第8話 リーチュン⑥

「なんだか凄い久しぶりに感じるわ。」


 

 見覚えのある懐かしき宿に辿り着いたリーチュンは、感慨深く呟いた。


 現実の期間でいうと、最後にこの宿に泊まってから五ヵ月位しか経っていないが、別世界で過ごした時間が長いため、リーチュンからすれば実に四年振りである。


 早速宿に入って色々聞こうとは思ったが、ここにきて突然緊張感が襲ってきた。

 

 

 自分達が残した手紙をサクセスが読んでなかったらどうしよう。


 もしかしたら違う人とパーティを組んで、自分達が捨てられているかもしれない。


 それ以前に、ないとは思うけどサクセスが死んでいたら……



 そんなネガティブな事が頭にポンポンと浮かんできた。



 リーチュンらしくないが、やはり一人と言うのは不安が付きまとってしまうもの。


 だけどそれも数秒の事、直ぐに



「ダメダメ! こんなのアタイらしくない!」



 と言いながら頭を横に激しくブンブンと振ると、勢いよくその扉を開けた。



「すみません!! アタイ、前にここに泊まっていた……」


「あらあら、お客様。お元気そうで何よりです。」



 勇気を振り絞ってカウンターにいる女将に声を掛けると、どうやら女将は覚えていてくれたようで少しだけ安心する。



「えぇ! 覚えてくれてるの!?」


「もちろんですとも。それに手紙も預かっておりますし。」



 そういって女将はカウンターの下から手紙を二通取り出す。



「手紙?」


「はい。一通は一緒に泊まっておられた男性がこの宿を出る時に預かったもので、もう片方は二、三か月前程に届いた手紙でございます。当宿宛に届いた手紙の中に、宿宛のゴールド引き換え切手とあなた様宛の手紙が同封されていたのです。」



 その言葉を聞き、首を傾げるリーチュン。


 一つはサクセスの手紙とわかるが、もう片方が誰からの手紙なのかわからない。



「そっちは誰からの手紙?」


「差出人はシロマと書かれています。当宿宛には、この宿に宿泊していた日付と宿泊者の名前が記載されており、その時泊まっていた者の誰かが訪れた時にこの手紙を渡してほしい。そしてその時宿に泊まれるようにと、一年分の宿泊料に当たるゴールド引き換え切手を同封するといった内容でした。」



 その話を聞いて、リーチュンは目を丸くする。


 自分が一番早く戻ってきたと思っていたのに、自分よりも更に三か月近くも前にシロマが戻ってきていたとは夢にも思わなかった。


 正に青天の霹靂



「……嘘。そんなに早く戻ってきてたの!?」


 

 衝撃的な事実にその場でリーチュンが固まっていると、女将が話を続ける。



「それとその方より預かっていたゴールドですが、一年分の前払いとの事ですので後半年以上は当宿を利用可能となっております。本日はお泊りになられますか?」


「え、えぇ。泊まるわ。」


「かしこまりました。それでは約束通り、この手紙をお渡しします。部屋については、以前ご利用になられた部屋をお使い下さい。二階の一番奥の部屋でございます。」



 リーチュンは部屋の鍵と手紙を受け取ると、早速部屋に入って手紙を読むことにした。


 シロマからの手紙も気になるところではあったが、まずはサクセスからの手紙の封を開けることにする。



ーーだが……



 リーチュンはその手紙を持ったまま、封を開けずにただ見つめていた。


 なぜならばリーチュンにとって男性から手紙をもらう事は初めてであり、更にはその差出人が愛する男ともなれば、緊張しないはずがない。


 サクセスがどんな事を伝えようとしているのかと考えると、不安と期待が入交り、心拍数がどんどん上がって胸が破裂しそうだった。


 しかしいつまでもそれを見つめているだけでは先に進まない。


 遂には勇気を振り絞って、手紙の封を開けた。



※  ※  ※


シロマ、リーチュン、イーゼへ


まず初めに、みんなからの手紙を読みました。


こんな頼りなく情けない俺に対して、こんなにも大切に想ってもらっていて感謝の気持ちで一杯です。


正直、意識が回復した時、俺の周りからみんながいなくなったと聞いた時は絶望しました。


それだけ俺にとって、みんながかけがえのない仲間だったのです。


しかしながら手紙を読んで、理由を知り、本当に自分は幸せ者だと思いました。


それと同時に、不安です。


もしみんなが戻ってこれなかったり、俺の知らないところで亡くなっていたならば、俺は立ち直れないかもしれない。


だけど、みんなが俺を信じてくれたように、俺もみんなを信じます。


だからこそ、みんなが頑張っている間、俺も自分にできる事をしようと思う。


これから俺は残りのオーブを探す旅に出ます。


いつ戻れるかわからないけど、必ずこの街に戻ってみんなを待つつもりです。


長くなりましたが、最後に一つだけ恥ずかしい事を言わせて下さい。


シロマ、リーチュン、イーゼ、全員の事を俺は心から愛してます。


いつもありがとう、そして、また会える日を楽しみにしてる。



サクセス



※  ※  ※



 その手紙を読み終えた後、胸の奥から愛しい気持ちが溢れ出てきて、その瞳から涙が零れ落ちる。


 嬉しい


 そんな言葉一つで表す事ができないほどの幸福感であったが、それ以上の言葉も見つからない。


 何度も何度も同じ手紙を読み返すリーチュン。



 ずっと会いたかった相手からの手紙。



 まだ再会こそできていないが、それでもこの手紙は、この世界に戻って来られた事の喜びを実感させるのに十分なものだった。


 しばらくは、言葉にできない程の幸せを噛みしめていたが、そこでふと思い出す。



 シロマからの手紙を。



「アタイとしたことが忘れてたわ。こっちもあったわね。」



 そう言いながら、さっきまでとは違って、サクッとその封を開けると中身を読んだ。



※  ※  ※


リーチュン、イーゼさんへ


皆さんお元気ですか?


この手紙を読んでいるという事は、無事試練を乗り越えたのですね。


私もかなり厳しい試練ではありましたは、皆様のお蔭でなんとか乗り越え、そして天空職への転職を果たしました。


そして、私はお二人より早くこちらに戻ってこれたようで、サクセスさんと合流する事ができました。


サクセスさんの他にも、カリーさんやイモコさんという新しい仲間と一緒に、これよりサムスピジャポンという大陸を目指して船に乗ります。


そこはキマイラの翼も使えない場所なので、直ぐには戻ってこれませんが、必ずサクセスさんを連れてマーダ神殿に戻るつもりです。


ですので、行き違いにならないように、できれば二人にはその宿を拠点としてもらいたいです。


二人が無事試練を乗り越え、この手紙を読んでくれることを心からお祈りします。


シロマ



※  ※  ※



 その手紙を読み終えた瞬間、再びリーチュンはその瞳を大きく開いて驚く。



「うっそ!! もうサクセスと合流したの!? ずるいずるいずるい!!」



 さっきまでの幸福感は、いつの間にか嫉妬心で埋め尽くされた。



ーーしかしふと冷静になる。



 所在が分からなかったサクセスだけど、シロマが一緒にいるならば、安心してここで待っている事ができると。


 少なくとも、サクセスが生きている事実を知れただけでもありがたい。


 それに手紙の内容からして、シロマと二人という訳でもないし……といっても自分の知らない間に他の仲間ができているのは少しだけアレだったが、まぁ良しとする。


 何よりも朗報と言えるのは、先に戻ってきたのがイーゼではなく、シロマと言う事だ。


 奥手のシロマならば、抜け駆けする可能性は低いだろう。


 これがもしもイーゼであれば、間違いなく大変な事になっている。



「でもまぁ、シロマが無事でよかった。封が開いてないという事はイーゼはまだみたいね。そう考えるとシロマで良かったかも。イーゼをサクセスと二人にしていたら危険だったわ!」



と言って納得した。



 サクセス達の居場所も分かった事だし、とりあえず無暗に探しても回る必要がなくなり、同時に、シロマならば必ずサクセスを助けてくれると信じている。



「今回だけだよシロマ!……でも戻ってきたら、暫くシロマのターンはなしね!」



 いない相手に向けてそう言い放つも、リーチュンはこの二通の手紙を胸に抱きしめていた。


 その顔は嬉しそうである。


 色々思うところはあるけど、サクセスもシロマも生きている。


 これはリーチュンにとって吉報以外のなにものでもなかった。


 後はイーゼだけだが、あのエルフならば這ってでも生きて戻ってくるだろう。


 こうしてリーチュンはしばらくの間、この街に滞在し、陰ながら多くの冒険者を救い続けるのであった。

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