第13話 イーゼ④

「うわ~、暗いね~」


「そうですわね。これだと進みづらいから明るくしますわ」



【バーンウィスプ】



 イーゼが呪文を唱えると、眩い光を放つ二つの火の玉が宙に浮かび上がると、辺りを照らし始める。



「すごっ! まぶしーー!」


「これで少しはまともに進めそうですわ」



 周囲が明るく照らされた事で、さっきまでと違い、通路の奥まで見えるようになったのだが……



「……見えないね。メタルちゃん」



 流石に暗い状況でメタルモンスターを探すのは難しいが、これだけ明るければ見えるはず。


 イーゼの使った魔法は、かなり広範囲を明るくしてくれるため、通路の奥まで見通すことができていた。


 にもかかわらず、入口近辺はおろか、その先にもモンスターの姿は見えない。



「確かに変ですわね。ここがモンスターの巣なら、既にウジャウジャいてもおかしくないのですが……とりあえず進みますわよ」



 予想と違う状況に二人は首を傾げながらも、そのまま通路を並んで歩いていく。


 洞窟の中は特に分岐する道もなく、ただひたすら真っすぐと伸びる通路があるのみだが、思ったよりも深い。


 二人は周囲に魔物が潜んでいないか注意深く観察しつつ、しばらく道なりに進んでいくと、少し先に広間のような場所が見えてきた。



「見て、イーゼ」


「えぇ、警戒してください。これまで敵が現れなかったという事は、あそこに何かが潜んでいてもおかしくありませんわ」



 イーゼがそう注意した瞬間、その広間から自分達の方へ無数の光る物体が飛んできた。



「リーチュン!!」


「あいよ!」



【ドラゴンテンペスト】



 リーチュンはその場で大きく踏み込むと、その腕をスクリューさせながら広間の方に向かって打ち放つ。


 すると通路一杯に小さな竜巻が放たれ、広間から通路に入ってきた何かを一斉に地面へと撃ち落とした。



「蝙蝠?」



 それを見てリーチュンが呟く。



「リーチュン、少し下がるのですわ」


 

 リーチュンはサッと後方へジャンプして下がると、すかさずイーゼが魔法を放った。



【アシッドフレア】



 イーゼから放たれたのは、高温に熱せられて気体化した酸の雨。


 それらが地面に落ちたメタルバッドに降り注ぐと、「ジューっ」という音と煙を上げながら溶かしていった。



「メタルバッドですわね。まだ結構生きていたので処理しましたわ」


「あちゃー。やっぱねー。この技は本来単体向けだから。さっすがイーゼ」


「あなたのミスは織り込み済みですわ。それよりも随分多かったですわね。まだ中にいるかもしれませんわ」



 そうイーゼは警戒するも、リーチュンは首を傾げる。



「んー、魔物の反応は感じられないなぁ。今ので全部かも?」



 リーチュンは龍気を使って小部屋のような広間の中を確認するも、魔物の生命力は感じられない。


 それを聞いてイーゼはその場で状況を整理しながら考える。



「それですと、今のは単に外で活動しないタイプな為、残っていただけという可能性が高いですわね」


「そうなの?」


「正確にわかる訳ではありませんが、ここが巣でありながら他が出て来ないという事はそう判断せざるをえませんね」


「なるほど~。ん? そういえばイーゼはモンスターの巣に入った事あるの?」


「ありますわ。その時は入口のところから既にモンスターがウジャウジャ湧いていて、中々奥に進めませんでしたわ」



 それを聞いてリーチュンは気づいた。




「え? じゃあ、もしかしてここってモンスターの巣じゃない?」



 イーゼの話が真実ならば、この状況は明らかにおかしい。


 リーチュン自身、モンスターの巣に入った事はないが聞いた事はあった。


 それらはどれも、洞窟の中に相当な数なモンスターがいるという話であり、今の状況とは大きく異なる。


 とはいえ、もしかしたら奥の方に固まっているのかなぁ~ってくらいに考えていたが、イーゼが言うように入口の方から無数に存在するとなれば、ここはそもそもモンスターの巣ではない可能性が高い。



ーーしかし



「いいえ。まずここはモンスターの巣で間違いありませんわ。この洞窟の作りは、私が入った巣とも同じですし、文献などに記されている巣の構造と同じですわよ。」



 イーゼはリーチュンの予想を否定する。


 とはいえ、イーゼもまた今の状況には違和感を感じていた。


 もしもこういう状況があり得るとするならば、考えられることは二つ。



 一つは自分達が入る少し前に、この場所を誰かが倒して進んでいること。


もしくは、


 巣の核が破壊されて間もないか。


 この二つに一つであるが、そのどちらも可能性としては極めて低い。


 もし自分達より先に入っている者がいるならば、外にいたメタルモンスターが野放しにされているはずはなく、また核が壊されたならば、巣事体が崩壊し始めているはずだからだ。


 故に、この違和感の正体が何なのか掴めずにいるのだが、あまり良い予感はしない。


 ただ一つわかるのは、ここが間違いなくメタルモンスターの巣であり、そして何らかの理由でモンスターが現れていないという事。



 とはいえ、これ以上この場で考えていたところで何も答えは見えてこない。



「イーゼがそう言うなら巣なのかもね。とりあえず進んでみよう!」


「もちろんそのつもりですわ」



 そして二人は再び広間の奥にある通路を進んで行く。




 その後、再び細い通路を進み続けるも、やはりモンスターは一匹たりとも現れることはなかった。


 そんな中、遂に巣の奥地と思われる場所に辿り着く。


 なぜその場所が最奥だと思うのか。


 それはその場所がどこよりも広い空間となっていた事と、その場所より奥に道がないからである。


 そこで二人はあるものを目にした。



「あっ! 見てイーゼ! やっぱり先に誰か入ってたんだよ!」



 道中、イーゼから巣の話や現状の予想等を聞いていたリーチュンは、広間の奥に見えた人影を見て確信した。


 それを見てイーゼもまたリーチュンと同じ事を考えたが、やはりどこか腑に落ちない。



「確かに人影が見えますわね、まだ遠くてはっきりしませんが。」



 広間の入口から一番奥までは流石に良く見えない。

 

 距離がかなりあるのもそうだし、ウィスプの光であっても、この大広間全体を明るくさせるほどの光源にはならない。


 ただ仮にであるが、その人影が冒険者であるならば、間違いなくかなりの実力者であろう。


 モンスターの巣……ましてやメタルモンスターの巣を単独で踏破するなど、普通の冒険者には無理だ。


 それに冒険者全てが善人とは限らないため、イーゼはそっと違づいて様子を見ようとしたのだが……



「お~い! すみませ~~ん!」



 なんとリーチュンが真っ先に大きな声で呼びかけてしまった。



「リーチュン! あなた馬鹿なんですの? いえ、馬鹿でしたわね」



 あまりに突拍子もない行動にイーゼは顔を手で覆いたくなる。


 しかし、結構な声量で呼びかけたにも関わらず、遠くに見える人影は返事を返すどころか動く気配すらない。



「あれぇ~おかしいなぁ。怪我でもしてるのかな?」


「あなたねぇ~。何でもかんでも勝手に行動しないでくださる?」


「でもほら、怪我してるかもしれないし……あたい行くね!」



 イーゼから咎められても一切お構いなしに行動しようとするリーチュン。


 リーチュンからすれば、そこにいるのが善人だろうが悪人だろうが、困っている者であれば見過ごす事はできない。


 故にイーゼの制止を無視して飛び出そうとするが、一歩だけ進むと自分から立ち止まった。



「やっと聞いてくれましたわね。」



 また一人で突っ走られることがないと安堵するイーゼ。



ーーだが



「……違うの。おかしいの。」



 リーチュンの様子がおかしい。



「どうしたんですの?」


「アタイね、話したと思うけど龍気で生命力をある程度把握できるの。でも、あの人から生命力を感じないし、といって魔物の気配でもないんだけど」



 どうやら助けに行こうしながらも龍気で確認していたようだ。



「それなら既に死んでいるのではありませんの?」



 簡単な答えだった。



 人の生命力もない。


 魔物でもない。


 返事もなければ、動く気配もない。



 そうなれば、その人影が既に死んだ人であるか、もしくは良く見えないだけで人ではなくただの岩などの可能性もある。


 とはいえ、遠目からでも人の形に見えるそれが岩である可能性は極めて低い。


 であれば、何かに襲われて死んだか、そこで力尽きたのか……いずれにしても警戒するに越したことは無かった。



「リーチュン、慎重に近づきますわよ。あれがもしも死体なら、殺した魔物が様子を窺ってもおかしくないですわ」


「あいよ」


「軽いですわね。今度という今度は、勝手な行動は許しませんですわよ」


「わかってるって。とりあえずいきましょ」



 そして二人はゆっくりとその謎の人影に近づいていくのであった。

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