第9話 首脳会談
リーチュンがこの街に滞在してから、約一ヵ月が過ぎた。
その間、凶悪化された魔物の数は劇的に増え続けている。
その理由は二つあった。
一つ目は、マーダ神殿近郊の魔物は全て凶悪化されているため、通常よりも討伐が難しい事
二つ目は、他国ないし、他の地域で出現した凶悪化した魔物がマーダ神殿に集まってきている事
である。
ギルドの調査では、世界中の魔物全てが凶悪化されたわけではなく、その一部が凶悪化しているだけに過ぎないとの事であった。
しかし、それでも街の冒険者では手に負えない程凶悪な魔物も出現しており、ギルド本部に救援を求める事も多いのだが、本部から冒険者が応援に来る頃には、その対象モンスターは街から移動しており、奇しくもその方角は常にマーダ神殿が存在する方角。
つまり手に負えないような魔物は全てマーダ神殿に向かっているという事。
これらの最悪な事実によって、マーダ神殿には未曽有の危機が訪れようとしていた。
前回の歴史的な人魔大戦からまだ一年も経過していないにも関わらず、その時以上の脅威が迫りつつある。
それに対抗するべく、既に神殿やギルドも迅速に動いてはいるが、依然としてできる事は限られていた。
再び世界中に救援の知らせを送る事や、引き続き魔物の凶悪化の原因について調査する事くらいである。
だが、その出来る事すらままならない現状に、神官長もギルドマスターも頭を抱えていた。
前回の人魔大戦での消耗により、他国もマーダ神殿に派遣できるだけの兵がいない。
そしてそれは冒険者ギルドに所属する冒険者も同じだ。
調査に関しても、敵が強すぎる故に生きて帰って来られる者を探すのすらままならない状況。
そんな中、今日もまたマーダ神殿では神官長を始め、代表者達は会議を続けていた。
「神官長殿、今は一刻を争う状況。戦う事を放棄し、一般市民を他の国に移動させた方がよろしいのではないですか?」
そう発言するのは、この街の商業長。
大戦以降、人が多く訪れた事によりこの街の商業は潤っている。
そして商人のほとんどが非戦闘員であるため、逃げて他で商売をしたいと思うのは当然であった。
しかし、神官長は首を横に振る。
「ダメじゃ。ここは人類の要。もしもここを落とされたら、人類は滅亡するしかないのじゃぞ」
非戦闘員であってもやれることは多い。
大戦ともなれば、負傷した戦闘員の介護から衣食住の提供。
それらは非戦闘員の者の仕事であり、長期戦となりえる状況であればそれらは必要不可欠だった。
「であれば、やはり世界各国から戦える者全てを集めるしかないのでは? ギルドマスター殿、どうにかなりませんかね?」
商業長は話しをギルドマスターに振る。
「無理ですな。凶悪化された魔物が出現しているのはここだけではないのです。それに凶悪化されていない魔物であっても、戦える者がいなくなれば、その町は滅ぼされてしまいます」
その言葉に全員が押し黙る。
商業長の話も、ギルドマスターの話も納得できるものであり、それでいて、何の解決にもなっていないという事を理解しているのだ。
その上で誰も妙案が浮かぶわけもなく、ただ、時間だけが過ぎていく。
すると、神官長がポツリと呟いた。
「うーむ。やはりあの者らが勇者様をなんとか連れ戻してくれるのを願うしかないかのう」
あの者らというのは、マネア、ミーニャ、そしてブライアンの事である。
人魔大戦以降、忽然とその姿を消してしまった勇者ビビアン。
その理由について、神官長を含め一部の上層部だけは知っているが、一度その事実が世界に知れ渡れば大混乱を招くと判断し、その事実については緘口令(かんこうれい)が敷かれていた。
そしてマネア達が勇者奪還のためにこの国から出た事も当然報告を受けている。
「そうでございますな。しかしながら、その猶予があるかどうかが問題です」
深刻そうにそう発言するのは裁判長。
その横に座る農業長はギルドマスターに向けて質問をした。
「そういえば最近、ソロでありながら規格外に強い冒険者が現れたとか耳にしましたが……その者であれば、軍と冒険者を纏めることができるのではありませんか?」
農業長が言っているのは、リーチュンの事である。
あの日以降、リーチュンは一人黙々とモンスターを狩り続け、また、他の冒険者のピンチに何度も駆け付けてはその命を救っていた。
それはギルド内で話題にもなったが、その女性はギルド本部等に訪れる事がないため、ギルドも把握できていない。
故に謎の存在であるのものの、巷では戦場のヴァルキュリアとすら呼ばれて、冒険者からは崇められていた。
当然そんな人物がいるとわかれば、ギルドマスターも黙ってはいない。
何度も接触を試みたが、全てあしらわれてしまった。
「無理です。既に接触は試みましたが、断られました。しかし戦闘には参加してくれるという事です」
少しきまずそうに報告するギルドマスタ―を見て、商業長は「ふんっ」と鼻で笑うと、厳しい口調で詰問する。
「強いと言っても一人の力だけでは意味がないであろう。どうにかできんのかね? せめてブライアン殿を呼び戻す事はできないのか?」
今、もっともこの国に必要なのは、冒険者や兵を纏めてくれて指揮してくれる存在。
前回はブライアンによる素晴らしい指揮と統率によって、大量の魔物に対応できた。
しかし、今はブライアンもいなければ、それに代わる者もいない。
もしも魔物が前回と同じように一斉に押し寄せてきた場合、指揮官不在ではまともに守る事すら叶わないだろう。
そんな事は誰よりもギルドマスターが理解している。
だがギルドに全軍を任せるに値する冒険者はいなかった。
やはり適任はブライアンしかおらず、既にギルドマスターはコンタクトを試みているが……
「既に文を送っておりますが、まだ返事はありません」
「であれば! いざという時、誰が指揮するというのだ!!」
話が進まない事にイライラし始めた商業長は遂に声を荒らげた。
「そういきり立つでない。もしもの場合があれば、ワシが自ら最前線に立って指揮を執るつもりじゃ」
「神官長殿が!? できるのですか?」
「少なくともおぬしらよりはマシじゃろう。これでも若い時は武を極めし者とも言われたもんじゃ。ワシはこれでもレベル50のパラディンじゃぞ?」
「おぉぉ! それではその時が来たならば神官長に任せましょう。そして引き続き、各方面から強い冒険者を集め、可能であれば指揮できる者を探すとしましょうぞ」
そう言いながらも、神官長を全く信頼していない商業長。
流石に高齢の爺さんが軍を指揮しても、まともに機能するとは思えなかったのだ。
だが他に策がないために、商業長を含め他の代表も「うむ。」と頷くしかない。
こうして実のない会議は終わった。
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