第14話 イーゼ⑤

 二人は大広間を警戒しながらゆっくりと進んで行くと、ちょうど中央付近に近づいたところで、ようやく謎の人影の姿がはっきりと見えてきた。


 遠くからはわからなかったが、どうやらソレはずっと動いていたらしい……



ーーというよりも食事……否、捕食中であった。



「……うわ。何あれ?」


「あれはかなりやばそうですわね。まさかあんなモンスターが存在するとは思いもよりませんでしたわ」



 イーゼはその姿を見て、気持ち悪そうに呟く。


 そう。二人が目にした人型のソレは、やはりモンスターだった。


 その姿を一言でいうならば



  【メタルヒューマン】



 だがそれは普通のモンスターとは大分異なる。


 人の形をした本体は動かず、足から伸びる鈍色の液体が周囲のモンスターを取り込んでいるのだ。


 メタルヒューマンの周りには、無数のメタルモンスターが地面に縫い付けられており、それを今現在メタルヒューマンは捕食している。


 無数のメタルモンスターがあちらこちらで溶かされて食べられている状況は、なんとも気味が悪いというか……普通に気持ちが悪かった。


「どうやら外に出ていたのは、アイツから逃げたメタルモンスターみたいですわね」


 

 イーゼはここにきて、やっと違和感の正体がはっきりする。


 あいつだ。


 あれがどうやって生まれたかはわからないが、あれによって巣に湧いたメタルモンスターは全て食べられてしまっていたのだ。


 モンスターがモンスターを食べる。


 そんな事は聞いた事も見た事もないが、今現実に目の前で起きているのだから、アレはそういう存在なのだろう。



「でもやっぱりおかしいわ。アタイ、メタルモンスターも魔物としての生命力を感じられたの。でもあそこで食べられているメタルモンスターも、食べてるアイツも、生命力が全く感じられないわ。」



 対象に近づいた事で、更にリーチュンの困惑は深まる。


 その言葉を聞いたイーゼも理解はできない。



「捕食されているのは既に死んでいると説明はつきますが……やはりおかしいですわね。」



 イーゼが言うように、リーチュンがメタルモンスターを感知できなかったのは、その生命力が既に無くなっている為だろう。


 だがメタルヒューマンを感知できない事の説明はつかない。


 もしも可能性があるとするならば、メタルヒューマンは単純にその生体活動におよそ人や魔物がもつような生命力を原理としていないということだろうが……。



 そんな考察がイーゼの頭を過るが、それよりも先に奴を倒すのが先決だと、考える頭をブンブンと振って切り替える。



 あれが何であろうと、気付かれていない内にやるしかない。



「リーチュン、ここは遠距離から……」



 イーゼが何か伝えようとしたその刹那、突然地面が地割れを起こし、そこから二本の触手が襲い掛かってきた!



「イーゼ!!」



 咄嗟に反応したのはリーチュン。


 彼女は気を込めた拳で自分に向かってきた触手を叩き落とすと、続けて回し蹴りを放ち、イーゼに襲い掛かってきた触手を弾き飛ばした。



「助かりましたわ。どうやら既に見つかっていたようですわね……どうしたんですの?」



 リーチュンは自分の拳を不思議そうに見つめている。



「おかしいの……アイツおかしいのよ! 叩いたのに……蹴っ飛ばしたのに、まるでその感覚が無かったの!」



 どうやら今の攻防で違和感を感じているらしい。


 メタルモンスターであれば、硬いなりもその感触はある。


 しかしリーチュンはまるで水に手を浸すような感触しかなかったのだ。



 この時二人は知らなかったが、メタルヒューマンの性質は


   魔銀


と呼ばれる液体に近い性質。


 それは液体にもなれば、鋼よりも硬い硬質に変化する事もできる。


 そしてそこにリーチュンが生命力を感じられなかった理由があった。


 リーチュンの龍気でわかるのは、核から生じる魔物の生命力。


 そのモンスターの核は液体に近い性質であり、その核が一カ所に留まらずに広がって拡散しているのだから、それを龍気でとらえるのは不可能に近い。


 故にリーチュンが困惑するのは仕方がない事だった。


 それは過去に存在することが無かった、初めての魔物。


 大魔王の力によって変異……いや凶悪化した影響である。



「何言っているんですの! それより……危ない!」



 敵はリーチュンを脅威と判断したのか、今度はリーチュンに向かって四方八方から触手を飛ばしてきた。


 それをリーチュンは難なく全て撃ち落とすと、メタルヒューマン本体に向かって駆けだす。



「何するんですの!」



 叫ぶイーゼを背に、リーチュンは答えた。



「近づいて本体を殴るわ!」


「待ちなさい!」



 またしても勝手な行動をとるリーチュンに頭を痛める。


 相手がどんな存在なのかわからない内に接近するのは危険だ。


 その為、イーゼはリーチュンが接敵するより早く魔法を飛ばす。



  【バスターフレア・集中】



 駆けるリーチュンより早く、紅く太いレーザーがメタルヒューマンを捉えた。


 それはメタルヒューマンの体を一飲みするほど巨大なレーザー。


 魔力を一点に集中させて放ったそれは、完全にメタルヒューマンを飲み込むと、その奥にある洞窟の壁すらも貫いた。



 ………………。



 轟音が響き渡った後、一瞬だけその場が静まりかえる。



「やったかしら?」



 これで倒せたならば御の字。


 少なくともリーチュンに危害が及ぶ前に終わる事が一番であるが、そうならない予感をイーゼは感じている。



 そしてその予感は当たってしまった!



 次の瞬間、走るリーチュンの前に十体のメタルヒューマンがニュルっと地中からその体を現す。



「きゃっ!!」


「リーチュン!」



 突然下から現れたため、リーチュンは驚きのあまり声を上げて足を止めた。


 その隙にメタルヒューマン達はリーチュンの周りを囲むと、その全てが突然破裂して大量の液体を飛び散らす!


 どうやら液体化して、リーチュンの体を取り込もうとするようだ。


 完全な不意打ちであったため、如何にリーチュンが俊敏であっても、それから逃れる事はできない。


 だが、それでも彼女は格闘の天才。


 頭で考えるよりも早く、咄嗟に【龍脚】を使用していた。


 彼女の世界で時の進みが緩やかになる。


 そして囲みに存在する小さな隙間を潜り抜けると、一カ所に集まったそれらに向かって必殺技を放った。



 【ドラゴニックバスター】



 それは天空職の試練の時、闘神マークがリーチュンに放った必殺技。


 リーチュンの腕から光の龍が放たれる。


 対象(リーチュン)を見失って一カ所に集まって水球型となったメタルヒューマン。


 それを光る龍が一飲みすると、バシャッと地面に飛び散った。


 普通であれば、これで倒せている。


 だが敵は普通ではない。


 地面に飛び散った液体は、ジュルジュルと音をたてながら動いていた。



 リーチュンは即座にイーゼの下へ退避する。



「やっぱり無理! 撤退しよう、イーゼ!」



 その言葉が意味するのは、自分にはもう目の前のアレを倒す術(すべ)がないという事。


 リーチュンにしては珍しいが、彼女は出せる全ての技を出し切った。


 それでもなお、全くダメージを当てられていないという現実に、恐怖すら覚えてしまった。



 だがイーゼは違う。



 これまでの状況から、その無敵とも思われるメタルヒューマンの倒す方法を見つけていた。


 しかし、それは自分の力だけでは成し得ない。


 だけど今は試練の時とは違い、一人ではなく仲間がいる。


 珍しくも撤退するだなんて口にしているリーチュンだが、自分の考えを聞けば必ず力を貸してくれるだろう。


 とはいえ、一から説明している時間はなかった。


 だからこそ今伝えるべきは、彼女の恐怖である未知の解明だけ。


 それだけ聞けば、彼女はきっと理解してくれる。



「この大広間全体が既に奴に取り込まれていますわ。つまり、このフロア全体が奴の本体ですわ。」



 その言葉に、リーチュンは少し驚いた表情を見せた。


 だが彼女はそう口にするイーゼの顔を見て理解する。


 イーゼには、あいつを倒す自信があると。


 それならイーゼを信じるだけだった。


 多くの言葉は必要ない。



「どれくらい必要?」



 それはイーゼがその方法を実行するまでに必要な時間を意味した。



「十秒必要ですわ。やれますの?」



 返ってくる答えはわかりきっていたが、それでも確認する。


 敵は完全に自分達の力を把握したため、次の攻撃は間違いなくこれまで以上に苛烈かつ凶悪なはずだ。


 つまりこれから襲い来る攻撃を十秒耐えるというのは、如何にリーチュンとて楽な話ではなく、下手をすれば二人とも全滅する可能性すらある。


 それなら一時撤退して立て直す方が確実にも思えるが、それでもなお、それらを理解した上で、リーチュンは当然のように口にした。



「余裕っしょ! アタイに任せて!」



 ニィっと笑みを浮かべながらも、既にリーチュンは完全防御……いや、完全反応体勢に入る。


 これから襲い来る全ての攻撃を、全部弾き飛ばすためだ。


 その為、コンマ一秒であっても油断はできない。


 

ーーーそして遂に敵の攻撃が始まる。


 

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