまして神妙な顔つきでギルド長に確認する。



「はい。たった今戻ってきた冒険者達に直接確認をとりましたが、残念ながら確かな情報です。想像よりも早く来てしまいましたな。とりあえず大鐘を使って住民達に周知していただきたい」


「うむ。わかっておる。では以前から決めていた通り、ワシが現場で指揮を執る。大至急戦える冒険者全てをギルド前の大広間に集めるのじゃ。そして作っていた編成表を配っておくのじゃぞ」


「わかりました。では後ほど」



 ギルド長は短く返事を返すや、急ぎ足で本部へと戻っていく。


 残された神官長もまた、直ぐに大鐘を鳴らすように指示を出した後、装備を携えて広場へと向かった。



 それからしばらくして、広場には五千人を超える冒険者と兵士が集まり、その場は喧噪に包まれている。



「おい、まじなのかよそれ」

「あぁ、俺の仲間が直接見たから間違いない」

「嘘だろ! 俺、明日上級職に転職する予定だったのに!」

「馬鹿か! そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」


 

 広場の各所でそんな話が繰り広げられていると、そこに武装した神官長が現れた。


 そして高らかに声を張り上げ、演説を始める。



「皆の者! よくぞ集まってくれた。既に知っての通り、今再びマーダ神殿は脅威に晒されておる」


「あの大戦からまだ日も経たぬうちに、あの時以上に危機的状況じゃ」



 そこまで聞き、集まった者達の顔は俯き始める。


 理由は二つあった。


 一つは、この状況について一番偉い者からはっきり言われたことで明確に死の危険を実感したこと。


 二つ目は、今演説する神殿長の近くに、以前とは違って勇者の姿がないこと。


 

 この二つの事実が、集まった者達の士気を下げてしまう。


 それを神官長は肌で感じながらも、より力強い声で演説を続けた。



「皆の者の不安は重々承知しておる。しかし、時は待ってはくれぬのじゃ。魔物の軍勢は既にこの町に向かってきておる。それらを撃退し、この町、ひいては世界を守ることができるのはそなたたち英雄一人一人なのじゃ。この場に勇者様がいないのはもうわかっておるじゃろう。だがしかし! それでもここを我々で守りきらなければ、この町も……人の世界も滅びるじゃろう!」


「主らに大切なものはおるか? ワシにはおる!! この町に住む全ての住民がワシの宝物じゃ。だからこそワシは最前線で戦うつもりじゃ! 皆も大切な者達を守る為に命を賭して戦うのじゃ。どうか力を貸してほしい。我々で世界を救うのじゃ!」



 神官長はそこで演説を終わらせる。


 その演説に込めた熱量は、到底じいさんが出せるものではなく、歴戦の大将軍の鼓舞のようにその場にいる者達の心を熱くさせた。


 そして一瞬静まり返った後、広間に轟雷の如く声が湧き上がる。



「うおぉぉぉ! やるぞぉぉ!」

「俺もだ! 俺が英雄だ!!」

「子供の未来はおいらが守る!」



 それぞれがそれぞれの想いを声を出し、胸に秘めた不安を吹き飛ばす。


 誰もがわかっている。


 自分達はここで戦い抜かねばならないと。


 ここで逃げる訳にはいかない!


 そういった想いは瞬く間に伝播していき、士気は最高潮を迎えた。



 そして受け取ったリストを確認すると、急いで全員が持ち場へと向かい始める。


 

 今回魔物が現れたのは、町の東、西、北の三カ所であるため、各方面に三つの大隊を配置している。


 一番敵の数が多い北側には、神官長を始め、神殿兵を含めた約二千人。


 そして東西には、各千五百人の冒険者。


 残った非戦闘員である住民達は、比較的安全と思われる南側に集まって補給所を設営し、町の中央には回復専門の神官が詰める救護所も設置する。


 これで全ての準備は整った。


 事前に何度も首脳会談で対策を練っていたのもあり、目立った混乱もなく、ここまでは順調に進んでいる。


 ただやはり問題は戦力差だ。


 物見の報告によれば、敵の数は三千匹以上であり、更にその後続からも増え続けているらしいので、実際何匹を相手にするか把握しきれていない。


 とはいえ、今回町の防衛に付いている人側の軍勢は五千人を超えているので、人数だけを見れば対抗は可能だ。


 だが問題はそこではない。


 今回現れた魔物が、全て凶悪化された魔物であるならば、数の優位など簡単にひっくり返されるということ。


 普段から五人一組で魔物一匹を囲んでやっと倒せるレベル。


 それを考えるならば、今の十倍の人数は欲しいところである。


 今回は強襲というのもあり、他からの応援は期待できない。


 それにそもそも他国には応援に向かわせられる兵や冒険者はいない状況。


 つまりは、どう足掻いても孤軍奮闘は免れないということだ。


 そんな状況の中、遂に各方面で戦闘が始まった。



 序盤は前大戦と同じように、賢者や魔法使いが一斉に遠距離から魔法を放つ。


 前回以上に冒険者のレベルは上がっており、かつ、賢者に転職した者が増えたのもあって、その破壊力たるは周辺の地形を変える程の威力であった。


 これにより多くの魔物を倒せれば御の字だが、やはりそうはいかない。


 こちらの威力も上がっているが、凶悪化された魔物の耐久力は想像以上であり、一斉砲撃してなお、ほとんどの魔物はそのまま向かってきている。


 だがそれでも今の効果は大きい。


 少なからず魔物の行軍速度は落ちたし、倒されて塵になった魔物もいる。


 今は少しでもその数を減らすことが最優先であるため、序盤の攻撃はまずまず成功ではないだろうか。


 特に冒険者だけで作られた東西の大隊の成果は一際だった。


 逆に魔物の数が多い北側では、遠距離攻撃が可能な者がそこまで多くなく、そのほとんどが無傷の状態で迫ってきている。


 そして本番はここからだ。


 予め戦場には第一ラインから第四ラインまで定められており、町から一番遠い第一ラインでは、既に接敵した魔物との戦いが始まっている。



「ぐ、がぁぁぁ!!」

「誰か! 誰か応援を頼む!」

「助けてくれぇ~!!」



 戦闘開始直後こそは魔法で弱まっていた魔物相手であったため、優勢にことを運んでいたのだが、次々と後続から押し寄せる魔物達に、冒険者や兵士達はすぐに押され始め……次々と殺されていった。


 それはまさに阿鼻驚嘆な光景。


 戦場の各地から悲鳴が鳴りやむことは無い。


 あまりに力の差があり過ぎる。


 確かに冒険者達は五人一組で凶悪化された魔物を倒してきた。


 しかしそれは、凶悪化された中でも比較的弱い魔物相手にだ。


 つまり今回のように、各地より集まってきたレベルの高い凶悪化された魔物とは戦ったことがないということ。


 そして今回は一匹一匹が、実際には百人規模で戦わなければ勝てないような魔物も多い。



 ーーであれば、当然迎える結果は……



 一方的な虐殺である。



「無理だ! 無理! こんなの聞いてない!」


「下がるぞ! 第二ラインの仲間と合流して……」


「無駄だ。第二ラインも既に崩壊してる……俺達は……全滅だ!」



 いくら士気が高くなろうとも、圧倒的な力の前では為す術がなかった。


 戦術? 連携?


 そんなものは目の前の化け物達相手には何の意味もなさない。


 あれらは完全に人が対処できるレベルを超えている。


 そして一番悲惨な場所は、神官長率いる大部隊のある北側だ。


 既に第一ラインから第三ラインまでの兵士達は全滅し、大地は血の色に染まっている。


 殺された兵士達は踏みつぶされて原型が無くなった者もいれば、魔物達に食べられている者もいた。


 口に人肉を咥えながらも、魔物達はデッドラインである第四ラインまで押し寄せてきている。


 その光景は完全に地獄絵図であり、崇高な思想を持った精鋭部隊であっても、その様相を見るだけで足がガタガタと震え始め、今直ぐにでも逃げ出した気持ちを強く押さえつけていた。



「神官長様! これ以上前線を下げることができません!」



 その報告の通り、生き残った二百人の精鋭部隊が立っている場所は、町から最も隣接した第四ライン。


 そこを抜けられて一斉攻撃を受ければ、如何に女神様のバリアといえど長くは持たない。


 もしそうなれば、町に残った住民達は瞬く間に殺されてしまい、女神像も壊されることになるだろう。



 それは……人類の敗北を意味する。



「戦うのじゃ! 散った仲間の為にも、命を懸けて戦うんじゃ! 見ておれ、ワシが最後の特効を仕掛ける!」



 既に作戦は何もなかった。


 報告を受けたところで、この状況を覆せるようなものは何もない。


 あるとすれば、残った命で少しでも魔物の数を減らすことだけ。


 しかし残った兵士達は戦意が失われており、このままではただ死ぬこととなるだろう。


 そんなことは許容できないと神官長は決断した。



 自分があの恐ろしい魔物達に立ち向かうことで、生き残った者達に勇気を与えようと。



 間違いなく自分は死ぬが、それでも残った仲間が魔物を退かせてくれればそれでいい……。



 そう願いを込め、勇ましく一歩を踏み出す……が、それを隣にいる副神官長は止めた。



「お待ちください! 神官長様! 無謀過ぎます!」


「侮るでないわ! 見ておれ! あの程度の魔物、ワシが蹴散らしてくれるわ!」



 強引に引き留める部下を振り払うと、神官長は魔物の群れに向かって突撃する。



「みておれ、我が最終奥義!」



  【グランドクルス】



 神官長は地面に錫杖を突き刺すと、パラディン最強とも言える必殺技を放った。


 その杖から放たれた聖なる十字の光は、魔物達に向かって飛んで行くも、先頭を歩くヘルゴレムスの前で霧散する。



「ば、馬鹿な……ワシの必殺技が全く効かないだと……」


 

 全身全霊の力を込めた神官長の必殺技。


 それでも魔物一匹すらも倒すことが出来なかった。


 そのあり得ない状況に茫然としていると、一匹のデスパンサーと呼ばれる虎型の魔物が接近し、その爪一振りで神官長の首を胴体から刎ね飛ばした。



 飛ばされたその首は、コロコロと第四ラインを守る兵士の前に転がってくる。



 その顔は苦悶に満ちていた……。



「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁ!」

「逃げろ! 逃げるぞ! 俺は逃げる!」

「し、神官長さまぁぁぁぁ!!」



 第四ラインはパニックに陥った。


 最後の要とも言える存在。


 その呆気ない死と無残な姿に、ギリギリで精神を保っていた者達が一気に崩れてしまった。


 もはやその場に立ち向かおうとする者はおらず、一秒でも長く生きることしか頭にない。


 そうなると、思いもよらない行動をとる者が出るのは必然であった……



「早く! 早く門を開けろ!!」



 押し寄せる魔物の軍勢を背に、必死で町の門を開けようとする神官達。


 この聖なる門は、実は外側からでも開けることが可能だった。


 神官のみが使うことを許されるとされている



  開錠魔法【アルバム】



 これを使うことで門を開くことができるが、それは一時的に町を守るバリアに穴をあけることに等しい。



 その様子を見た、副神官長は必死に叫んだ。



「やめろ! 皆の者、戻れ! 神官長様が仰られたことを忘れたか!」


「うるせぇ! 既に死んだ奴の命令を聞く義理はねぇ!」



 普段からは考えられない程、野蛮な口調で言い返す神官。


 明確な命の危機を感じたが故、もはや理性等というものは意味をなさない。


 今あるのは、とにかく町の中へ逃げること。


 その結果、町の住民が死のうと、女神像が壊されようと、そんなことを考える余裕はない。



 それでも副神官長は開錠魔法を止めようとするが、ここに逃げた神官は一人ではなく、ほぼ全ての者が逃げてきたため、全員の魔法を止めることは不可能であった。



  【アルバム】



 遂に一人の神官によって、聖なる門は開かれてしまった。


 そして流れ込むように神官達が町に入っていくと、その後ろから猛スピードで接近してくる魔物がいる。



 デスパンサーだ。



 五匹からなるデスパンサーの群れは、その驚異的な脚力をもって開かれた門に向かって飛び込んでくる。


 それに気づいた神官が門を閉めようとするも、時すでに遅し。


 五匹全てが門を潜ってしまい、近くにいる神官達を食い殺し始めた。



 それを見て、副神官長は膝から崩れ落ちる。



「終わった……もう……終わった。人類は終わりだ……女神様、どうかお許しください。そして願わくば、愚かな我々をお救い下さい。」



 戦うことを諦めた副神官長は、地面に頭を付けて女神様に御祈りを始める。


 この魔物ひしめく場所でそのような行為は自殺行為であるが、もはやどこで何をしていようと自分の死は免れない。


 それであればせめて女神様に懺悔と御祈りを捧げることこそが神官として最後にできることだと考えたのだ。



 門の中から聞こえてくる仲間達の悲鳴。



 それもやがて聞こえなくなってくると、どういう訳かその場から音が無くなった。



 全員殺されたのであろうか?



 いや、普通に考えればそのまま町を壊し始め、次々に魔物が雪崩れ込んでくるはずだ。


 しかし、どういう訳か不気味な程の静寂がその場を覆っている。



 不思議に思った副神官長は顔を上げると、なぜか魔物達の動きが止まっていた。


 そして振り返ると、門の中から一人の青年が現れるのが見える。


 その男は空高く剣をかざすと、そこから蒼白い光が上空を貫くように伸びていき、その男はそれを魔物達に向かって放った。



  【ディバインチャージ】



 なんとその蒼き光は、押し寄せて来た直線上の魔物全てを塵に変えてしまう。



 その威力たるは想像を絶する破壊力。 



 非現実的なその光景に目を取られていると、再び門の中から数名の男女とモンスターが現れた。



「サクセス、町に入った魔物はもういないぜ。」


「サンキュー、カリー! よし、みんなやるぞ!」


 

 そう号令をかけ、蒼き光で魔物を屠った青年の名は



ーーサクセス



 ここから戦況は大きく変わることとなるのであった。

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