第2話 リーチュン①
一方、世界が最悪な状況へと進んでいる中、マーダ神殿近郊の森に一人の女性が現れる。
「うわっと! え? ここどこ? 森? アタイなんで森に飛ばされてるの!?」
突然その女性は森の中に現れたかと思うと、辺りを見回しながら一人盛大に驚き叫んでいた。
「ほんっと、マークってば空気読めないんだから! これじゃサクセスに会えないじゃん!」
実際、町にワープさせられたところで、サクセスは既にこの大陸にはいないので会えるはずもないのだが、そんな事を彼女が……いや、リーチュンが知る由もない。
「でもま、いっか! 元に世界に戻れたんだし、直ぐに会えるでしょ! あぁ~早く会いたいなぁ……よぉし! ダッシュで町に戻るぞぉ!!」
相変わらずポジティブシンキングな彼女は、どっちが街方向なのか、そもそも今いる森がどこかもわからないまま、勢いのまま駆け抜けようとしたのだが、丁度その時、遠くから人の叫び声が聞こえてくる。
「う……うわぁぁぁ!! こんなの無理だ! 逃げよう! 早く逃げよう!」
「待て下っ端!! 勝手に一人で行くな! ぐわぁぁぁ!」
リーチュンがいる場所から少し離れたところで、冒険者パーティがモンスターと遭遇していたのだった。
※ ※ ※
彼らの前に現れた魔物は、バイオレンスグリズリーと呼ばれる凶悪なクマのモンスターだ。凶悪化する前でも高レベルの魔物であり、凶悪化した今ではまともに戦える冒険者が殆どいない程の強敵である。
そのパーティはベテラン三人に一人のルーキーが加わった四人パーティであるが、バイオレンスグリズリーを見た瞬間、恐怖に駆られたルーキーが一目散に逃げてしまったのだ。
本来なら体制を整えて慎重に対処すれば、倒せないまでも逃げる事はできたであろうが、ルーキーの行動によりそれは乱され、一瞬目を魔物から離した瞬間に、リーダーの右腕はグリズリーの爪によって斬り飛ばされてしまう。
あまりの痛みにリーダーその場でのたうち回るのだが、不思議な事にグリズリーはトドメを刺す事なく、リーダーをスルーして後方にいる他の仲間に向かってゆっくりと近づいていく
……まるで狩りを楽しむかのように。
「リーダー!! む、無理! こ、こ、来ないで! お願い!」
困惑する後衛職の女性は恐怖に固まってしまうが、もう一人の前衛である戦士が彼女を守るように前に立って身構える。
「ここは俺に任せろ! アイラはリーダーを連れてあの下っ端が逃げた方へ向かってくれ!」
明らかに格上の魔物を前に、戦士ジローは勇ましく盾を構えた。
(……リーダーの意識はまだある。それなら俺が時間を稼げば!!)
全体の状況を把握し、自分に何ができ、何をしなければならないか判断して行動したジロー。
だが、悪夢は続く。
「ぎゃぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!」
後方から逃げたルーキーの声と思われる悲鳴が響き渡る。
目の前のグリズリーから目を離す訳にはいかないが、それでも一瞬だけ悲鳴が聞こえた方に首を向けたジロー。
その目に映ったのは……
首だけの無残な死体となったルーキーと、
血が滴るそれを咥えたワーライガーの姿
であった。
「……え? い、いや、いやぁぁぁぁ!!」
その姿を見て発狂するアイラ。
もはや彼女は動く事すらできない。
「くそ!! 囲まれてたのかよ! おい! しっかりしろ! アイラ!!」
ジローは必死に呼びかけるも、アイラは既に生を諦めてしまったのか、茫然自失といった状態で完全に固まっている。
そんな二人を見たリーダーは叫んだ。
「俺が命に代えてもグリズリーを抑える! だからお前達は前に逃げろ!」
「何言ってんだよリーダー! その腕じゃ無理だ!」
「いいから早くしろ! 大丈夫だ、俺はいつだって必ず生き残る!」
片腕を失ったリーダーは残った方の手で剣を掴むと、仲間に向かって歩くグリズリーに対し、後方から襲いかかる。
「俺は……俺は、死神じゃあない!」
そう叫んだリーダーは、全身全霊をかけてその手に持つ剣を、グリズリーの背中に向けて突き刺した……のだが、その剣はグリズリーに刺さることはなく、パキンッと音をたてて折れてしまった。
しかしそれでもリーダーはその勢いのまま、グリズリーの足に向かってタックルをする。
最初から今の突きでこの魔物にダメージが入るとは思っていない。
一番の目的は、敵の注意を引く事。
そして例え自分の身が真っ二つに裂かれようと、少しでも足止めとなる為、その巨大な足にしがみつくつもりであったのだ。
その結果どの程度時間が稼げるかはわからないが、それでも残った二人ならばうまく逃げてくれると信じて……
「何やってんだ! 早く行け!」
必死にグリズリーの足にしがみつきながらも声を上げるリーダー。
(リーダーが死ぬのをただ見てるなんてダメだ! 行け! 行くんだよ! 俺は……生きたい!!)
遂にジローは覚悟を決める。
仲間を見捨てるという覚悟を……。
そしてすぐさま隣で固まっているアイラを抱き抱えて走り始めた。
(リーダー……すまない! 俺は……俺は生きてアイラと添い遂げる!)
ーーだがしかし、その決断は少しだけ遅かった。
なんとグリズリーは軽く足を振るだけでリーダーを吹き飛ばすと、今度は高速で戦士に襲い掛かってきてしまったのである。
振り上げた爪がキラリと光る。
「クソォォォ! ひと思いにやれぇぇぇーーー!!」
ジローはそう叫びながらも、アイラだけは数秒でも長く生きて欲しいと願い、抱きかかえた彼女を地面に下ろすと同時に覆いかぶさった。
次の瞬間、死を待つジローの耳に、「パァァン!!」っという何かが弾けたような炸裂音が聞こえてくる。
「ぐあぁぁぁ、あ、あ、あ、あれ?」
その炸裂音を聞いたジローは、自分がやられたと思い、断末魔のような叫びを上げてしまうも、全く痛みがない事に違和感を感じた。
(俺は死んだのか? いや、でも、この両手に感じる柔らかい感触はアイラのオッパ……い、生きてるのか!?)
もみもみする柔らかい感触に、自分がまだ生きていると実感した彼は、おそるおそるその顔を上げる。
ーーすると、目の前に恐ろしいグリズリーの姿はなく、代わりに立っていたのは、
全身から神々しい光を放つ美女だった。
彼女は振り返り自分と目が合うと、無邪気な笑顔を見せながら手を前と横に広げてヒーローポーズをとる。
「アタイ参上!!」
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