第10話 イーゼ①

「はぁ……やっと帰って来られましたわね。」



 天空職の試練からこの世界に戻ってきたイーゼは、現在マーダ神殿の街の宿の一室にいる。


 精霊神という獣畜生ーーもとい、神を脅した結果、精霊神は気を遣ってイーゼにとって二番目に都合の良い場所に送り返していた。


 本来であれば一番の場所に送ってあげたかったが、流石にそれは神の力をもってしても無理だったのである。


 ちなみに一番戻してほしかった場所は、当然サクセスのいる場所だ。


 

「あの獣畜生……ちゃんとサクセス様の所に送りなさいよ! まぁいいですわ。ここならサクセス様を探すのに都合は良さそうですし」



 実際イーゼはこの世界に戻される時に、一抹の不安を抱えていた。


 こっちの世界に戻すといっても、この世界は広い。


 それでもどこかの町であれば、何とかなるだろうが、深い森の中や知らない土地に飛ばされたのでは、サクセスを探す難易度は跳ね上がる。


 その点、天空職の世界に向かう前にいた街に戻してくれたのは僥倖だった。


 それではなぜイーゼが今いる部屋が、以前泊まっていた宿だと直ぐに分かったかというと、その部屋の窓から神殿のグランドベルが見えたからである。


 向こうの世界で数年過ごしていたとはいえ、馴染みのあるその景色を見れば一発だった。

 すぐに今いる場所が以前泊まっていた宿、更には同じ部屋である事を理解する。


 それから視線を机に落とすと、あるものを発見した。



「あら、これは……」



 封が開いている二通の手紙だ。


 即座にそれを手に取ると一瞬で目を通して内容を把握し……



ーー叫んだ!



「最悪ですわ!! これはどういうことですの!」



 イーゼは眉間に皺を寄せながら、苛立ちを露わにする。


 その怒りの理由は、自分が想定していた作戦が頓挫せざるを得ない状況になったからだ。


 本来であれば、誰よりも早くこの世界に戻り、邪魔者のいなくなった元の世界でサクセスを独り占めにしようとしていたイーゼ。


 しかしながら、実際には自分が一番最後に戻ってきており、更に言えば、シロマが本来自分が想定していたポジションに収まっている状況。



 そしてイーゼは理解する。



 今自分ができることは、この宿で待つ事だけだという事を。



「こんなのありえませんわ! 獣畜生! 次に会ったらただではおきませんわよ!」



 完全にとばっちりの精霊神。


 その怒りの波動は時空を超え、神界にいる精霊神の背筋を凍らせている。


 そしてそんな怒り心頭の中、この部屋に誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。



「ふんふんふーん。アッタイは最強! 最強美少女♪ 魔物を残らずワンツーフィニッシュ♪」



 その音痴で意味の分からない歌に、イーゼは溜息をこぼす。


 その歌姫(笑)が誰か分かっていたからだ。


 封が開いている事や、生活感が残っている状況から既に察していた。


 この部屋に今現在リーチュンが泊っている事を。


 その溜息は、半分は安堵、そして半分は戻って最初に会えたのがサクセスではなくリーチュンである事によるものだった。



「ただいまー、サクセス! 愛しのハニーだ……お? って、えぇぇぇーーー!!」



 今日も今日とて、マーダ神殿近郊の魔物相手に無双し、上機嫌で鼻歌を歌いながら戻ってきたリーチュンは、部屋の中にいるイーゼを見て驚いた。



「あいっかわらずうるさいですわね! 脳筋馬鹿。それと何が愛しのハニーですか!」



 突然部屋にイーゼがいた事に驚いたリーチュンは、一瞬思考が固まって目をパチクリすると、次の瞬間イーゼに飛びついた。



「イーゼ! 無事だったのね!」


「ちょっと! 離れるのですわ! なんで戻ってきてそうそうあなたに抱き着かれなければならないんですの」


「いいじゃんいいじゃん! お互い無事だったんだし。あ、そうだ。サクセスとシロマだけど……」


「手紙を読んだからわかっていますわ。それで、あなたはいつ戻ってきたんですの?」


「えっとねー、多分一ヵ月位前かな。」


「一ヵ月……」



 リーチュンの返答を聞きイーゼは少しだけ思案に耽るも、そんな事お構いなくリーチュンは嬉しそうに話を続ける。



「ねぇねぇイーゼ、そっちの世界について教えてよ。アタイも話すからさ」


「少し黙って頂戴。今、状況を整理しているの!」


「えぇーー、そんなの後でいいじゃん。ねぇねぇ……ねぇってばぁ~」



 久しぶりに仲間と再会できたリーチュンは嬉しそうだ。


 なんだかんだいって、こっちの世界に戻ってから一人で寂しく、そして不安もあった。


 それがここにきて、離れた仲間と再会できたのだから、嬉しくないはずはない。


 当然、さっきまで以上にテンションが上がっている。


 そしてそんな彼女のテンションをイーゼは煩わしそうにしているが、実はそれほど嫌がっていたわけではなく、むしろ安堵している。


 イーゼ本人としては認めたくはないが、実際、リーチュンを目にした時に沸き上がった感情は喜びだった。


 しかしながらエルフのプライドの高さからなのか、イーゼはそういう感情が恥ずかしくて表に出せない……サクセスの前だけは逆だが。



「あーーーもううるさいですわね。わかりましたわ、どうせ今急いでも仕方ないですし、情報共有に付き合いますわ」


「えっへへー。ありがとうイーゼ」



 なんだかんだ言って、イーゼも話したい事は山ほどある。


 向こうの世界では結構孤独にやってきていたので、こうやって誰かと話すのは自分で思っているよりも嬉しいようで、言葉の割に表情は柔らかかった。



「でもまずはあなたがこっちに戻ってきてからの事について話してもらえるかしら」


「オッケー。あ、でもちょっと待ってて! 長くなりそうだから、ご飯とお酒とってくるね」



 そういうと、リーチュンは直ぐに部屋を飛び出して下の食堂に向かうと、大量の料理と酒を次々に部屋に持ち込んでいった。


 そしてこの夜、二人は積る話に花を咲かせ、楽しそうに朝まで語り合うのであった。

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