第12話 イーゼ③

 湖畔に散らばる煌びやか(きらびやか)なメタルモンスター達……


 それら全ては、日輪から注ぎ込まれる午後の光を反射させ、それぞれが湖を彩る宝石の様に輝いている。


 スライムメタル、メタルアメーバ、メタルフライ、メタルウルフ


 そのいずれもが、冒険者が生涯の内に一度出会えるかどうかというレアモンスター。


 それがここには五十匹近く存在する。


 奴らは一匹一匹がかなり硬い。


 そしてそれは硬いだけでなく、その素早さも他のモンスターとは比べ物にならない程に速く、一撃を当てる事すら一筋縄にはいかないモンスターだ。


 並みの冒険者であれば、うまく不意をつくか余程運が良くない限り、その体に攻撃をかすりもさせてもらえないだろう。


 そうこうして攻撃が当たらないでいると、今度は手ひどいしっぺ返しを受け、欲をかいた冒険者達は皆そのままやられてしまうのだ。


 そう。


 メタルモンスターは総じて強い。


 確かに経験値はとてつもなく多いが、同時にその戦闘力は極めて高い魔物である。


 硬い、素早い、強い。


 メタル系モンスターの種類によってもその強さは異なるが、そもそも高速で硬いとなれば、ただの体当たりであっても、打ちどころが悪ければ一撃で致命傷になるほどの攻撃力である。


 そしてメタルモンスターの中には、金属の牙で噛みついてくるものや、金属を飛ばしてくるような特殊攻撃をもった奴も存在する。


 だがしかし、そんなヤバイ魔物であっても、もしもどこかでエンカウントしたならば、全ての冒険者達はそいつに戦いを挑むだろう。


 それは単に経験値が良いとか、稀に落とすレアドロップだけが目当てではない。


 メタルモンスターと戦うという事は、冒険者にとってロマンなのである。


 とまぁ、そんな感じで覚悟とロマンを胸に挑むのがメタルモンスターであるのだが、リーチュンやイーゼのような規格外に強い冒険者にとってはただのボーナスモンスターでしかなかった。


 そこにあるのは、ただ狩る者と狩られるものという関係性のみ。


 そして今こうやって何者かがメタルモンスターについて語っているこの瞬間にも、湖の周りでは至る所でメタルがはじけ飛んでいた。



※  ※  ※



「ほぉ~~あたぁぁぁぁ!」


「とぉうりゃ~!!」


「待てこのぉ~!」



 湖の周辺を縦横無尽に駆け回わりし武闘家……リーチュン。


 彼女にとってメタルモンスターの硬さは問題にならない。


 その力のみをとっても、御自慢のメタルボディを凹ませるほどの破壊力を有しており、その上、その攻撃全てがオーラによる防御力無視攻撃であるため、如何に硬さが売りのメタルモンスターであっても、リーチュンに掛かれば一撃爆散である。


 本来メタルモンスターはそのボディに傷をつけられると、即撤退をはかるため、その討伐何度は更に高いのであるが、一撃でやられるのであれば逃走もくそもない。


 それにもしもメタルモンスターがリーチュンを前にして逃走を開始したとて、逃げのびることは不可能だろう。


 その位リーチュンの素早さは飛びぬけていた。



ーーーだが……



「あ、ちょっと!! それはずるい!」



 メタルモンスターたちも馬鹿ではなかった。


 確かにリーチュンと相対したならば逃げる事は不可能かもしれないが、仲間がやられている間に逃走する事はできる。


 メタルモンスターにとって、正に天災に等しき敵が現れたのであれば、その本能によってその場から離脱しようとするのは自明の理であった。


 そうなれば、流石のリーチュンであっても体は一つしかないため、逃がしてしまうモンスターは出てくる。


 だが忘れてはいけない。


 この場にはもう一人の規格外の冒険者がいる事を……



「だから言わんことないですわ。勿体ないので全部いただきますわよ。」



 イーゼはそう一言告げ両手を前に突き出すと、その全ての指に紅き炎が灯った。



  【バスターフレア・追撃】



 その言葉と同時に十本の赤いレーザー光線が発射されると、散り散りに逃走していったメタルモンスター達を追うように追撃し、その体を一撃で貫く。


 本来メタルモンスターには魔法は効かないとされている。


 しかし、超高温の炎を集約したものであれば話は別だ。


 どんなに熱に強く、硬い金属であっても防ぐ事はできない。


 今回イーゼが放った魔法が正にそれである。


 そして続けてイーゼは魔法を放つ。



 【連撃・バスターフレア・追撃】



 イーゼは天空職である天魔賢導師に転職した事で、あらゆる魔力を自由に操る事が可能となっており、更には魔法に指向性を与える事すらもできた。


 故にもはや本来魔法使いや賢者が使える魔法等に殆ど意味はない。


 この世の魔法全てを自在に操る事こそが、天魔賢導師の強さであるのだから。


 そして再びイーゼの指から連続で赤いレーザーが射出されると、その場にいた全てのメタルモンスターは絶命していた。



「ちょっとイーゼ! 今何したの!? めちゃくちゃ格好いいじゃない!」



 獲物を横取りされた形となったリーチュンであるが、そんな事は全く気にする事なく、ただ目の前で魅せられた超常の力に興奮し、目をキラキラさせながらイーゼに駆け寄る。



「あなたが相変わらず考えなしに突っ込むからフォローしただけですわ。」



 イーゼの返答は手厳しい。


 しかしその顔は少しだけ自慢気である。



「ごめんごめん。でもそんな事よりも今の何? 新しい魔法?」


「そんな事って……本当にあなたは。まぁいいですわ、そう言う事になりますわね。と言っても私が作った魔法ですわ。」


「魔法を作る!? 嘘でしょ?」


「本当ですわ。これがわたくしが手に入れた新しい力ですわよ。」



 驚くリーチュンを前に、イーゼは平然としている。


 イーゼとしてもこの世界で初めて作った魔法であるが、最初からできることはわかっていた。


 なぜならば同じような事を何年も試練の世界でやってきたことなのだから。


 転職した時に与えられた力の説明を聞いただけで、頭脳明晰なイーゼは新しい力についてほぼ全てを把握していた。


 ちなみに【バスターフレア】という魔法名は試練の世界でよく使った攻撃をそのまんま引用していたりする。



「へえ~。すっごいね! イーゼもとんでもない力を手に入れたのね。よぉし! アタイも負けていられないわ!」


「あなたの動きも十分人間離れしていましたわよ。それよりも、今ので一気にレベルが上がりましたわね。」



 今回の戦闘で二人は当然レベルアップしており、その感覚をレベル1だったイーゼは顕著に感じていた。


 たった一度の戦闘にも関わらず、湧き上がってくる膨大な力と魔力を感じていたのである。


 そしてその言葉にハッと気づいたリーチュンが冒険者カードを取り出して確認した。



「わぁっ! 36になってる!!」


「わたくしは27ですわね。あなた、今の戦闘の前はレベルいくつでしたの?」


「えっとね、25かな。一ヵ月戦いまくってたけど、レベル上がりにくくて……」


「やはり必要経験値三倍というのは、かなり大きいですわね。けどそれ以上にその恩恵はすさまじいですが。」



 今まではサクセスと一緒にいたお蔭で、普通に戦ってても十倍の経験値が貰えていた。

 パーティで割ったとしても、単独で戦って得る経験値の2・5倍。

 それに慣れていたリーチュンにとっては、その恩恵が無くなってなお、必要な経験値が三倍に増えたのだから、レベルの上がりにくさを痛感していただろう。


 それでも一ヵ月でレベル1から25まで上げられたのは、凶悪化した魔物の経験値が増えた事とリーチュンの努力によるものだった。



「そうよねぇ。経験値三倍必要は辛い。それにレベルが上がるにつれて必要な経験値が凄い増えるしね。」


「そうみたいですわね。もしもここにサクセス様がいたら違ったのですが……」



 珍しいことに、イーゼの口からそんな言葉がもれる。


 もしもなどという希望的な考えは、普段のイーゼならば口にしない。


 それでもサクセスに会えない期間が長かった事や、元の世界に戻った事で会える事ができるのに会えない寂しさが表に出てしまったのだろう。


 当然その言葉を受けたリーチュンも気持ちは同じだ。


 しかし……



「だねぇ~。でも、それじゃ意味ないよね。」



 イーゼはその言葉にハッとする。

 

 自分がなぜ強さを求めたのか。


 サクセスに助けられるだけの自分ではいけない。


 そしてサクセスを助けるだけの力が欲しい。


 そう願ったからこその厳しい試練であった。


 それを今更ながらリーチュンの言葉で再認する。



「そうでしたわね。まさかあなたに気付かされるとは思いもよりませんでしたわ。まだわたくしはサクセス様に甘えようとしていたのですわね。甘えるのはベッドの中だけ……」


「今最後なんか変な事言わなかった?」


「気のせいですわ。それよりもサクセス様と再会した時に力になれるよう、レベルを上げますわよ!」


「オッケー! じゃあ……」


 イーゼの気合の入った言葉に、早速リーチュンが洞窟に向かって走ろうとするも、流石に同じ事を二度は許さない。


 イーゼはリーチュンの服をガシっと掴んだ。



「待ちなさい。二人で入りますわよ。強くなるだけではなくて、そう言うところも直して下さらないかしら?」



「ごめんごめん、つい。じゃ、手をつなぐ?」


 

 テヘへと誤魔化しながらイーゼに手を差し伸ばすも、パチンとはたかれる。



「あなたとなんてごめんですわ。行きますわよ。くれぐれも独断専行しないでくださるかしら」


「はいはーい。わかりましたよ~だ」



 こうして二人は遂にメタルモンスターの巣に入って行くのであった。

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